幕間:女性達の密談
――ディアスがいなくなった部屋の中で、ミリアとアルザは英傑であるエーナと対峙する。
「それで、話って?」
口火を切ったのはエーナ。そこでミリアとアルザは一度互いに目を見合わせた。
その様子を疑問に思ったのか、エーナは首を傾げる。横にいるノナさえも、訝しげな視線を向ける。
そこでミリアは、意を決するように口を開いた。
「あの、つかぬことをお伺いしますが」
「別に丁寧な言葉遣いはいらないよ」
「……わかった。なら遠慮なく話をさせてもらうけど」
ミリアは少し間を置いてから話し始める。
「確認なのだけれど……あなたがディアスに仕事を振るのって、あなたがディアスに好意があって色々理由に付けて会いたいからじゃないの?」
――エーナは固まった。そして横にいたノナが吹き出しそうになる。
「ええっと、書類整理をしている時のあなたの様子とか、口ぶりとかでなんとなくそう思ったのだけれど」
「バレてますね、エーナさん」
「ちょ、ちょっとノナ!」
と、エーナはすぐさまノナへ告げる。
「否定すればあっさりと終わる話でしょ――」
「でもさすがに態度からして気付きますよ。というか、気付いていないのディアスさんだけでしょう?」
再び硬直するエーナ。それでミリアは納得した。
つまり、何かにつけてエーナはディアスと会いたいがために呼び出していたというわけだ。名目としては個人的な仕事でギルドは通せない。よって元々戦士として交流のあったディアスを頼った――と。
「そもそもですねえ、ディアスさんが気付かないのは単純に接し方が十年間同じだからですね。昔から同じ喋り方とか接し方をしていることで気付かれていないだけで、客観的に見ればすぐにバレます」
「私、そんなに変な言動してた?」
「会話上問題はないですが、ディアスさんが作業中だとか考え事をしている時とかに、ぼーっと凝視しているとか、あるいは声のイントネーションが違うとか」
「ああああ」
頭を抱えるエーナ。と、そこでノナが追い打ちを掛ける。
「ちなみにですが、ギルド職員の大半は気付いています」
「初耳なんだけど!?」
「いやあ、さすがに面と向かって『ディアスさんが好きですよね?』とは言えないでしょう。ただまあ、肝心のディアスさんに自覚がないというのが問題なのですが」
エーナはどこまでも頭を抱える。と、ここでミリアがエーナへ言及。
「あの、その。あくまで確かめただけだから……私達の口からあなたのことについてディアスへ話すことはないのでご心配なく」
「むしろディアスさんに話してもらった方がエーナさんとしては都合が良いのでは?」
「黙って、ノナ」
そこで顔を上げたエーナは、ミリアと真正面から視線を合わせる。
「それで、その事実を突きつけてどうするつもり? 脅迫? それとも怪しい商談にでも引き込もうとしている?」
「しないわよ、そんなこと……その、アルザとも話したのだけれど、今後人間が暮らす領域で活動していく上で、冒険者ギルドというのは非常に重要な組織であると気付いたの」
「うん」
「それで、今後ギルド本部にいる重役の方と懇意になれたら……活動するに当たってメリットがあるかな、と」
――そこで合点がいったように、ノナが口を開く。
「つまりあれですか。お二方、エーナさんとディアスさんの仲を取り持つことにご協力してくれると」
「ええ、まあ。そちらが良ければだけど……」
「本当に?」
興味が出てきたのか食いつくエーナ。するとここでアルザが、
「私は楽で報酬がもらえる仕事を紹介して欲しいなー」
「……言っておくけど、世の中そんなに甘くないよ?」
「魔物退治とかなら楽勝だし、そういうのでコツコツ稼げば目標達成も早いかなー、と」
「つまり、アルザはお金を稼ぐために仕事を回して欲しいと。それでミリアさん、あなたは?」
「私は魔族で、現在はその気配を悟られないための処置をしているけれど……何かあればギルドが手を貸してくれれば」
「その何か、という内容にもよるけど……まあ、迷惑が掛からない程度に支援することは約束する。何より、ディアスの仲間だし」
「ありがとう。あ、それともう一つ」
「まだ何か?」
「魔界に関する情報……それについても、可能であれば教えて欲しい」
「……正直、そこはどうとも言えないかな」
頭をかきながら、エーナは応じる。
「むしろ魔界の情勢は私達の方が教えて欲しいくらいだし」
「私が語れる情報であるなら、話してもいいけれど」
「魔界の情報を渡すのは、魔族に対する裏切りとかではなく?」
「魔族も一枚岩ではない……私に関わる情報は話せないけれど、今後騒動を起こしそうな、好戦派の魔族についてなら」
それでエーナは「なるほど」と応じた。
「それなら……交渉、成立かな」
「良かったですね」
と、最後にノナがエーナへと言及する。
「十年近く進展しなかった恋が動き出そうとしています。後は成就するよう頑張ってください」
「ノナ……後で憶えておきなよ」
そんな言葉に対しても、ノナは涼しい顔であった。