英傑同士の訓練
腹ごなしの散歩をした後、俺とエーナはギルド本部へと戻ってくる……俺の場合、この表現は少しおかしいか。
そして執務室で仕事を再開するより前に、俺とエーナは中庭に来て向かい合った。彼女の手には槍。そして俺は杖を構える。
「さすがに魔法の使用は厳禁か?」
「周囲に被害が出なければ別にいいよ。もし建物を破壊した弁償してもらうけど」
「ま、それもそうだよな……なら強化魔法と、被害が及ばない魔法を使うくらいにしておくか」
――俺は強化魔法を使用する。それによってエーナは目を光らせた。
「それはどういう強化?」
「基本的な身体能力の向上だよ……俺は強化魔法とかを使う際に詠唱とかはしないからな。どういうことが起こったかわからないようにしているわけだ」
「ふむふむ、なるほど……ちなみに、強化度合いはどのくらい?」
「言語化するのは難しいけど……」
と、色々言及している間に俺は一つ気付いた。なんというか、エーナは時折俺へチラチラと視線を送ってくる。
いつもの態度とは少し違う。例えるなら何か話したいことがあるけど、タイミングを窺っている……といった感じだろうか。そこに言及しても良いのだが、下手に俺が言うと逆に萎縮する可能性もありそうだし、今は控えておくか。
ここでエーナは静かに槍を構えた。半身の構えで槍の切っ先を俺へと向けている。基本に忠実とした、王道と言えるような体勢であり、奇をてらった雰囲気はない。
そこで、周囲から声が聞こえた。中庭で対峙しているのでさすがに職員が気付くというわけだ。通りがかったのかそれとも休憩でもしていたのかわからないが、建物の中で窓から視線を送る人や、実際に中庭にまで来て観戦しようという人もいる。
エーナは普段から訓練しているだろうけど、俺がいるから興味を示したわけだ……俺のことはここに何度も出入りしているから知らない人はいない。もしかすると『七人目の英傑と現役の英傑がバトルをする』とか、そういう風に解釈しているのかもしれない。
俺はエーナに応じるべく姿勢を低くして構えた……その矢先、彼女の体が一気に俺へと迫った。
歩法一つとってもその動きは流麗かつ、洗練されていた。文字通り一歩で跳ぶように間合いを詰めたエーナは、俺へ向け刺突を放つ。俺の杖が届かず、彼女の槍だけが届く絶妙な距離。間合いを見極めるのもまさしく達人級だ。
俺は杖で彼女の刺突を受け流す……が、即座にエーナは再び槍を放った。その速度は目で捉えることが非常に困難なレベル。本当にこれは訓練なのかと思うほどに鋭く、視線は俺を射抜きまるで好敵手と出会った時のようだった。
だが俺は強化魔法の恩恵によって再び防ぐ……そこでエーナの槍はさらに速度を増した。まるで俺を試しているかのように――これならばどうだと、彼女の槍は俺を執拗に狙う。
――その動きは、淀みなくそれでいて簡潔で、同時に極めて正確だった。ありとあらゆる動作全てが完璧であり、隙など見いだすことはできない……これこそ彼女の真骨頂。極まった槍術によって繰り出される一撃は、魔族であっても容赦なく粉砕する。
一斉に襲い掛かってきた魔物の群れを、神速と形容すべき槍さばきで瞬殺する光景を見たことがある。それほどまでに卓越した実力……俺が出会った時点でそれだったのだ。英傑入りするのも当然の話だった。
そして、魔法についても研究を重ね、自分に適合した技術を開発している……魔法の能力についてはさほど高くないが、俺の強化魔法のように身体能力を向上させ、槍術をさらに高めることはできている……それが、英傑に居座り続けられている理由だ。
彼女の刺突は吸い込まれるように俺へと殺到する……とはいえ、訓練である以上本気というわけではない。全力を出せばそれこそ、彼女の攻撃は見えないくらい速くなる。
俺は杖で彼女の槍を受けつつ、反撃の機会を窺う。エーナはどうするか……全力ではないにしても槍の速度を引き上げてくるかと思ったが、そうはなっていない。そこで俺は彼女が杖へ目を向けていることに気付いた。どうやら俺の魔法を警戒しているらしい。
俺が杖に魔力を収束させれば、すぐさまエーナは戦法を変えてくるだろう。それによって戦いがどう変化するのか……とはいえ、俺としてはこのまま槍を受け続けても反撃の糸口はつかめていない。
ならば、こちらが動いて状況を変える……そう決断しつつ、俺はエーナが放った槍を一際強く弾いた。
彼女の方はそれで動きを鈍らせたわけではないが、こちらが何かしてくると察したらしい。俺へ向ける視線がさらに鋭くなる……それを見て俺は、やはり彼女は英傑なのだと心の中で感じた。魔王との戦いで見せた、その実力……他の英傑と共に真正面から魔王へ挑んだ彼女の姿。臆することなく足を前に出した胆力……そして戦闘センスは、間違いなく一級品だ。
俺は杖に魔力を集める。これで戦局がどう変化するのか……使おうと考えた魔法は雷撃。エーナは攻撃するか防御するか――俺と彼女は、視線を重ねた。