縁の品
「はいこれ、エーナにしては珍しい物を欲しがったわね」
そう告げて女性店主が差し出したのは……花の形をしたブローチだった。
見た目、何の変哲もないアクセサリ……なのだが、そうであったらこんな魔法道具を取り扱っている店で販売されているわけがない。よって何かしら魔法が掛かっていると思ったのだが――
「先に言っておくけど」
と、俺がブローチを注視しているとエーナが発言した。
「これには特別な魔力とかは入っていないから」
「……じゃあなんでこの店で?」
「ヒント、今日行った博物館」
その言葉で、何が言いたいのか理解できた。
「冒険者とかが所持していた物……ってことか?」
「そう。これは十年ほど前に『六大英傑』として活躍していた魔法使いレファ=ドゥールさんが愛用していたブローチ」
その名前は聞き覚えがある……三年ほど前に現役を引退した女性魔法使いだ。
「彼女の、か。そういえば確かに、ブローチを身につけていた……これがそれなのか」
「うん、そうだね。見覚えない?」
「さすがにブローチの形までは……もしかして、当人に依頼されて取り戻そうとしていたとか?」
「あ、ごめん。その辺りについてはドラマ的な展開は一切ないよ」
と、エーナは苦笑しながら俺へと応じた。
「英傑が身につけていたということで、探していたってだけ」
「英傑に関する物を収集しているのか?」
「収集、というレベルではないけどね。ギルド本部にいると色々と情報が回ってくるんだよ。この英傑の物品が売られていたとか、あるいは古い冒険者にまつわる物が見つかったとか」
「その中でブローチを探していて……というわけか」
というかその張り紙をよく見つけたな……まあエーナにとっては馴染みの店だし、店の前を通る度に見ていたと考えれば、そんな大した話でもないか。
「そもそもなぜブローチが売られているんだ?」
と、俺は一つ質問するとエーナは、
「現役を引退した際に色々売り払ったって本人から聞いたよ。英傑入りしていたこともあってか、結構高値で取引されたって」
「……本人が売ったのか。それじゃあ文句の言いようもないな。というか、それほど金に困っていたのか?」
「レファさんによれば、国の研究者として就職することになったから、心機一転として今までの物を処分しよう、って発想だったらしいよ」
「その辺りについては、本人の考えもあるしとやかく言うつもりはないけど……なんというか、ずいぶんと豪快だな」
そんな感想を述べるとエーナは「同意」と返事をした。
「ま、私としては先に連絡をくれれば相場以上の値段で買い取ったのに、とか思ったわけだけど」
「レファの私物なんか欲しいのか?」
「英傑として戦っていた人の物だし、博物館で見たように価値があると思って……寄贈しようと考えたわけじゃないけど、もしレファさんから物品を買い取っていたなら、あの場所に飾られていたかもね」
返答しつつ、エーナは財布を取り出した。
「というわけで購入するけど……あ」
と、財布の中身を見てエーナは呟いた。そこで俺は、
「手持ちで足りないとか?」
「いや、足りるんだけど……」
「ここで支払ったらこれから向かう場所で足りなくなるってことか」
俺は言いつつ女性店主へ近づく。
「俺がひとまず金を出すよ……いくらだっけ?」
「これは――」
店主の言葉を受け、なかなかの値段だと思いつつ俺は全額彼女へ渡した。
「ギルドに戻ったら返してもらえればいいさ」
「……ありがとう」
「というか取り置きでもしてもらったら、それで終わりだったんじゃないか?」
「ここはそういうのできない店なの。一点物については早い者勝ちがルール」
「じゃないと店内で揉めるもの」
と、女性店主は俺へ解説。
「物はあるのに何で売ってくれないのかと、何度騒動が起きたことか……」
「なるほど、そういうのを避けるためのルールか。それじゃあ仕方がないな……」
こういう店も大変なんだな、と思いつつ俺はエーナへ首を向ける。
「とりあえず目的は果たしたってことでいいんだよな?」
「うん」
「なら、そろそろ昼食か?」
「そうだね……それじゃあ、また来るよ」
「ええ」
手を振り俺達を見送る女性店主。店を出て大通りを歩き始めた時、俺はふと、
「レファか……色々と思い出すな」
「ディアスはレファさんと知り合いだっけ?」
「一応、彼女が英傑入りした時に俺も最前線に立っていたからな。一緒に戦ったこともあるよ……というかエーナはないのか?」
「実を言うとあんまり交流がないんだよね。というかそもそも、一世代前の英傑の人達とは話すことは少なかった」
「そうか……一世代前の英傑連中は軒並み引退したんだよな。残っているのは俺くらいか」
「未だに現役ですごいってことじゃない?」
「引退した人からしたら、まだそんな所にいるのかなんて言われそうだけどな」
肩をすくめつつ俺は話す……エーナはなんだか興味ありそうにしたが、
「詳細なら語ってもいいぞ。まあ食事の時にでも」
「……わかった」
そんな風に彼女は応じつつ、俺の案内を続けたのだった。