現れた目的
「彼女が魔界を脱し親族の下へ身を寄せたいと言ったから、報酬もよさそうだし護衛はどうだと提案したんだよ」
「ほう、親族の……?」
場所を簡潔に説明するとシュウラは「おお」と声を上げた。
「かの魔族が……なるほどなるほど。実は私も一度お会いしたことがありますよ。非常に礼儀正しく、紳士的で種族を超越した御方です」
「ならこれ以上の説明は不要だな……少なくとも彼女に敵意はないし、俺の旅に同行という形にはなるが、護衛をやっているわけだ」
「ええ、わかりました」
「……あっさりと引き下がるんだな?」
「他ならぬディアスさんが問題ないと判断したのです。私がどうこう言える立場にはないでしょう」
「結構信用されているみたいだな」
「魔王との戦いに参戦した傭兵の中では、あなたが一番信頼されている方だと思いますけどね」
シュウラは俺のことを結構評価しているみたいだなあ……などと思っていると彼は苦笑した。
「前から思っていたのですが、あなたはもう少し自分の功績と貢献について自覚を持った方が良いですよ」
「……俺の?」
「まあそういうことに頓着ないのも魅力ですし、あなたが信頼されている理由かもしれませんが」
「どっちなんだよ」
「ははは……少なくともあなたが悪の道へ落ちることはない。それだけは信頼していますので、彼女のことについて何かするつもりはありませんよ」
と、シュウラはミリアへ視線を送りながら話す……ふむ、彼女のことについては問題なしか。なら、
「それで、ここに来た本題は?」
「ああ、そうでした。それを話さないことにはここに来た意味はありません」
と、彼は俺へ真っ直ぐ視線を投げた。
「ディアスさん、唐突な申し出ではありますが」
「ああ」
「――戦士団『黒の翼』に入りませんか?」
まさかの勧誘。俺としては予想外だったので瞠目しているとシュウラは説明を始めた。
「むしろ勧誘する以外でここに私が来る理由があったら教えて欲しいのですが……」
「つまり、俺が『暁の扉』を抜けたから?」
「その通りです。ディアスさんの実力は私達の間でも相当評価されている。『久遠の英傑』という異名を持つ通り、冒険者や傭兵の間では知られた存在ですが、あなたが加われば我が戦士団も箔がつくというものです」
「箔はシュウラで十分じゃないか?」
「ご謙遜を。あなたの方がよっぽど影響力は大きいですよ」
そうかなあ……と思いつつも言葉には出さず相手の言葉を待つ。
「ともかく、団を抜けたのを好機と考えて私はこうして勧誘に来ました。あなたが団を抜けた理由は勇退となっていますが、実際は追い出されたのでしょう? 抜けた理由を探るためセリーナに会いに行ったら、あなたの話題を口にするだけで機嫌を悪くしましたし」
「……まあ、確かにそうだが」
シュウラ相手に誤魔化すと色々面倒そうだなと思ったので、俺は同意することにする。
「とはいえ、俺としてはそれをきっかけに旅でもするかと思ったから、別段不服ではないぞ」
「ええ、そこは今日あなたに会ってわかりました……ただ、あなたが不快ではなく戦士団が公に勇退と言っても、勘ぐる人は一定数いるわけでして」
「……で、俺が恨み節だったら入ってくれるだろうと」
「はい」
彼の立場から言えば、色々推測するのは当然と言えるか。
「とはいえ、良い返事は期待できそうにないですね」
「悪いな。追い出されたというのがきっかけとはいえ、現時点で旅そのものは楽しんでいるし」
「……ダンジョン調査に魔族討伐。それをこなしつつの旅でも楽しいんですか?」
「うん、まあ」
「もう少し、観光とかするべきでは?」
「何でシュウラがアドバイスするんだよ」
と、そこで俺とシュウラは笑う。そういえば、魔王との戦いが迫る中でも彼とは顔をつきあわして雑談に興じたな。
「……ともかく、戦士団に入る気はない」
「そうですか。残念です。あ、でも何かあれば是非『黒の翼』に連絡を。騒動に巻き込まれたら手を貸しますよ」
「……そこは『暁の扉』を頼れば――」
と、言いかけて口を止める。
「……無理かな、さすがに」
「セリーナはあなたに対する心証最悪みたいですしねえ。あなたが脱退したのをきっかけとしているかはわかりませんが、既に二十人か三十人ほど脱退しているようなので」
「それは噂で聞いていたけど……うーん、やっぱり俺きっかけの可能性もあるか?」
「だとしても、ディアスさんが気に病む必要はありませんよ。どういう形であれ、ロイドとセリーナの二人が招いた事態ですし」
そうやって割り切るのもなあ……かといって、今更戦士団に戻ってフォローすることもできないし、セリーナに追い返されるだけだろうな。
「さて、本題はあっけなく断られたので、もう一つの要求をしてから帰ることにします」
「ん、まだあるのか」
「はい。ディアスさんが承諾してくれれば、ですが」
と、シュウラの気配が変わる。それは、戦闘の時に見せるような、鋭いもの。
「私と決闘を、してくれませんか」
――その言葉に、俺は無言でシュウラと目を合わせた。