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幕間:一方その頃

 ――ふいに、書類にサインをしていたエーナの手が止まった。頭の中に思い浮かべるのはディアスのこと。今頃、ノルビア山へ向け出発している頃だろうか。


「……はあー……」


 そしてため息を吐く。横で資料を持ってきたノナはそんな態度のエーナを見て、


「まったく、そのようにため息をつくなら、さっさと仲を進展させておけば良いのです」

「無理だよう……」


 頭を抱える。ミリアやアルザから言われ――ひとまずディアスと話をするべきだとして、仕事を依頼したその日、宿まで赴いて昼食を共にして一緒に鍛錬もした。

 しかし結局、そこまでだった。場合によってはミリアやアルザは何かしら協力すると提言したが、他ならぬエーナ自身が二の足を踏んでとうとう今日まで来てしまった。


「ねえノナ、どうしたらいいと思う?」

「恋愛沙汰を相談しないでください」


 淡々とした口調でノナは話すとドン、と資料の束を置いた。


「次はこれです」

「ぐえー……」

「変な声を出さないで仕事をしてください」


 エーナは再びため息を出しつつも、これはこれで余計なことを考えないからいいやとか思ってしまう自分にちょっと嫌になったりもする。


 ――ディアスと最初に出会った時、正直なところ特段惹かれたというわけではなかった。その後、一緒に戦った時も仲間にいれば心強いと考えただけで、恋愛感情はなかった。

 エーナ自身、具体的にいつディアスのことが好きになったのか、よく憶えていなかった。最初は知り合いだし断ることはないだろうと仕事を振っていたのは間違いない。それが会いたい時の口実に変わり始めたのは、一体どこからなのだろうか。


「はあ……」


 ため息を吐きつつも手だけは動かし続ける。机の上には大量の書類。今日も椅子に座り万事こんな調子である。

 仕事の最中、幾度となく彼のことを考える――気付けばお互い十年以上戦士をやって、互いにいい年齢に達してしまった。戦士と言えど三十くらいになったら引退する人間だって出始める。ディアスのように現役かつ最前線で戦える人間というのはごくわずか。それはエーナも同様なのだが、持ち前の技術によって英傑としての地位を維持している。


 まあ、英傑ということで浮いた話が一つもないというのは――いや、より正確に言えばそういう話だってないことはなかった。仕事で忙殺されているギルド側か国側が気を遣ったのか、貴族を紹介することもあった。

 しかし、結局エーナはディアスに対する感情から断るに至った――そうまで執心しているのであれば、とっとと告白しろとノナが言うのは無理もなく、けれどエーナは二の足を踏み続けていた。


「……ねえ、ノナ」

「どうしましたか?」

「ディアス自身、浮いた話はなかったよね?」

「私がエーナと一緒に仕事をし始めたのは五年前ですか。私はそれ以降の情報しか持っていませんが、噂の一つすらありませんでしたね」


 ――ディアスはミリアやアルザを仲間としており、恋愛感情はないと断言した。戦士として強くなることだけを追求し続けたからこそ、彼はそういった感情が希薄であり、本人はそれでいいとさえ思っている節がある。


「本人はずっと独り身のつもりかなあ……」

「その可能性が高そうですね……というより、そういう結末へ向かうべく旅をしている節も見受けられます」

「どういうこと?」


 聞き返したエーナに対しノナは「あくまで可能性の話」と前置きしつつ、


「自分探し……というものが漠然としているためわかりにくいですが、ディアスさんは戦いに変わる何かを探し求めていることは間違いないでしょう。これまで強くなることしか考えてこなかった彼が、団を抜け自由気ままに生きようとしている……もっとも、魔物討伐に加わったり、魔族や元英傑の面倒を見たりと、本質的にあまり変わっている様子はありませんが」

「まあ、そうだね」

「ただ、例えばの話嫁探しをしているといった様子ではないわけです。今後人生をどう過ごしていくかわかりませんが、ディアスさんは戦士としての感性を抱えたまま、生き続けるのは間違いないでしょう。それはつまり、旅の結末がどうあれ独りで生きていくために何かを探していると解釈できるのでは」


 そこでノナはにっこりと笑みを浮かべ、


「それを変えられるきっかけを、エーナは持っているかと」

「……振り向いてくれると思う?」

「そこはわかりませんが、告白したからといってあの方が態度を翻しギルド本部へ来なくなる、ということはないかと。ですから、思い切って一歩を踏み出してみては?」


 その提案にエーナは口をつぐんだ――が、ミリアやアルザといった協力者もいる。これ以上の援護は今後ないだろう。

 そう考えれば――迷いが少しずつ消えていくのを自覚した時、


「エ、エーナさん!」


 ノックもなく、盛大に執務室の扉が開かれ、男性職員が中に入ってきた。


「き、緊急事態です――」


 その言葉と同時、エーナは廊下から魔力を感じ取り――体を強ばらせた。


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