二つあったからこそ
やがて料理が運ばれてきて、俺達はなおも雑談に興じながら食事を進める。
「山へ入れるのはいつ頃になりそうだ?」
そんな問い掛けをしてみるとエーナは「わからない」と首を左右に振った。
「周辺にある村の人も避難しているし、できる限り早く結論を出して欲しいけどね」
「国は動いているんだよな?」
「もちろん。魔物が潜んでいるかもしれない以上、率先して騎士団が動いてる」
まあそれなら……魔王との戦いから間もないわけだし、国側としても奇襲は二度とさせないよう警戒しているはずで、早急に対応するだろう。
「ま、ここでゆっくりすればいいか……」
「ちなみに検診はどうだった?」
「問題はなし。体の調子とかの問題で旅ができなくなる、という可能性はなさそうだ」
「それでもおっさんなんだし、あんまり無理はしないように」
「それはこっちの台詞だぞ」
俺がエーナへ話を向けると彼女はそっぽを向いた。彼女が英傑入りして結構立っているし……彼女もそれなりな年齢になっている。
さすがに俺よりは下だが、そろそろ大台近い年齢であるのは事実なわけで――
「その辺はあんまり考えないようにしている……」
「仕事で忘れているのかもしれないが、いつかは向き合う日が来るぞ……俺みたいに」
「ディアスはどうだった?」
「うーん……三十を超えた時はまあ、よくここまで戦士として活動できたなとしきりに驚いたけど、今となっては遠い日の思い出だな」
「今も現役だからね……」
「そういうエーナも現役じゃないか」
「まあ、そうだけど……私の場合は事務をやっていた経歴が長いし、最前線で戦い続けたとは少し違うからなあ」
「ああ、そういう見方もあるのか」
言われれば確かに、彼女が前線に出張るというのは少なかったように思える。
「なんというか、ギルド側も出し惜しみしていた節がないか?」
「ああ、それはあるかも。英傑入りしているとはいえ、切り札として隠し持つ必要なんてないんだけどね……」
「ギルドとしては、あまり活躍して国側に召し上げられるのが嫌だったとか」
「否定できないのが悲しいところだね……」
苦笑するエーナ。そこで俺は、なんとなく気になっていた質問をぶつけてみる。
「なあエーナ、前々から気になっていたんだが……戦士と事務員。どちらが性に合っているんだ?」
「微妙だね……ただ、どちらか片方だけやっていたら、たぶん私はとっくの昔に潰れていたと思うよ」
そう語るエーナの目は、何かを思い出したかのように遠い色合いを含んでいた。
「戦士として槍を振るっている時は、事務で忙殺されていたことを忘れた。そして事務員としてギルドで働いている時は、戦いで辛いことがあってもそれを忘却することができた」
「二つがあってここまで来たと」
「そうだね。だから私は忙殺されても槍を振るようにしている。同僚に言われるよ、その時間を仕事に当てれば、もう少しマシになるだろうって……でも、私が私である根幹の一つだから、やめられない」
その言葉には芯があった。彼女は……英傑の一人であるエーナは自分がどういう存在なのかを、明確に理解している。
それを見て彼女は大丈夫だろうと思う……のだが、さすがに会いに来る度机に突っ伏しているような状態ばかりだと、不安だって感じてしまうわけだが。
「……無理はするなよ」
俺の言葉にエーナは「ありがとう」と礼を述べた。それで話は一段落して、俺達は食事を終える。
さて、どうするか……エーナも仕事に戻る必要があるだろうということで、宿へ戻って今日くらいは休もうかと考えたのだが、
「あのさ、ディアス」
席を立つ前に、エーナが話し掛けてきた。
「確認だけど、検診の結果は問題なかったんだよね?」
「前の戦いによる影響でまだ腕とかに炎症とかあるみたいだけど、そのうち治ると思うぞ」
「え、そうなんだ……うーん、訓練に付き合ってもらおうかなー、とか考えていたんだけど」
「……そう言って、実は一度くらい本気で戦おうとか考えてないか?」
予感がして問い掛けると……彼女は小さく笑った。
「そういう下心もちょっとはあったり……でも、さすがに――」
「ま、さすがに全力はないにしても、訓練には付き合うぞ。そのくらいなら大丈夫そうだし、俺も体を動かしたい」
「……いいの?」
エーナの問い掛けに俺は小さく頷く。
「何か問題が出たらすぐに言うから」
「うーん……まあでも、ディアスがそう言うなら……」
「決まりだな。早速やるのか?」
「食事の後、少し散歩してかな……腹ごなしの運動の後、槍を振るのを日課にしているから」
「わかった。なら俺も付き合うよ」
エーナは神妙な顔で頷く……なんとなくだけど、今の彼女は何か言葉を選んでいるような雰囲気もある。ただ、それについてこちらは特段言及はしない。
俺達は店を出て、町中を歩き始める。その途中でも雑談をするが……それについては他愛のない内容であり、エーナはなんだか楽しそうであった。