幕間:大激論
「――なんというか、力押しでしたね」
と、机に突っ伏しているエーナに対しノナは告げた。
「ディアスさんだから怪しまれずに済んだというか、むしろよく追及されなかったなと思います」
「……ううう」
小さく呻きながらも顔を上げるエーナ。ひとまず、どうにかこうにか約束を取り付けたわけだが、
「ただ、ディアスさんとしてはデートの誘いなどとは思わないでしょう。というか、表現的にそう考える可能性は低いかと」
「……ねえノナ、私が精一杯綺麗な格好をして会いに行ったらディアスはどう思うかな?」
「難しいですね……」
腕組みをして考え始めるノナ。
「ただ、もしかすると……と、あなたが好意を抱いているくらいのことは推測するかもしれませんよ」
「そう……まあここは出たとこ勝負するしか――」
その時、ノックの音が。エーナが応じると入ってきたのはミリアとアルザの二人だった。
「どうも」
「あ、うん」
「助け船がいりそうだなー、と思って来たのだけれど……」
「そうですね」
エーナではなく、ノナが率先して応じた。
「今回の件が最大にして最後のチャンスなのは間違いないでしょう。せめてエーナさんが好意を持っているだろう、ということを匂わせるくらいはしないともう状況は進展しないでしょう」
「うううう」
頭を抱えるエーナ。そしてノナは、
「というわけでお二方、全力で支援してください。お願いします」
なぜ彼女がそこまで――ということを尋ねようとしたら、先に理由の説明が入った。
「いい加減私はディアスさんに関する愚痴を聞くのが嫌なんです」
「うぐぐぐ……」
「玉砕しようが成功しようが、とにかく状況を進展させないと私は延々と話を聞かされることになりますので」
「……大変だね」
と、のんきにアルザが感想を述べると、当のノナは苦笑した。
「さて、こうやってお願いするわけですが……何か手はありますか?」
「さすがに口実がお礼だから、いきなりデートなんて思わせない方が良いかもしれないわね」
「そこは私も思います。まずは口実通りにディアスさんを労う形から入りましょう。そもそも、彼がいなければ今回の騒動は解決しなかったことを踏まえると、ちゃんとお礼はするべきです」
そこについては同意なのかエーナは頷いた。
「で、エーナさん。プランはありますか?」
「まったくない……」
「ここにいる四人で考えて練るしかなさそうですね……とはいえミリアさん達はこの町のことをまだまだ知りませんし、一方でエーナさんについてはどうにか誘ったはいいですが気後れしている状態です。四人で知恵を絞って考えましょう」
「う、うん。そうだね……」
この場にいる面々が味方であることを認識し、エーナもようやく表情を戻した。
「お店とかはどうしようか? ディアスの格好を考えると、制限されそうな気も……」
「そこは私が言っておいた」
ミリアが述べる。現在ディアスが準備をしているということを聞いてエーナは、
「なるほど、それなら……いけそうかな?」
「何か考えがあるのかしら?」
「一応、お礼として考えてもよさそうな場所が……」
――そこから、ミリア達は作戦会議に没頭した。仕事は大丈夫なのかとミリアは気になったが、エーナの方が「どうにかする」と書類の山を脇に置いて、来たるべき決戦の準備を優先する構えだった。
その様子は、下手すると地底へ踏み込んだ時以上に気合いが入っている――と思うとミリアはなんだか苦笑したくなった。ただ、
(戦士であるこの人にとっては、魔族討伐よりもディアスと並んで歩く方が勇気のいる行動、ということかしら)
そう考えると奇妙に思えるし、何よりエーナという英傑の存在が興味深いものに映る。
会議そのものはエーナがプランを提示して、ミリアやノナが質問や提案などを行う形。時にアルザなんかが疑問を投げかけ、プランそのものに欠陥があることに気付いて慌てて修正する。
そうやってひたすら話し合いを続け、部屋の中が熱を持ち始める――恐ろしいほどあっという間に時間は過ぎ去り、どうにか段取りをまとめ上げた時には夕刻を迎え、一時間もしないうちに日が沈むだろうという段階だった。
「つ、疲れた……」
エーナは机に突っ伏す。ミリアとしても激論を交わしたことで疲労感がある。
「エーナさん、全てが予定通りいくとは限らないから、後は状況に応じて動く必要があるわよ?」
「そこは……なんとか……頑張るよ」
「私達が隠れて見守るとかする?」
「そこまではさすがに……それに、ディアスが気付いてしまう可能性もあるから。そうなったらご破算じゃない?」
ミリアはその言葉に頷いた。例え休んでいても彼は英傑と肩を並べる存在であり、気配でも察知して見つかってしまうかもしれない。
「やれるだけのことはやりました」
そしてノナは、エーナへ視線を向けながら言う。
「後はエーナさん次第です……ご武運を祈っています」
その言葉に、エーナは疲れた顔で頷いたのだった。