異様な気配
――ミリアと話をして準備を行い、翌日にはシュウラと共にノルビア山へと出発することになった。その日の朝には再び町に騎士団が到着し、俺達は後顧の憂いはないだろうと判断した。
俺達はギルド本部の状況を確認し、エーナと一度顔を合わせた後に集合場所である待ちの入口を訪れる。そこには既にシュウラが待っており、人数分馬が用意されていた。
「おはようございます、ディアスさん。準備は万端ですか?」
「おかげさまで」
「こちらも問題なしです。あとは最後の仕上げですね」
と、シュウラは馬へ視線を向ける。
「ノルビア山へ急行するために……お願いします」
「ああ。ちなみに確認だけど山へ入る場合は馬を降りなきゃいけない。馬を預かってくれる場所とかはあるのか?」
「はい。ノルビア山から程近い村……そこへは冒険者ギルドを通して連絡をしました」
「わかった。なら強化魔法だけだな」
俺は杖をかざす。そこでミリアは俺が何をやるか気付いたように、
「馬に強化魔法を?」
「ああ……と、そうだ。アルザとミリアには注意点を言っておかないと」
そう前置きをしつつ、俺は魔法を使用。馬に魔力が収束されていくのを横目に、口を開いた。
「掛ける魔法は身体強化……馬を預かってくれるところがなかったら暗示魔法を掛けてここに留まっていろとか指示を出しておくんだけど、今回はその必要がないから強化だけだ」
「暗示……動物に通用するの?」
「俺は動物と意思疎通できるわけじゃないけど、魔力を通して簡単なことは命令できるんだ……で、強化魔法により馬の体力維持ができて速度なんかも普通以上に出せるようになる。ただ馬の方は付与された魔力を制御できるわけじゃないから――」
「無理をすれば潰れてしまうということね」
「その通り。だから無茶なことはしないでくれ」
馬に強化魔法をかけ終えると、俺はシュウラへ視線を移す。
「準備完了だ」
「では、参りましょう……もしノルビア山に副会長がいれば一刻を争います。ここからは、可能な限り急ぎますよ――」
強化魔法の効果はあれど馬には負担を極力掛けず、俺達は移動を行った。ただ速度の維持には貢献したため、俺達は予想以上の速度でノルビア山の近くに辿り着いた。
そして馬を村に預けて山へと侵入する。その時点で俺は、山から異様な気配を感じ取る。
「……俺達は騒動が起きる直前に一度登っているんだが、その時こんな気配はなかったぞ?」
「であれば、騒動に関係している可能性が高そうですね」
シュウラが言う。確かにその通りなのだが……、
「俺達が町へ戻ったタイミングで……いや、副会長が脱走してからここに気配が現れた、と考えるのが自然か?」
「状況的にそう考えるのがわかりやすいですが……ともあれ、気配はあるのです。答えは先に進めばわかりますよ」
俺は頷き、仲間や戦士と共に進み……やがて薬草採取を行った場所を越えた。
気配は山頂にあるというわけではないが……近づいてみて一度魔力を探ってみると、その気配はどうやら、
「魔族だな」
「の、ようですね」
「ただ、ここまで接近しないと具体的にわからないというのは……」
「魔族でも特殊な能力を抱えているのかもしれません。警戒しなければ」
シュウラの表情は硬い。俺は頷きつつやがて――気配のある根源へと到達した。
そこは俺達が登った場所から見て山の裏手側。その中腹に、多数の魔物が群れを成していた。そして中核には間違いなく魔族が。
ただ、その気配は異様だった。ここまで接近すれば魔物や魔族であると勘づくことができるのだが、遠隔で索敵をした時は、アルザでさえ「怪しい場所」という表現だった。これには何か理由があるのか――
「……なるほど、そういうことね」
ここでミリアが声を上げた。
「ディアス、あそこにいる魔物や魔族からは、私達が戦った襲撃者に似通った気配がある」
「その力によって、魔族や魔物であることを隠していたのか?」
「隠していた、というよりは誤魔化しているということではないかしら? あれだけ集団を形成していればいずれギルド側も気付いたでしょう。ただ怪しい気配がある、といった程度では派遣される人員もごく少数。対処は十分可能だと考えた」
「大部隊を派遣されたらまずいけど、少数なら……というわけか。ただ、そうだとしても疑問はあるな。なぜわざわざ気配を誤魔化している?」
「副会長絡み、ということかしら?」
「襲撃者の気配があるのなら、そうなんだろうけど……理由がわからない」
「――これは、厄介ですね」
と、シュウラは口元に手を当て呟いた。
「ディアスさん、実験と考えれば良いのでは?」
「実験?」
「この場でわざわざ気配を誤魔化していることに意味はそれほどないのでしょう。問題は、ディアスさん達が戦った襲撃者……その特性によって索敵魔法で捕捉しにくくなっている点。これはつまり、従来の魔法では魔物の数などを判断しにくくなっている。もし今後、同様の魔物が現れたら……こちらも、相応の対処をしなければならなくなる――」