敵の正体
そして俺は一人、エーナのいる部屋を訪れる。
「やあ」
「……どうしたの?」
「ロクに食事すらしてないだろ? ほら、差し入れだよ」
そう言って執務机の上に紙袋をのせる。エーナはそれを手に取って中身を確認し、
「いつもと同じ……」
「あのなあ、夜に開いている店は一つしかないだろ。だったら同じになるに決まってるじゃないか」
「まあ、そうだけどね……」
「文句があるなら俺が持って帰るぞ?」
「いや、私が食べる。ありがとう」
紙袋を抱えるようにして確保するエーナ。そんな様子に俺は苦笑しつつ、
「さて……ノナはどうした?」
「別室で仮眠をとってる」
「彼女も今日はギルド本部に宿泊か……」
「さすがに今夜くらいは気合いを入れないとね」
そう言うエーナの目は、事務仕事で忙殺されて憂鬱なものではなかった。
「……気合い十分、体調も万全か」
「万全、とは言いがたいけどいつものように戦えるよ」
言いながら視線を横へ向ける。釣られて見ると、壁に槍が立てかけてあった。
「もし襲撃されても、今度は絶対に後れを取らない」
「そうか……ま、今のエーナなら大丈夫そうだな」
「うん。ディアス、差し入れありがとう。ほら、さっさと宿へ戻って休む」
外へ出ろ、という感じで手を振る彼女に対し俺は無言で視線を重ねる。
「……って、どうしたの?」
「ノナもいないことだから改めて尋ねるんだが……襲撃を行った候補くらいいるんだろ?」
――その問い掛けにエーナは黙りこくった。長い付き合いだからわかる。この沈黙は肯定するやつだ。
「ギルド職員に話せないということは、よっぽどギルドに関係している人間ということだな」
「……ディアスに隠し事はできないね」
「他人の感情を読むなんてレベルじゃないにしろ、視線の動きとかでなんとなく推察できたよ……答えたくないなら別にノーコメントでもいんだが、今回の事件はよっぽどヤバいのか?」
「……前置きをすると、断定できるわけじゃない。でも襲撃者の特性を見て、真っ黒に近い容疑者が一人」
「それは誰だ?」
問い掛けに対し、エーナは一度沈黙。さすがに答えないか、と思っていたところ――
「……現在の、冒険者ギルド副会長」
「……は?」
思わぬ名前が出て、俺は目を限界まで見開き驚いた。
「ど、どういうことだ!? それ!?」
「襲撃者の魔力……その特性が、副会長の研究していた魔力の質を極めて酷似していた。密かに私独自の魔法を使って照合してみたけど、九割九分当該の魔力だった」
「……副会長が持っていた技術を誰かが盗んだ、とかいう可能性は?」
「ゼロじゃない。でも、そうだったら当の副会長が黙っていないはず。だって、情報はちゃんと回しているもの。無実であれば、自分が持っている技術そのままだったら、真っ先に報告するでしょ?」
「そうだな……それをしないということは……」
「副会長が犯人」
「……それはさすがに、ノナにも話せないな」
「というより、ギルド職員の誰にも話せない」
「副会長派の人間がいるため、か」
コクリと頷くエーナ。なるほど、確かにこれはとんでもない話だな。
「エーナが気付いていると副会長はわかっているのか?」
「私が判別に使用した魔法は独自のものだし、大丈夫。問題は、どうするかなんだけど……」
「なあ、そもそもなんで副会長がこんなことを?」
「それは簡単だよ。権力争い」
……謎の襲撃者から始まる一連の事件だけど、原因の根本についてはひどくありきたりだな。
「今、ありきたりとか思ったでしょ」
「ああ」
「まったく……たぶんだけど、副会長は自分の仕業だとバレないよう工作を施して、今回の事件を首謀した。それで、副会長の目的としては会長を追い落とすこと……であれば、既に目的は達成している」
「達成している?」
「魔物か魔族かわからない不可思議な存在だけど、魔界に属する存在である可能性は極めて高いわけで……最終的に魔族が生み出した高等な魔物、とでも説明をつけると。で、そんな相手に対しギルド本部は荒らされまくったわけで……」
「その責任を取って会長は辞任、ということか」
「筋書きとしてはそうだね。たぶんだけど、襲撃者そのものもある程度暴れさせたらいずれ私達が倒すよう仕向けると思う」
「無茶苦茶して会長を辞任させるのが目的だから、キリの良いところで襲撃者は始末させるということか」
「そうだね……」
「エーナとしては、どうなんだ?」
「どう、って?」
「ギルド本部を荒らした以上、副会長を許すことはできないだろうけど……そもそもエーナは政治的にどういう立場なんだ」
「中立」
一言だった。つまり会長派でも副会長派でもないわけだ。
「でも、これだけ無茶をやった副会長にはしっかり罰を受けてもらう……元々、副会長は結構汚いことをやって私腹を肥やしている面もあって、それで会長の怒りを買っている。今回の事件はならば逆に会長を追い詰める……というのが動機だと思う。で、最大の問題はどうやって事件を解決させるかだけど」
「エーナが持っている証拠を突きつけるのでは駄目なのか?」
「そのくらいは想定していて、対応してくると思うんだよ」
どこかうんざりするような口調で、エーナは俺に答えた。