ギルド本部の騒動
翌朝、何事もなく起床した俺達は、山を下りて町へ戻ってきた。まだ昼に至らないくらいの時間帯であり、まずは採取した薬草を渡すべくエーナの所へ行こうとした。
だが、ギルド本部周辺が物々しい雰囲気に包まれているのを見て、俺は嫌な予感がした。
「何かあったみたいだね」
アルザが言う。ミリアも同意するように首肯すると、俺は駆け足で近づく。
そこには多数の騎士がいて、動き回っている様子があった……単なる物盗りにしては人数が多すぎる。第一、ギルド本部は相当警備も厳重なはずだ。例えば俺は信用されているので顔パスなのだが、基本的に敷地に入った時点で怪しい点はないか魔法でチェックが入るくらいだ。ギルド本部に強盗しに来る輩がいるとは考えにくいし……。
そして……ギルド本部の入口が破壊されているのを目に留めた。それによって俺は目を細め、
「騒動みたいだな……問題はエーナは無事なのか」
「さすがに大丈夫じゃない?」
アルザが楽観的に告げるが、俺は難しい顔をする。
「戦場に立った場合、魔王に挑めるくらいの胆力と実力はあるけど……事務作業をしているエーナはマジで虚弱だからな……」
「そこまで違うんだ……」
「戦いがある場合、ちゃんと眠って体調を戻さないといけないからな……俺が最後に顔を合わせて以降、忙殺されていただろうし――」
と、ここで入口から見知った顔が。ノナだ。
「――ディアスさん!」
彼女の声に、周囲の騎士がざわつく。まさか――と視線が集中したのを見て、ノナは近づきながらなんだか申し訳そうな顔をする。
「すみません、急に名前を呼んでしまって」
「いや、構わない……けど、俺達はどうすればいい?」
――ギルド本部に出入りしているし、個人的なものではあるがエーナから仕事を請け負っている身だ。関係者であると言えなくもないが、ギルドの業務に携わっているわけではないし、騒動があったからといって無闇に建物の中に入るのはさすがにまずいだろう。
こちらの問い掛けに対しノナは少し迷った様子を示した後、
「……ディアスさんがよければ――」
「何かやれることがあれば手伝うよ。アルザ、ミリア――」
「私はディアスに従う」
「私も構わないわ」
二人は相次いで同意を表明。それで決し、ノナは先導する形で俺達をギルド本部へと案内する。
中は……想像していたよりも大変なことになっていた。まるで嵐にでも遭遇したかのように、床や壁、果ては天井まで何かに切り裂かれたような跡が見られる。
「これは、魔物か……?」
「正直、説明が難しいですね」
俺の呟きにノナが返答する……彼女はエーナの側近でありつつ、魔物や魔界などの情報をとりまとめる役目も持っていたはず。そんな彼女が「説明するのが難しい」となったら、ギルド本部を無茶苦茶にした敵は、相当ヤバい存在であるようだ。
やがて俺達はエーナがいる部屋へと辿り着いたのだが……そこもまた、他の場所と同様に荒らされていた。書類などが散乱し、その中で傷だらけの机と向かい合うようにして、エーナは座っていた。
「怪我はないのか?」
「なんとか、ね。正直、自分でも驚きだったよ。まさか徒手空拳で敵を追い払えるとは。鍛錬の賜物ね」
と、声をこぼしたが目は笑っていなかった……当然だ。瞳の奥には、しかと怒りの炎が宿っている。
「まったく、損害額を算出するだけで鬱になりそう」
「……魔族が現れたのか?」
「わからない、というのが答えね。見た目は人型の魔物……だけど、正直あれを魔物と呼ぶのは抵抗がある」
瞳の色を変えないままエーナは語る。
「町に被害がなかったようだから、敵はこのギルド本部に狙いを定めて攻撃してきたのは間違いない。でも、さすがに町を無防備にするわけにもいかないから、近隣の駐屯所から騎士の派遣を要請している」
「……肝心の敵は?」
「私と交戦して少しして退散した。何が目的なのかも私は一切わからない……でも、ギルド本部に狙いを定めたということは何かしら求めるものがあったということでしょうね」
そこまで言うと彼女は息をつく。
「現在、ギルド本部に保管していた重要物品などがなくなっていないか調査はしている。その結果次第で、国と連携し対応する」
「……俺達は、どうする?」
俺は語りつつ、採取してきた薬草を取りだした。
「仕事はしてきたが……」
「薬草はありがたくもらっておくよ」
「なら次の仕事だが……どうする?」
手伝うか否か――エーナはそこで申し訳なさそうな顔をした。
「正直、ディアス達の手を――」
「わかっているさ。結構ヤバそうな案件だからな。でも、少なからずギルドには世話になっているし……そちらが良ければ、喜んで加勢するぞ」
「……わかった。なら、手を貸してもらおうかな」
エーナはそこまで言うとゆっくりと立ち上がる。
「報酬については事件が解決した後、そっちで請求して」
「こちらの要求額を飲むってことか?」
「場合によっては長期戦になるし、ね……よろしく、ディアス」
エーナの言葉に、俺は力強く頷いた。