謎の襲撃者
正式に仕事を引き受けた後、エーナはまずギルド本部を襲撃した存在について解説する。彼女は紙とペンを取り出して、サラサラとその姿を描き俺達へ見せたのだが、
「これが……襲撃したのか?」
「ええ」
返事を聞きながら俺は絵を凝視する。
人型……ではあるのだが、確かに魔族とも魔物とも形容しがたい姿をしていた。全身黒ずくめで右手にはかぎ爪が装着されているのだが……、
「この爪は敵が生み出したのか?」
「たぶんそう。職員が応戦して魔法を使った際、爪を盾にして防いでいて……猛攻に対し一度砕けたけどすぐに再生したらしいから」
「で、この爪によって建物の中が……ってことか。でも天井とかにある傷は――」
「爪を振ることで、建物を傷つける何かが飛んでいました」
と、解説したのはノナだ。
「風の刃か魔力の塊かはわかりませんが……あと、腕を振って放つ時もあればやらなかった時もあるので、ある程度状況に判断して動くことができるようです」
「人と同程度かはわからないけど、理性はあると……ただそのくらいの判断は魔物でもできそうだが」
「この敵は無差別に職員を襲い建物を破壊して回っていましたが、何か狙いのある動きをしているように感じられました」
「……狙い?」
「ギルド本部を襲撃した以上、目的があったはず……建物内を破壊したのは目的を誤魔化すためである可能性も」
「他のギルド職員も似たようなことを語っていた。視線を向け、何かを探していたようだと」
ノナに続いてエーナが解説を加える。
「何かしらの命令を受けて、行動をしていた……という可能性が一番高そうだけれど、問題はこの敵がどこから来たのか。聖王国側に連絡をした際、索敵は相当やっていたと聞いたの。もし魔界からこうした存在が出てきたとしても、それには気付くだろうと」
「気配を捉えることができない、というわけじゃなかったのか?」
今度は俺がエーナへ問い掛ける。
「例えば、魔界から人間界に入る際に気配を消し、本部を襲撃する際に初めて気付けたとか」
「その可能性も、薄いような気がするのよね。この敵が襲撃する前の段階で、ギルド職員が魔物らしき気配があると察知していたらしいから」
「事前に把握できていた?」
「町の近くだから騎士団へ連絡し、駆除してもらうよう頼んだけど……逆に返り討ちに遭って、ギルド本部へ急行した……というのが流れ」
なるほど……もし気配を完全に殺せる能力を保有し、ギルド本部にある何かが狙いだとすれば、そもそも襲撃する必要はない。忍び込んで誰にも見つからぬよう目的を遂行すればいいはずだ。
「それに」
俺が思考する間にエーナはさらに解説する。
「間近で戦ってみた感想としては、魔物ではなく魔族のような気配を持っていた」
「ふむ……目的が不明で、能力もわからない謎の襲撃者ってことか」
「そうだね」
「現在敵がどこにいるのかはわかるのか?」
「郊外の森に潜んでいることが確認されている。既に騎士が派遣されて敵を観察し続けている……ただ、最初の交戦時、あっさり騎士を出し抜いたことから次に動き出した際もすり抜けてここまで来る可能性がある」
「厄介だな……俺達はここを守るか? それとも、迎撃するか? アルザの退魔の能力がある。森へ踏み込んで仕掛けることもできそうだが」
俺の言葉を受けて、エーナは考える。傷ついた机の上で手を組み、俯き加減なまま表情を変えることなく思考する。
「……ディアス、今回の敵……最悪の可能性は何だと思う?」
「最悪、とくればいくらでも候補は挙げられるけど……たぶんだが、エーナと考えていることは一緒じゃないかと思う」
俺の言葉にアルザやミリアは眉をひそめる。ノナなんかも俺とエーナへ交互に視線を送っており、答えは導けていない様子。
そうした中でエーナは、
「……首謀者は人間、ということね?」
その言葉に対し、俺は小さく頷き仲間達は目を丸くした。
「魔界側を警戒しているのは確かだし、聖王国は警戒を相当強めている。俺は国と一緒に仕事をしたことがあるけど、地上を動く魔物の気配はどれほど小さくても捕捉できていた。少し前に起きた魔族の襲撃については、地中に相当な仕込みをしていたから気付かれなかったけど……これを失態とみなして聖王国は動いているはず」
「襲撃直後の今は、地中にまで目を向けている可能性が高い、と」
「そうだ。個人的な見解だけど、魔界から……あるいは、潜伏していたという魔物はすぐに捕捉されると思う。けれど今回はその監視網を抜けた……可能性としては二つ。聖王国側が見逃した……が、いくらなんでも戦争直後だ。仕事ぶりを見ていた俺としてはさすがにないと思う」
「なら二つ目の可能性……監視網をくぐり抜ける手法を持っている」
「魔族か、それとも人間か……魔族と繋がりのある人間の仕業、という可能性もあるし、あるいは監視網の魔法構造を把握し、すり抜ける何かを持っている人間……どちらにせよ、人間が関与しているかもしれないな」