新鮮な姿
――数日後、俺は支度を済ませて宿の外へ出る。入口で待っていればエーナが迎えに来る予定である。
俺の格好についてはさすがに礼服などではなく、いくつか店を回って町の人に溶け込めるような物にした。普段は旅をするためゴテゴテとした物を身につけているのだが、それらを取っ払ったので動きやすいし身軽である。
「さて……」
俺は周囲を見回す。時間的にはそろそろだと思うのだが……と、ギルド本部のある方角から、女性が歩いてくるのが見えた。
ただ、その歩き方はどこかたどたどしい……というか多分、慣れない靴を履いて四苦八苦しているのだと容易に推測できた。
「お、お待たせ……」
そうしてやってきたエーナの姿は――薄い青を基調としたロングスカート姿であり、少なくとも今まで見たことのない格好であった。
というか、俺の記憶にあるエーナの姿は、戦士時代に身につけていた無骨な胸当てとか、ギルド支給の制服とか、そういうのばかりだったな……普段から藍色の衣服を着ているため今回の姿もさほど違和感がない上、柔らかい色合いのものであるためか新鮮な印象も受ける。
栗色の髪もきちんととかされており、普段のボサボサとは大違い……ついでに言うなら、薄くはあったが口紅も塗られていて、化粧もしている。普段は正直化粧っ気もないので、これもまた新鮮だ。
「ご、ごめんね。ちょっと遅れて……」
「時間的には間に合っているよ。あれだろ、普段履かないような靴だから、歩きにくいんだろ」
俺の言葉にエーナは素直に頷いた。いつもの格好なら待ち合わせの時間に余裕かだったはずだが、歩くのが遅かったためこういう結果になったわけだ。
「その調子で町中を歩けるのか?」
「だ、大丈夫。慣れると思うから」
「……そういう服で来るってことは、それなりの店に入るってことでいいのか?」
「う、うん。お礼だからね。そういうディアスこそ、普段とは違うけど」
「そりゃあ誘った時の雰囲気から、いつもの姿だと問題ありそうだったからな」
肩をすくめた後、俺は一つ考える。普段見ない彼女の姿を拝見したわけだが……ここはちゃんと感想を述べるべきだろうな。
「……エーナ」
「うん、どうしたの?」
「服、似合っているし今日の姿は綺麗だぞ」
――彼女の呼吸が止まった。次いで顔がほんのり紅潮しているようにも見え、
「褒められ慣れてないな、エーナ」
「う……ま、まあそうだね……そういうディアスも、似合ってる」
「ありがとう。それなりに若い人が着る服みたいだし、俺みたいなおっさんが着て大丈夫なのかと不安要素はあったんだよな」
とりあえず違和感はないようで良かった。
「で、プランとかはあるのか?」
「も、もちろん。ほら、案内するからついてきて」
「……歩み方から考えると、結構時間が掛かりそうだな」
「もう一度言うけど、慣れるから大丈夫……それじゃあ、行こう」
笑顔を見せるエーナ……そして俺に手招きをして――歩き始めることとなった。
まず最初に訪れたのは、博物館……それも、冒険者ギルド本部のある町、ベルーンの博物館は少し特殊だった。
「そういえば、来たことなかったな」
「だろうと思った。けど話に聞いたことはあるだろうし、興味はあったでしょ?」
その問い掛けに俺は首肯する――ここに展示されている物は、過去冒険者や傭兵などが遺した物。言わばダンジョンや魔族との戦いの歴史に関連する物となっている。
ただ、冒険者とかは普通訪れない……というか、過去に冒険者が入り込んで何やら騒動を起こしたことがあるらしく、基本的には町の人か観光客しか入れないようになっている。
冒険者と観光客、見分けられるのかと俺は疑問に思ったこともあるのだが……白い建物である博物館の周辺は賑わっており、老若男女様々な年代の人がいた。
「盛況だな」
「魔王を倒した、ということで今一度冒険者にスポットが当たっているみたい」
「ん? 何か関係があるのか?」
「魔王に立ち向かったのは『六大英傑』だけど……公的な組織に所属している人は、私とクラウスさんだけでしょ? 残る四人は戦士……その中にはニックみたいにダンジョンに潜り込む冒険者もいるわけで」
「なるほど、そういう人が活躍したことで、冒険者に興味を示す人が多くなったと」
俺は博物館を見据える。俺はこれまで一度も入ったことないのだが、建物の中には聖王国で活動する冒険者達の歴史がある。騎士や宮廷魔術師だけでなく、様々な理由はあれど魔物や魔族と戦った者達……そうした痕跡を国は残そうとここに様々な物を集めたのだ。
「……戦士団に所属していた時、俺はひたすら強さばっかり追い求めてこういう場所に入ろうとは考えなかった。でも、今なら入ろうかって思えるな」
「戦士団を抜けて、思うままに旅をし始めたからじゃない?」
「でも今だって魔族と戦っていたりするけどな」
「だとしても、気持ちは確実に変化しているよ……ほら、入ろう」
エーナに先導される形で、俺は建物へ近づいていった。