伝説
博物館にはエーナが身分証を提示してあっさりと入ることができた……室内は魔法によって空調管理などが成され、魔法の明かりによって非常に明るい空間だった。そうした中で展示物を見ることになったのだが……館内は、俺にとって宝の山だった。
それは金になるとかそういう意味ではない。俺が生まれるより前に存在していた冒険者達……彼らが所持していた武具などが展示され、偉大な先輩の戦いぶりを垣間見ることができて、少し興奮した。
「こういうのに興味を示すってことは、俺は根っからの冒険者なんだな」
と、改めて口にするとエーナの方は「何を今更」と応じた。
「そりゃあ戦士団に所属し、時折冒険者として活動していたディアスにとっては、伝説の冒険者なんて耳にたこができるほど聞いたでしょ?」
「ああ、そうだな」
――例えば、今目に映しているのは剣。緑色の刀身を持つ変わった剣で、これはとある男性冒険者が愛用していた……精霊を宿していた物であり、彼が存命当時人間界で暴れ回っていた魔族を打倒した一品だ。
その冒険者の戦いは本にもなっていて、戦士団に所属してから先輩の薦めで読んだ憶えがある。内容が面白かったので、他の冒険者とか戦士の話はないのかと、色々調べ回ったのを思い出す。
現在目の前にある剣は既に精霊は存在せず、緑色の刃を魔法の明かりによって照らされている……本で読んだことのある話に使われた物が目の前にある、と考えれば興奮するのも当然だろう。
「ねえ」
ふいに、エーナが小声で(施設内は静かなので)問い掛けてくる。
「ディアスは寄贈とかしない?」
「……寄贈?」
「魔王を倒した英雄が持っていた物、とかだったら展示してくれると思うし。ほら、伝説的な人が残した物と並べるというのはワクワクしてこない?」
……よくよく考えれば、俺は魔王と戦って倒している。もちろん一人の力ではないが、それでも偉業であるのは間違いなく、この博物館に何かしら展示される可能性はあるかもしれない。
「そういうエーナはどうなんだ?」
「私?」
「というより、こうした剣と共に並べられるにふさわしいのは『六大英傑』と呼ばれ、魔王と戦ったエーナの槍とかの方が合っているんじゃないか?」
「……うーん……」
考えていなかったらしい。自分のことを考慮に入れていないとは……。
「むしろ、この博物館から寄贈とか言われなかったのか? 俺はともかくエーナは居場所もわかっているだろうし、交渉しに来るだろ」
「いや、それは……ん、あー、そういえば何か博物館の人が会いたいと言ってきたこと、あったなあ」
「やっぱりあるんじゃないか。で、どうしたんだ?」
「忙しいって言って追い返した」
「おいおい……」
まあ別に、博物館側も今すぐじゃなくていいだろうって解釈で、暇そうなタイミングで改めて話を持ち込んでくるだろう。
「それに、さ」
と、エーナは展示物を見据えながら告げる。
「私の槍はまだまだ現役だし」
「俺の装備も一緒だな……ふむ、もし旅の果てに必要なくなったらここを訪ねてもいいかな」
「お、寄贈するんだ?」
「あくまで可能性の話だぞ」
と、俺はここで人だかりを見つける。どうやら他の展示物と比べてずいぶんと大きなスペースをとっている……目玉の展示かな?
「何があるんだろう?」
「ディアス、行ってみよう」
そちらへ足を向け……やがて人だかりの隙間から見えた物に、俺は吹き出しそうになった。
それはどうやらエーナも同じであり……やがて近づくと、はっきりと視界に捉えた。展示物の横には看板が置かれており、はっきりと魔王との戦いに使われた武具を明記されていた。
それはボロボロになった鎧……なのだが、見覚えのあるデザインに対し俺は、
「これ、クラウスが着てた鎧だよな?」
「そうだね。この博物館は国のお金も入っているし、その関係でここに展示されているのかな」
――魔王との決戦の際、騎士クラウスが着ていた鎧。現役の英傑……しかも魔王に挑み倒した者の鎧とくれば、人だかりができて当然だ。
ただ、知り合いが所持していた物だからこそ、俺は一つ感想を抱く。
「……なんというか、変な気分だな」
「うん、私も同感」
もし俺が所持していた物が展示されるとしたら……クラウスの鎧を見ても変な感覚に陥ったのだから、それが自分のであったなら――
「……とりあえず、寄贈するにしてももう少し年月経ってからかな」
「そうだね……私はこの町の住人だし、槍以外の何かだったら提供できるかなー、とか一瞬考えたけど……なんだか、恥ずかしい」
うん、その感情はわかる……もう一度クラウスが着ていた鎧を見てからエーナへ視線を送ると、どちらともなく口の端を歪ませて笑った。
とはいえ――ボロボロとなった鎧は、展示されるべき物なのは間違いなく……色々な形で、魔王との戦いは伝説となって語られていくのだろうと俺は思った。