権力争い
エーナ達の攻撃を受けたことで、襲撃者の体勢が大きくぐらついた。しかしどうやら無理矢理動こうとはしたらしく、身じろぎをした。このままではまずい……そんな心の声が聞こえてくる。
そこでエーナ達はダメ押しの攻撃を仕掛けた。彼女の刺突が襲撃者の腹部へ直撃し、さらにアルザの剣戟が肩に入った。それで完全に体勢を崩した襲撃者。このままだと倒れ込むわけだが、ここで敵も半ば無理矢理体を動かして距離を置こうとする。
けれどそこに――エーナの言葉が飛んだ。
「今!」
それが呼び水となって、襲撃者の足下に魔法陣が浮かび上がった。それは帯同したギルド職員が行った拘束魔法。生み出されたのは青い鎖のようなものであり、それが大量に地面から伸びて襲撃者の体を拘束した。
「成功、だな」
俺はそれを見計らい、魔法を使用する。職員を対象とした強化魔法であり、拘束魔法の維持のため大地から魔力を供給する。
最初職員は驚いた顔をしたのだが……すぐに表情を引き締めて魔法に魔力を流し込む。常人の魔力量では敵の能力を考えると拘束はもって数分といったところだが……今回の場合は強化魔法による恩恵があるため、長時間いけるはずだ。
「よし、調査開始!」
エーナが告げると、後方で待機していた他の職員が動き出す……さて、後は証拠を無事手に入れることができるのかどうか。ここで副会長が犯人だという情報を拾わなければ、拘束魔法まで使用した意味がなくなる。
つまりエーナに託された……アルザが俺の所へ近寄ってくる。なおかつミリアは……視線を向けると周囲を見回していた。
「何か気付いたことがあるのか?」
「……襲撃者が放った魔力がまだ空気中にあるわね」
言われ、俺は意識してみると……確かに、滞留しているっぽいな。
「襲撃者は魔力を発することで自分のテリトリーを生み出そうとしていたのかも。実際魔族の中には自分の魔力によって領域を形成していた」
「似たようなことを襲撃者がやったということか……放置はまずいかな?」
「そうね、このまま魔力が残り続ければ何かしら弊害が出てもおかしくはないし」
「とはいえ、それは調査が終わってからだな……ミリア、現時点まで襲撃者を観察して何か怪しい点とかはあるか?」
「今のところは……でも警戒はするし、観察し続けるわ」
「わかった、ありがとう」
礼を述べた後、俺は視線をエーナ達へ戻す。拘束魔法により完全に身動きできなくなった襲撃者に対し、様々な魔法を付与していく。
「さあ、真実を見せなさい……!」
その言葉と共に魔力が収束していく……そうした光景を、俺はひたすら眺め続けた。
結果的に調査は一時間ほどで済んだ。魔力についても完全に捕捉し、副会長が犯人であるという証拠も得た様子。その事実に調べていたギルド職員が驚いた様子を見せ……事実を語ったエーナに、ミリアやアルザは目を丸くした。
「一体、どういう動機で?」
ミリアは戸惑いながらエーナへ尋ねると、答えはひどく明瞭だった。
「権力争いかな。それこそ、自分が冒険者ギルドにおいて最高の権力を得るために……」
「こんなことをしない限り、その立場を得るのが難しいということ?」
「そうだね。現在の会長は結構支持も厚いし。反面、副会長派は少数……とまではいかないにしても、純粋な数としては多数派じゃない。こういうやり方で会長の信頼を失墜させるようなことしか、方法がなかったのかも」
ミリアはなんだか複雑な表情をしていた……彼女も少なからず権力争いに関わっている存在だが、こんな騒動を引き起こしてまで――という、困惑の部分も多いようだった。
だから俺は、口添えすることにする。
「人の欲というのは時に肥大し、それこそ自分のやることが全て正しいと考える人間もいる」
「……副会長さんは、そういう風に解釈して?」
「あくまで俺の推測だが……な。自分が一番上に立つ、と決意したために今回の騒動を起こした……生み出された襲撃者の力は相当なものだ。この技術が魔王との戦いに活かされていれば、俺達だって相当助けられたはずだ」
「でも、そうしなかった」
「ああ、自分が権力を得るために秘匿し、今回作戦を実行した……というのが、顛末だろうな。俺自身冒険者ギルドに所属してはいるけど、副会長や会長と顔を合わせたことはないし、ショックとかはないけど……まあなんというか、残念だな」
その言葉にミリアもエーナも沈黙した……その間に俺は、ギルドがこれからどうなるのかと考える。
副会長という存在が権威を失墜すれば、多少なりとも影響は出るだろう。場合によってはその混乱が冒険者達に影響が出るかもしれない。
「まあ、そう心配しなくて大丈夫」
そこで、俺の心を読むかのようにエーナが発言した。
「ギルドの運営については、問題がないよう対応するから」
「……どうなるかわからないけど、一つだけ確かなことがあるな」
と、俺は一つ気づきエーナへ言う。
「エーナの仕事量がさらに増える」
「……考えないようにしてたのに」
がっくりと肩を落とすエーナ。それを見て俺やミリアは、小さく笑ったのだった。