茜色の空
茜色に染まる世界とエーナの姿を見て、俺は言葉を待つ……なぜなら彼女が口を開こうとしていたのがわかったためだ。
それは間違いなく……沈黙していると、エーナは居住まいを正した。
「……えっと、だね」
そして神妙な面持ちとなる……何が起こるのか俺は理解したのだが、とりあえず沈黙を守る。
そうして……およそ一分が経過した。なんというか、エーナはあと一歩のところで踏みとどまっているような状況である。たぶん、こんな感じのやりとりが昔から行われていたのだろう……俺が絶望的なまでに気付かなかっただけで。
「……エーナ」
よって俺は、言葉を待つより口を開くことにした。
「ここまでお膳立てが整っていたら、さすがの俺でも気付くぞ」
――彼女は体を強ばらせた。ただ茜色に染まる日差しを背にしているため、表情は非常に見えにくい。
「まあ、なんというか……ここまで気付かなかった俺もアホなのかもしれないが」
「……うんまあ、そうだね」
彼女の言葉に肩をすくめると、エーナはあははと笑う。それに対しこちらは、
「質問なんだが、なんで俺なんだ?」
「逆に訊きたいけど、どうしてディアスは自分に好意を持っている人間がいないと断言できるの?」
……色々あったから、かなあ。俺は頭をかく。戦士団に所属していた頃の自分を思い出しつつ、
「正直、俺は強くなろうと自分のことしか頭になかった人間だからなあ」
「そういうストイックなところに、惹かれたのかもね」
「そんなものかな」
「私が戦士だから、というのも理由になると思う。強くなろうと必死に勉強を、鍛錬をし続ける……きっと、そういう姿を幾度となく見たから」
エーナはここで真剣な眼差しを俺へ向けた。
「その……私は、ギルド職員として、英傑としての立場がある」
「ああ、それはわかってる」
「本音を言えば、ディアスがどういう旅をしてどういう行く末を辿るのか見たい」
「でも、立場と仕事を放棄するわけにはいかない」
「うん」
「エーナの立場的に、誰かに仕事を任せるのも無理だもんな」
「肩代わりしてくれる人を増やすことはできるけどね。最終的に私が権限を持つことになるから、結局ギルド本部に縛られるし、いざという時に戦場へ駆り出されると思う」
「便利屋みたいな扱いだな」
「みたい、じゃなくて実際そう……でも、それが私の役目だと思うから」
「エーナはそれを望んでいるのか?」
……少しの間、風の音だけが聞こえた。俺に問われ、彼女は言葉を選ぶように、
「仕事だから」
「そうだな、エーナにしかできない仕事だと思う」
「うん……私は望んで冒険者ギルドに入った。そして今、立場を手放すことはできない」
「エーナは当然、無責任に放り出すことはしないわけだ」
「もちろん。ディアスだって、戦士団の時はそうだったよね?」
「ああ、違いない……真面目だな、お互い」
「うん」
互いに肩を並べ、茜色の空を見据える……そうした中で俺は、
「けど、今俺は自分探しなんてことをしている身分だ。魔族討伐なんかやっているし、正直戦士団に所属していた時と変わらないじゃないかというツッコミはあるだろうけど……言わせてくれ」
「何?」
「もし本当にどうしようもなく……何もかも投げ出したいと思ったら、一緒に旅をしないか?」
首を向ける。提案された当人は、目を丸くしていた。
「エーナの性格上、そんなことしない……と、エーナ自身は言い切るかもしれないけど、冗談っぽくではあるが言っていたじゃないか。未来は誰にもわからない、と。だから、もし本当に逃げたくなったら、遠慮なく俺のところに来ればいいさ」
真剣かつ、本気で言っているのが伝わったらしく、エーナはなおも驚いた顔をしながら、
「……その旅は、楽しいかな?」
「血生臭い旅になっているかもしれないけど、それでも良ければ」
エーナは笑った……それと同時、一瞬だけど色々な感情を宿すような……笑みなのか、泣いているのかわからない顔が見えた。きっと、様々な感情が胸の内に膨らんだのだと思う。
「なら、本当にどうにもならないくらい辛くなったら……遠慮なく、頼ってもいい?」
「ああ、もちろん」
「わかった……なら、さ」
エーナは表情を戻し、
「その、ちゃんとした告白とかじゃないんだけど……返事って、聞かせてもらえるのかな?」
「……正直、驚きとか戸惑いとか、そういう感情の方が大きいよ。返事は……」
と、言ったところで俺は気付く。
「でも、お互いにいい年齢だもんな。結論を俺の旅が終わった後とかに設定したらどうなるか……」
「そうだね、私はもうすぐ三十だしね……」
「急にブルーになるなよ……そうだな、一年以内に必ずこの町に戻ってくる。その時、返事をするってことではダメか?」
「妥協案だね」
「そこは申し訳ない」
「ま……なら、いいよ。私だって、この歳になるまでずーっと言いそびれていて、こっちの都合ですぐに返事をくれって言うのもどうかなあとは思ったからね」
今度は、真昼の日差しみたいな笑みが返ってきた……そんな姿と、今日一日彼女と一緒に色んな所を見て回ったことを思い返し――口の端を少しだけ歪ませながら、
「……また、ここに帰ってくるから」
俺の言葉に対し、エーナは嬉しそうに頷いたのだった。