森の中の敵
支度を済ませ、俺達はエーナからもらった情報を基に襲撃者が潜伏する町郊外の森へ赴いた。既に騎士達が配備を済ませ警戒に当たり、俺達のことに気付いた一人の騎士はこちらへ敬礼をした後、状況を説明をする。
「現在、敵は森の奥に……ギルド本部を襲撃した個体のみで、数なども増えていません」
「動きはないのか?」
「目立った動きは特に……」
ふむ、騎士達がいるため警戒しているのだろうか? 俺は一度後方へ目を向ける。そこに襲撃者の魔力を調査するギルド職員が。若い男性で白いローブ姿の彼は、ずいぶんと緊張しているように見える。
「調査についてはどのくらいで終わる?」
「正直、やってみないことには……」
まあ謎ばかりの敵だからな……俺は騎士に森へ入ることを告げる。相手は頷き俺達を通した。
ギルド職員を含めた四人で森の中へと入る。その直後、前方に魔力……こちらを威嚇するような鋭い気配を感じ取った。
「森に侵入した途端、これか」
俺は一度立ち止まる。威嚇はしてくるがこちらへ来ることはない。
「さて、どうするか……職員さん、敵は魔力を発しているけどこの距離で詳細な調査は無理だな?」
「はい、もっと接近しなければ……」
「相手を刺激させないよう少しずつ近づいてみて……反応を窺うか。アルザ、ミリア、それでいいか?」
問い掛けると二人は頷いたので、俺は先導する形で森の奥へと足を向ける。とはいえ、殺気立った魔力は相変わらずで、近づくことにそれがより濃密になっていく。
単純に距離が縮まっているからではない……どうやら襲撃者は意図的に魔力を放出し、こちらへ来ないよう警告を発している。
「……アルザ」
俺は名を呼ぶと、
「この場で強化魔法を行使する。敵が接近してきた場合は交戦して、能力を推し量ってもらえないか?」
「わかった。ディアスはどうするの?」
「今回の目的はあくまで魔力調査だ。それを優先するため、職員さんを守る。ミリアも、手伝ってくれ」
「わかったわ」
「……よろしく、お願いします」
首に一筋の汗を流しながら職員は告げる。こちらは頷き返すと、さらに足を前に。
そこで、俺はアルザへ強化魔法を使用する。それと共に彼女は前に出て……襲撃者はこちらが戦闘態勢に入ったのを認識したのか、さらに威嚇の度合いを高める。
「……発する魔力だけでも、厄介な敵だとわかるな」
俺はそうコメントする……現段階で感じ取れる魔力だけでも、魔族と引けを取らないレベルだ。まあ外見的に魔物っぽいけど実際は面が割れないよう変装しているだけかもしれない……うん、現状ではあらゆる可能性がある。調べないと特定は無理だな。
ここで職員は何やら魔法を発動させた。どうやらそれが調査魔法……なのだが、ここでとうとう襲撃者が動き出す。森の奥から、俺達へ攻撃を仕掛けるべく――真っ直ぐ、最短距離で突っ走ってくる。
その姿はエーナが描いた絵そのままであり、かぎ爪に相当な魔力が収束しているのを見て取った。あの攻撃を防御なしに受けてしまえば……俺は杖をかざし、職員を守るべく構えた。
「アルザ!」
そして名を呼んだ矢先、アルザが飛び出した。俺の付与した強化魔法によって、彼女の動きはいつも以上に鋭く、一本の槍のようであり……襲撃者は彼女の動きを見て、目標を切り替えた。
直後、アルザの剣と襲撃者のかぎ爪が激突する――ここで、アルザは退魔の力を引き出した。いかに強固な武器とはいえ、襲撃者が自ら生み出した武器である以上、退魔の力によって大きく損傷するはず。場合によっては武器破壊も。
だが、俺の予想は外れた……というのも、アルザと襲撃者は鍔迫り合いとなり、動きが止まった。
「っ……」
そしてアルザが小さく呻くのを俺は確かに聞き取った。何かまずいことがあるのか……と呼び掛けようとした矢先、彼女はかぎ爪を無理矢理弾いて後退する。
襲撃者は動かない。アルザに収束した強化魔法を警戒しているのだろうか。
「……何か気付いたことが?」
アルザの背中へ向け問い掛けると、
「……退魔の力が効いていない」
その言葉に俺は瞠目した。まさか――となると相手は、
「まだ何とも言えないけど……もう少し、戦ってみる」
言うと同時、アルザは襲撃者へ向け踏み込んだ。敵もそれに呼応するように彼女へ肉薄し……今度は激しい攻防が始まった。
俺は目に魔力を集めて強化を施し、戦いを観察。アルザが放つ剣戟を、襲撃者はかぎ爪で確実に防いでいる。もしギルド本部を無茶苦茶にした攻撃が来たらまずいが……かぎ爪に溜まった魔力は、アルザの剣を受けると目に見えて削り取られている。あの状況なら、遠距離攻撃を仕掛けてくる危険性は低そうだ。
しかし、アルザと互角に切り結んでいる……エーナだけでなく、退魔の力を持つアルザでさえも……さらに言えば彼女が言った退魔の力が効いていないという事実。やはり、謎が多い……そう思いながら俺は戦いを注視し続けた。