滅びの時
「……何!?」
魔族ザバルドが声を発した。原因は自分が悪魔へ魔力を注いだ結果。それを見て驚愕したのだ。
悪魔は魔力を受け咆哮を上げた……が、次の瞬間その全身にヒビが入った。
「簡単な話よ」
エーナは槍を構え直しながら魔族ザバルドへ告げる。
「私達に付与された強化魔法とあなたの強化魔法には決定的な違いがある。製造者であるあなたにとって、悪魔が受け入れられる魔力量の限界くらいは把握していたでしょう。それに合わせて魔力を注いだはず……でも、それはあくまで体の内側に抱えられる量でしかない。大量の魔力を腕など各部位へ収束させた結果、限界を迎えた」
「……それを考慮し、魔力を付与する必要があったと?」
「そういうこと。過剰なまでに注がれた魔力によって、悪魔は自壊してしまった……これで終わりにしようか」
エーナとアルザが悪魔へ肉薄する。敵も即座に応じたが、その動きは明らかに鈍かった。
自壊し始めた体はどうやら思うように動かないらしい――彼女達の攻撃は、悪魔の体へまともに入った。直後、槍と剣が当たった場所からボロボロと体躯が崩れ始める。
終わりは一瞬だった。魔力を維持できなくなったか悪魔は途端に手足も崩れ、その体があっという間に……塵となっていく。その中で頭部は最後まで残り、地面に転がる間に視線がエーナへと向けられた。
それは偶然なのか。あるいは冒険者ギルド、副会長としての理性が残っていたのかはわからないが、彼女は――
「さようなら、副会長」
一言。同時、副会長であった悪魔はこの世から消え去った。
「……さて」
エーナは視線を魔族ザバルドへ向ける。こんな無茶苦茶なことをした報いを受けさせる……そうした気概をはっきりと示していた。
その時、左右に繰り広げられていた騎士と戦士の戦いも終わった。魔物達を撃滅し、こちらの勝利。そして残ったのは魔族ザバルドだけだが……この状況下でもなお、余裕の表情は崩さない。
というより、囲まれても逃げられる算段を用意しているためだろう……その表情を壊すには、もう一手必要だ。そしてそれは――
「ここへ踏み込まれた時点で、負けは決まっていたか」
俺達のことをどこか褒めそやすような雰囲気さえ見せながら、魔族ザバルドは告げる。
「とはいえこちらも相応の成果は得た……人間共が提供してくれた技術を参考に、今度こそ聖王国を蹂躙してやろう」
「させない」
槍を構え一歩前に出るエーナ。それに続くようにアルザも剣を構え直す。
戦士や騎士もまた応戦する態勢に入り、まさしく袋のネズミ……というわけだが、笑みを浮かべたままだ。
魔族ザバルドは一度、俺達のことを見た。この場にいる者達を記憶しておこうという気配が見え隠れする。その間にエーナ達はさらに一歩詰め寄ろうと動き、
「――では、退散させてもらおう」
エーナ達が動き出す。それと同時、魔族は右手を振った。転移魔法か何かを発動させようとしたのだろう。
もし、何一つ対策していなければ、エーナ達が接近する遙か手前でザバルドは逃げていたことだろう。余裕で逃げられるとわかっていたからこそ、魔族は悠長に構えていた。
けれど――次の瞬間、ザバルドの顔が驚愕に染まった。
「なっ……!?」
間違いなく、転移魔法が発動しないと悟ったことだろう――答えは俺の背後にいるシュウラとミリアだ。シュウラが転移を封じる結界を構築した……この広間の外側に薄い結界を張って内外を遮断。その影響で転移をできなくしたのだ。
ただ、彼の結界だけではおそらく転移事態を防ぐことは難しかっただろう……ミリアがいたからこそできた所業。魔族である彼女の協力――魔力を利用することで、転移を妨げるほどの結界を生み出すことができた。
「馬鹿な……!?」
そしてザバルドは叫び、迫るエーナの槍を横に跳んでかわした。その動きは切羽詰まったものになっていて、追い込まれていることが明確だった。
そして魔族は視線を俺の後ろへと向けた……シュウラ達が何かをしているのだろうと推察はできたらしい。この状況を打破するにはシュウラとミリアをどうにかしなければならないわけだが……それを阻むようにエーナやアルザが攻撃を仕掛け、なおかつ騎士や戦士達もいる。ついでに言うなら俺もいて……間違いなくザバルドは追い込まれていた。
だが、それでも逃げるためにはやらなければならない――そう判断したらしく魔族の足先はシュウラとミリアへ向けられた。
だが、接近するどころか移動しようとする寸前にエーナの槍が差し向けられる。
「逃がさない!」
声と共に放たれた刺突を、魔族は苦々しい表情で弾こうと腕をかざした――が、それは予想以上に重く鋭いもので、はね除けることはできず首元に槍先が入った。
「ぐ、あ、あ……!」
声を発しながらザバルドは後退。どうにかエーナから逃れようとして……そこへ、追撃を決めるためアルザが間合いを詰めた。
その手には限界まで高めた退魔の力。加え、俺の強化魔法を限界まで利用し――反撃をされるより前に、彼女の剣が魔族の体へと叩き込まれた。