内に抱えるもの
「共に行動する人は、恋愛云々よりは仲間意識が強くなるって感じ?」
「ああ、それでたぶん正解だ」
エーナの言葉に対し俺は頷きながら答えた。
「そもそも、ずっと戦い続けてきたから恋愛観とか薄いだろうな」
「なんだか曖昧な言い回しだけど……」
「三十年以上生きてきて、人生経験が薄いからな、俺」
まあ、仲間に連れられて夜遊びくらいはしたけど……なんというか、それよりも「強くならなければ」という思いが強くて、結局酒場に入り浸るようなことはしなかった。
これは『暁の扉』という戦士団が強かったため、俺はその中で生き残るために必死だったことに起因するだろう。例えばの話、俺が所属した戦士団が地方で活動するくらいで留まっていたとしたら、たまに仕事をしてたまに遊んで……という感じになっていただろう。魔王が出現しても「まあ他の誰かが頑張ってくれるだろう」なんて考えたかもしれない。
それもある意味一つの生き方だが……俺はそうならなかった。いや、必死に戦士団に残り続けるために、そんな風にはできなかった。
「ほら、笑ってもいいぞ」
と言及してみるのだが「いやいや」とエーナは手を振り否定する。
「戦士団の活動を外側から見ていてもわかるよ。ほら、ディアスは必死に鍛錬していたからでしょ?」
「お、そうだな。正解だ」
「なら別に自虐的にならなくてもいいんじゃない? それにほら、ディアスは最終的に魔王と対峙するくらいにまで強くなった。それは紛れもなく誇っていいし、聖王国内にいる冒険者の中でも最高クラスにすごい経験を持っていることになるし」
まあ、魔王と対峙するなんて普通はないだろうからな……ただ、
「……うーん」
「どうしたの?」
「あ、いや……何でもない」
――実を言うと、俺はあの戦いの中で一つ、誰にも言っていないことがある。とはいえそれを言及するつもりはないし、仮に酒の席で話したとしても信用してもらえないような内容ではあるのだが。
なんとなく今、そのことを思い出して話すべきか迷った……なぜそういう風に考えたのか。それは、
「……なあ、エーナ」
「うん」
「仮の話だけど、魔王との戦い……あれに何かしら裏があるとしたら、調べようと思うか?」
世間話の体で喋ったのだが……エーナは神妙な顔つきになった。
「裏、か。それがどういうものかによるね。例えば魔王の秘めた野望とかなら、もう既に滅んでいるわけだし、調べてもあんまり価値はないかなー、と思う」
「まあそうだな」
「ディアスはそうやって言及するには、何か知っていることがあるの?」
――他ならぬ英傑の面々になら、魔王と対峙した彼らになら、話してもいいように思えた。
ただ、シュウラやニックと遭遇した際に言及はしなかったのは……二人の反応がなんとなく想像できてしまったためだ。シュウラは関心を向けるだろうけど、食いついたら食いついたで色々勘ぐって余計なことまで調べそうだし……ニックは「あまり興味ない」と言ってバッサリ斬り捨てそうだし。
で、エーナに対する返答だが、
「あくまで仮定の話だよ」
そう切り返したのだが彼女は訝しげな視線を送ってくる。
ただ追及はしなかった。何か知っているとしても俺の言葉を待つつもりなのだろう。ただ興味はあるのか、時折俺へ視線を向けてくるけど。
「……まあとにかく」
と、俺は仕切り直すように話を戻す。
「ミリア達のことについては以上だ。二人がどう考えているのかはさすがにわからないけど、あんまりからかわないでやってくれ」
「別にそんなつもりもないから安心して……なんというか、ディアスって面倒見が良いよね」
「自分ではそんなつもりはないんだけどな……」
なし崩しみたいな形で二人は仲間になったけど……たださすがに放置するという選択肢はなかったよな。
「ディアス、今以上に仲間を増やすとかはしないの?」
「さすがに、ないかな……増やしても精々一人だろう。それ以上増えると動きにくくなるし、どこへ行こうとなって相談しても話がこじれる可能性が高くなる」
「なるほどね」
「確認だが、ついていこうとか考えたのか?」
「さすがに事務仕事をほっぽり出して旅をするつもりはないよ……でもさ、もし、もしだよ? 私がついていくと言ったら、同意してくれる?」
「俺は喜んで歓迎するよ」
知った仲だし、面白そうだし……と考えたところでエーナは嬉しそうに笑った。
「そう。なら仕事を辞めたらよろしく」
「辞める予定があるのか?」
「今のところないけど、未来は誰にもわからないしね」
そうは言うものの……口調としては冗談っぽい雰囲気なので、彼女自身本気で言っているわけではないだろう。だから俺は、
「さすがに今の職を手放すのはオススメできないな」
「でも忙殺されてるよ?」
「それは人を雇わないエーナが悪いよ。役職で権限もあるんだから、もっと楽できる方法を探さないと」
「それ考えるのも面倒なんだよね……」
「色々施策を行って冒険者ギルドを発展させているだろ。それと同じようにするだけじゃないか」
「研究で改善できるならいいんだけど、人事とかは死ぬほど苦手なんだよね……」
なんだか苦労があるらしい。ため息をつく彼女に、俺は苦笑するほかなかった。