予測と魔法
エーナと目が合った瞬間、俺は次の行動を読もうとする――達人級の剣士であれば、相手の目を見て動きどころか心理なども読み解けるらしいが、あいにく俺にそんな能力はない。
だが、こうして訓練とはいえ数え切れないほど戦士と一対一で戦ってきたのも事実。だから視線の動きが揺らぎなどによって、次の一手を推測することもできた。
雷撃の魔法が発動する。杖先から放たれた攻撃に対し、エーナは槍をかざして防いだ。途端、パアン! と雷撃が槍に当たって弾けた。とはいえ、彼女自身に影響はない。
槍に魔力をまとわせて防いだ……避雷針的な効果もあっただろうが、魔法を受けてもエーナの表情に変化はない。完全に防ぎきったようだ。
ただ、ほんの僅かに……槍で直に魔法を防いだことによって、エーナの動きが鈍った。それは隙と呼ぶには心許ないレベルではあったが、俺は即座に杖を差し込んだ。
反撃に転じた俺に対しエーナは受けに回る。こちらの攻撃を槍の芯で受けとめながら、攻勢に転じる機会を窺う。
今度は俺が執拗にエーナへ攻め立てる状況だった。周囲で感染していたギルド職員からどよめきが上がる。無論、全力で戦っているわけではないし、双方が本気になったらどう勝負が転ぶかわからない……が、槍術の達人であるエーナに対し魔法使いである俺が挑んでいるという事実は、驚愕させるようだった。
とはいえ、俺としてはまったく余裕はない。決定打を差し込めるだけの暇はないし、いつエーナが反転攻勢するかわからない。こちらは攻め立てる間に杖先に魔力を収束させて次の一手を目論んでいるが、彼女は当然気付いている。
むしろ魔法を発動した瞬間を狙って反撃に転じてくる可能性もある……魔法の欠点というか、問題点は発動した瞬間をどうしても捉えられてしまうことだ。一瞬の出来事であるし、普通の戦士ならば例えわかっても対処などできないが……目の前の相手は英傑だ。
もし魔法を発動させたら、それをきっかけに……という目論見なのが明瞭にわかる。ならばこちらができることは、発動する魔法に仕掛けを加えること。
エーナはこちらが何かしようとしていることに気付いているのか、それとも……俺はなおも杖で仕掛ける。それと共に魔力を収束させ――魔法準備が整った。
ここで一度退けば仕切り直しとなってしまうため、俺はこのまま攻勢を続ける……エーナは俺と杖交互に視線を送りながら、次の一手を予測しようとする。
どういう手で来るか……彼女としては杖を差し込みながら魔法を放つと考えることだろう。問題はその魔法がなんなのか。先ほどのように雷撃なのか、あるいは別の魔法なのか。
単純な雷撃や火球であれば防いで終わりだが、もし氷系の魔法であったならば、動きを拘束されてしまう。避けるか受けるか……俺は魔法を発動させる。一瞬魔力が弾け、エーナへ向かう――その時、
「ふっ!」
彼女は槍を薙いだ。直後、俺が発したのは氷の魔法。槍で受けると予測して動きを鈍らせるつもりだったのだが、彼女は発生した氷を槍で薙ぎ払い、防いだ。
それで俺の魔法は不発に終わる……氷の魔法であると勘づいたかどうかはわからないが……いや、もしかすると発動直前に冷気でも発していたのかもしれない。ともあれ、エーナは俺の魔法を見切って対処した。それは間違いない。
瞬間的な判断で最善の動きを見せる……これもまた英傑だからこその実力か。さて、この方法でも通用しなかった以上、さらに攻撃を仕掛けるにはもっと手の込んだ魔法が必要になるけど……さすがに建物に影響が出るだろう。
ではどうすべきか……と悩んでいると、エーナはふいに槍を引いた。
「このくらいにしておくよ」
「もういいのか?」
「そっちだって気付いているでしょ? このまま勝負し続ければ、ヒートアップしてとんでもないことになるって」
肩をすくめながらエーナは話す。
「それに、ディアスがこれ以上立ち回るには、もっと派手な魔法だって必要になるし」
「お見通しか……続きはどこか、全力で戦う場面がある時かな?」
「さすがにそういう事態は避けたいけどね……ともかくありがとう。良い鍛錬になった」
……その表情は、苦笑が混じっていた。もしこのまま勝負を継続していたら……先ほどの攻防は紙一重で、場合によっては勝負が決まっていたのかもしれない。
「……ねえディアス」
ふいに彼女が声を発する。それに俺は、
「どうした?」
「その……」
何かを言いかける。だが彼女の言葉はそれ以上続かず、口をつぐんだ。
……やはり、なんだか様子がおかしい。とはいえこちらが話してもきっと彼女は「何でもない」と答えるだろう。
沈黙しているとやがてエーナは「ごめん」と一言添えて、
「山へ入る許可が出るまで、宿でゆっくり休んでいて」
「わかった。もし訓練に付き合って欲しいなら、歓迎するよ」
「ありがとう」
微笑を見せる。それは混じりっけのない、純粋な意味合いのもので間違いなさそうだった。