物的証拠
「副会長は、基本保身のために相当用心深く、かつ恐ろしいほど丁寧に仕事をするから」
「妙なところで信頼しているな……単純に技術が云々、というだけでは引き下がらないというわけか」
ふむ、権力争いかあ……正直、そこに関わるとロクなことにならないと俺はなんとなくわかっている。
むしろ、単純に高位魔族の仕業でした、と言われた方がよっぽど話は簡単だし楽だったんだが……。
「確認だが」
俺はここでエーナへ問い掛ける。
「俺の仕事は副会長を打ち倒すところまで含まれているか?」
「さすがにそこまで要求していないよ。そもそもディアスからしたら副会長云々なんて、無関係だし」
ギルド登録者ではあるけど、職員ではないからなあ。
「でも少しばかり仕事を頼むかも」
「具体的には?」
「副会長を追い出すための方策として、色々と」
「……頼むから、副会長と顔を合わせて何かをするとかやめてくれよ」
「そこは大丈夫」
と、語りつつエーナは俺の差し入れをゴソゴソとやりながら説明を続ける。
「とにかく明確な物的証拠……それがあればいくら副会長でももみ消すことはできない」
「それはわかるけど、具体的にどうするんだ?」
「現時点で主犯格が副会長であることは私とディアスしか知らない。ただしこれはあくまで可能性の話であるのはわかるよね?」
「エーナが魔力の質を確認して間違いないと断言したわけだが、それが間違っているという可能性も否定できないな」
「その通り。副会長がそれを主張したらギルドとしては大混乱に陥る。だから、副会長を支持する人でも言い逃れできないだろうと……確実だろうという証拠を突きつけて、この騒動を終わらせる必要がある」
「副会長は用心深いんだろ? そんなボロを出すようなことはするのか?」
「まあ一番の方法は証拠をねつ造することだけど」
「おい」
こちらのツッコミに対しエーナは小さく笑い、
「まあさすがにそれは最終手段」
「手段として候補には上がっているのかよ」
「もちろん、やるつもりはないよ。私自身犯人は副会長だと思っているけど、えん罪である確率だって存在する以上、糾弾するにしてももっと確実な証拠が欲しい」
「鍵は森にいる襲撃者、だよな」
「そうだね……ディアス、一つ確認したいんだけど森にいる敵……それを倒した場合、消える? それとも残る?」
「正直、微妙なところだな……ただ魔力の質はずいぶんと違っていたから、残りそうな雰囲気はある。エーナとしては襲撃者を確保してそれを証拠に……ということだな?」
「そうだね。けど、問題が一つ。襲撃者を倒しても、調べられないよう副会長が手を回してくる危険性がある。これに対する反撃手法は……襲撃者を誰にも見咎められないよう確保すること」
「あー、なるほどな」
つまり秘密裏に襲撃者を捕まえる……ただ、これは非常に厳しい。アルザの退魔の力が通用しなかったことに加え、その能力の高さ。なおかつ森の周囲には騎士がいるわけで、常にギルド側も観察しているのは間違いなく、誰にも見つからないよう倒すというのは限りなく不可能に近いはずだ。
「騎士達の目を避けながら戦うわけだろ? 現状では不可能じゃないか?」
「だからこそ副会長は、襲撃者を見張らせている」
……ああ、なるほど。つまり騎士達の目は敵を監視するのではなく、余計なことをする人間が出ないようするためなのか。
「私が疑っていることを察しているわけじゃないけど、計画通り進めるために確実な手を打ってきている」
「相当手強いな……しかし、ならどうするんだ? 現状だと打つ手なしに思えるけど」
「とにかく襲撃者を確保しないことには、副会長の目論見通りになってしまう……私は会長副会長、双方とは距離を置いているけど、さすがに副会長がトップに立つのは避けたいなあ」
エーナは腕を組み、考え始める。ふむ、俺としては色々思考を巡らせてはいるが……襲撃者の能力を考えると、相当上手いことをしない限り副会長が勝利してしまうことになる。
ただ単純に敵を倒すだけなら、厄介だけど十分可能だとは思う。けれど、証拠のために生け捕りをする、ということになるのは……色々な意味でリスクがあるな。
部屋の中に沈黙が生じる。エーナはどこまでも悩み、俺もまた案が浮かぶわけでもなく彼女の言葉を待つ。そうした時間が数分ほど経過しただろうか……やがてエーナは口を開いた。
「一つだけ、思いついた。襲撃者の特性については、時間を掛ければあぶり出せる……あの敵が人の手によって生み出されたのであれば、制作者の魔力が必ず身の内に宿っている。ただそれは、今日みたいな調査ですぐに解析できるわけじゃない」
「より精査しないといけないわけか」
「うん、敵の正体を確かめるためにさらなる検証を……ということで再び戦闘を仕掛ける。その際に副会長の予想を上回る仕事をして、彼の魔力の痕跡を発見できれば、そこを足がかりにして副会長を追い詰めることができるかもしれない」