読心術
魔族は結界を維持した状態で俺達の様子を窺っているのだが……内外を遮断しているだけでは時間稼ぎにしかならない。魔族が援軍を待っているとかならば、籠城的な作戦は効果的だが……俺はシュウラへ尋ねる。
「シュウラ、このまま結界に対し様子を見たとして……敵の援軍が来ると思うか?」
「こちらの戦力を覆すだけの魔物となったら、当然気配は察知できるはずです」
そうだよな……奇襲前に索敵をしたけど、結果として俺達が戦っている魔族と魔物以外に気配はなかった。
あるいは、気配を隠せる特性を持っている……可能性はゼロではないが、そんな能力を使える駒があるのならとっとと奇襲を仕掛けてくればいいはずで、現在の戦況で何もない以上、援軍はなしと考えるのが無難だろう。
なら俺達のやることは一つ……結界外の魔物は、アルザや戦士達が片付けた。その中にはミリアの姿もあって、彼女も数体魔物を倒しきった。
ギルド本部を攻撃した襲撃者の魔力が混ざっている以上、通常の魔物と比べ強くなっているが……それが徒党を組んで一斉に攻撃を仕掛けてくれば厄介だが、各個撃破であれば十分対応ができる。
現時点で敵の能力をつぶさに把握できた。そして、
「――答えることはないでしょうけれど、質問をしておきましょうか」
ここでシュウラは魔族へ向け声を発した。
「あなたが今回ギルド本部を襲い、またギルドの副会長を逃がすために手引きした魔族ですか?」
……相手は答えない。結界を維持し、こちらを見据えている。
シュウラは問い掛けた後、何も声を発さずただ魔族と見返すのみ……傍から見れば意味のある行為なのかと疑問を感じるところだろう。だが俺や彼と共に戦う戦士団のメンバーは、その意図を察していた。
「……ふむ」
少ししてシュウラは一つ呟くと、小さく笑みを浮かべた。
「手引きした存在が別にいますね」
それは明確な断定だった……直後、その言葉で魔族が目を丸くするのを俺は見逃さなかった。
「魔族さん、英傑と戦うのであれば、色々な心構えをしておくべきですよ。こちらの言動などは全てに意味がある……まして答えが返ってこないとわかりきっている質問。さぞ訝しげに思ったことでしょう。けれどそういう質問だからこそ、読み取れる情報がある」
――わざわざ解説する必要などないのに、ずいぶんと律儀だな。いや、この場合は嫌がらせと言った方がいいだろうか。
シュウラが英傑として認められている点はその実力以外にもう一つある。それは魔力の揺らぎや動きなどを機敏に感じ取る能力。加え、相手の所作や顔つきなどから敵の心理を読む読心術。
本来、読心術というのは相手の視線や動きなどを通して感情や心の内を読み取る能力だが、シュウラは英傑になる前よりそうした能力に長けていた……ちなみに戦士がなぜそんな能力を身につけたのかというと、俺は以前聞いたことがあった。彼曰く「面白そうだったから」である。それであっさり習得できてしまう時点で、彼も相当怪物である。
もっとも彼は普段からそうした技術を使うことはしない。というのもいちいち他人の言動を気にしていたらストレスが溜まるとのこと。よって彼は読心術をフル活用できる魔法……相手の動きや目線などを明確に察知する能力強化の魔法を開発し、必要な時に使っているのだ。
ちなみにその魔法を使うのに予備動作など必要なく、ただ身の内で魔力を練り上げるだけ……これによりシュウラが何をしているのかわからないため、敵からすれば厄介さに拍車が掛かっている。
加え、彼は魔法により読心術を活用することで、相手の魔力の揺らぎなども見極めて心の内を読み取ることができる……彼によると魔法というのは体調や心理状態に大きく左右される。それは魔法の効果が強い弱いだけでなく、例えば結界において仲間を守るために使用するのか、窮地に陥った時に使うのかでは、強度が同じだとしても魔力の質はずいぶんと違うらしい。
つまり、相手の動きに加え魔力を捉えることで情報を手にする……目の前で戦う魔族は結界を構築している。シュウラにしてみれば格好の標的というわけだ。
「可能であればその魔族についても詳細を得たいところですが……」
「現時点でどの程度わかった?」
俺が問い掛けてみる。それに対し、
「副会長を手引きしたのは彼の上司に当たる存在。いえ、主君と言い換えるべきでしょうか。そして援軍は期待できない……どうやらここにいたのは陽動目的のようです」
「陽動? もしかして敵はギルド本部を――」
「いえ、再び町を攻撃するわけではありません。彼の主君は何かやりたいことがあって、時間稼ぎをしている。作業の間に居所を悟られないよう、目立つ場所に配下をわざと置いて人間側の気を逸らすつもりのようです。そして彼は詳しい情報は持っていない。主君から目的を知らされていないようですね」
――魔族は結界を解いて魔物と共に突撃を開始した。これ以上籠城していても情報を取られるだけ。ならばいっそのこと――とはいえそれは、間違いなく悪手。魔族が動き出した直後、俺達は即座に迎え撃つ態勢に入った。