因縁の存在
『……あ?』
胸部を貫かれた直後、魔族レボウはずいぶんと間の抜けた声を上げた。
次いで視線は俺を射抜き……下へ。俺の杖先にある光の刃を見て、
『馬鹿、な……こんな、英傑にも劣る力しかない人間に――』
「魔王との戦い、そのリサーチは完璧にしておくべきだったな。もっとも、あの戦いの詳細を知ることができたのかは、わからないが」
光の刃を引き抜く。それと同時に俺は強化魔法を解いた。刹那、肩に鉛でも乗せたかのように疲労感がどっと押し寄せてくる。
先ほどの魔法はこの状態では使えない……が、必要はないと断じた。なぜなら目前にいる魔族レボウの体が白く染まり崩れ始めるのを見たためだ。
『そんなはずはない……人間共に滅ぼされるはずはないのだ! 私は、私は――』
声を発する間に、ニックとアルザが俺と入れ替わる形で魔族へ接近する。
「なら――そんな淡い幻想を抱きながら、消えろ」
ニックが宣告し、大剣が魔族の体へ直撃。加えてアルザの退魔の剣が叩き込まれ――魔族は大きく吹き飛んだ。
だが、まだレボウは立っていた。体がもろくなり少しずつ塵へと変じていく中で、最後の抵抗と言わんばかりに魔力を高めた。
『終わりではない。ならば、貴様らも道連れに――』
自爆攻撃か……! さすがにそれは止めなければならないと断じ、俺は攻撃魔法で相手の目論見を潰そうとした。だが、収束が一歩遅れる。切り札を用いたことで、体の反応が鈍くなっていた。
ならば、と俺は結界魔法に切り替えた。自爆するのは仕方がないにしても、それを魔族の周囲に押し留めることができれば……発動準備はすぐにできた。あとはレボウが攻撃する前に構成するだけ。
だが、その時だった。風切り音が真上から生じた。何事かと視線を変えようとした時、俺は見た。
それは一瞬のこと。最後の一撃を放とうとしていたレボウの頭部に、光の槍が突き刺さった。着弾直後、魔力が弾け魔族の体を囲むように光が生まれ、
「がっ――!?」
魔族は攻撃を放つことなく、断末魔の声を発して消滅した。
「……今のは」
ニックが呟く。俺は何が起こったのか理解していた。
振り返る。そして遠視魔法を使用すると……王都を囲む城壁の上、そこに、見覚えのある魔法使いが立っていた。
「……セリーナ」
いつからいたのだろうか。杖を握り佇む英傑、セリーナがそこにいた。
そして、あの距離から魔族だけに狙いを定めて脳天を撃ち抜く……英傑の面目躍如といったところだろうか。あそこまでの精度で魔法を放てるのは、彼女くらいだ。
そこで、騎士達が声を上げながら魔物へ突撃を開始した。見れば魔物は明らかに狼狽し、前進も後退もしていない。総大将を失い、指揮官である魔族が動揺した結果だ。
「……最後の最後で、美味しいところだけ持っていったな」
と、ニックが感想を漏らした。同意するようにアルザが頷いていると、俺は違う見解を述べた。
「どうだろうな……今の魔法は、全て見ていたぞと俺へメッセージを送ったように思えた」
「ディアス、お前どんだけ恨まれているんだ?」
「恨み、なのかどうかはわからないけどな……ま、セリーナが目的を果たすためには俺という存在が厄介だったのは事実だろう。ともあれ、魔族は倒せた。後は残党を倒すだけだが……」
と、ここで魔物達の動きに変化が。戸惑っていた動きから、明らかに後退を始めた。
「お、逃げていくぞ」
「さすがに総大将が滅んで、戦う理由はなくなったか」
魔族達はこのまま魔界へ逃げるのだろうか……聖王国は追撃するのかどうか。まあどちらにせよ、もうここまで攻め込まれることはないはずだ。
「よし、俺達の仕事は終了だな」
「王都へ入るか?」
「セリーナと鉢合わせになりそうだよな……」
「どちらにせよ、国側と話はしなきゃならんだろ」
まあ、確かにそうだな……。
「ひとまずクラウスに会いに行くか。俺とニックの連名なら、王城へ入れるだろ」
「ああ、それがよさそうだな……というわけで」
ニックが周囲に目を向ける。勝利に沸き立つ騎士の声が耳に入りつつ……戦いが終わった。
俺は小さく息をつき、自分の体調を確認。切り札を使ったが、疲労しているだけで体に問題はない。
そこでミリアが近づいてくる。彼女はアルザに「お疲れ様」と労った後、
「ごめんなさい、あまり役に立てなかった」
「いや、色々と援護してくれているところはしっかり見ていたぞ……ありがとう、手を貸してくれて」
礼を述べつつ俺は再び城壁へ視線を移す。遠視魔法を使ってみるが……既にセリーナの姿はなかった。
「……王都に入ったら、干渉してくるかな?」
そこで自問自答する。もしロイドやセリーナを顔を合わせたら、どうなるのか……正直、こちらは気にしていない。けれど彼女達は、
「ま、そうなったらそうなったでいいか……アルザ、ミリア、ひとまず王都へ入ろう。まずは休まないと」
二人は頷き、俺達は歩き出す……そうして、長い戦いは終わりを告げた。