魔王と相対した者
――魔王との戦いは熾烈を極めたが、その中で最大のピンチが一度あった。圧倒的な魔王の力。炸裂した漆黒の魔法により、俺達は吹き飛ばされ多くの人間が倒れ伏した。
セリーナを始めとした魔法使い達が全力で結界を張ったことにより、負傷者は出たが死者はいなかった……が、問題はその魔法の余波。人の頭部を揺らす効果でもあったのか、多くの人間が……いや、魔物や魔族ですら倒れ伏した。
魔王にとって、最強の魔法だったかもしれないそれを受け……『六大英傑』ですら倒れた。しかし、その中で唯一……俺だけが、立っていた。
『まさか、意識を保つ者がいたとは』
魔王が驚愕の声を漏らす……目前にいるその存在は、俺の目からすれば人型でありながら漆黒に覆われシルエットしか見えなかった……その見た目は魔族達が思念により生み出した理想の魔王、と表現されてもおかしくない、概念的な存在に近かった。
『だが、立っているのは一人だけだ』
魔王の言葉通り、戦場には静寂が訪れた。魔王と戦っていた英傑を始め、後方で支援していた者達でさえも……この戦場にいる者は俺と魔王を除き、全員が倒れ伏した。
『先ほどの魔法、耐えたのは称賛に値する……が、防いだとしてもこうなる仕掛けを施していた。とはいえ英傑クラスの能力を持っているのなら、ものの数分程度で目覚めるだろう。だが』
「その数分で、勝負を決めることができる」
全員が倒れ伏したのであれば、楽にトドメを刺せる。
『貴様は七人目の英傑と呼ばれていた存在か……あまり時間も掛けられない。さっさと終わらせてもらおう』
「ああ、そうだな」
答えた直後、俺は魔法を発動させた。それは全身全霊――切り札と呼べる強化魔法。
それを見た瞬間、魔王の気配が変わる。
『ほう……?』
「悪いが、誰もやらせはしない」
『抗うか。とはいえそれほど無茶な強化は、どこまでもつのか』
「全員が起きるまで、耐えてみせるさ」
その時、俺は真っ直ぐ魔王を見据えた。漆黒の揺らぎの中に存在する、血のように紅い瞳。それと目を合わせた俺は、
「……決着を、つけよう」
その言葉に込められた意味を、果たして魔王は察したのか……哄笑を上げながら魔王は暴虐的な気配を発し、接近する俺を迎え撃った――
その時の情景を思い起こした瞬間、俺の魔法は発動する。ただ、以前と決定的に違うことがある。
魔王との戦いでは、可能な限り魔石など魔力を補給できる状況だったため、魔法発動まで魔力を相当温存できていた。魔王と対峙した際、体力を含め限りなくベストコンディションに近かった。その上で負けられないという強い高揚感などを併せ持って挑み……結果として、仲間が目覚めるまで戦い続けることができた。
だが、今は状況が違う……というのも、魔石の補助がない状態で強化魔法を使用したことにより魔力はかなり少なくなっている。体力的に余裕はあるが、さすがに魔物の軍勢と交戦を開始してから移動と連戦続きであるため、体の奥底に疲労がある。万全の状態とはかけ離れている。
仮にこの状態で切り札を発動した場合……時間としては長くて二分、最悪一分程度しかもたないだろうと察する。ただ、目前にいる魔族は確かに凶悪だが魔王ほどではない……それは真正面から対峙した俺が一番わかっている。
だからこそ、俺はその時間で十分だと判断した……アルザとニックが魔族と攻防を繰り広げる。二対一という状況だが、それでも圧倒的な力によって魔族レボウが優勢だった。
無論、二人も連戦によって体力と魔力を消費しているのも要因ではあるはずだが……俺の魔力が高まる。それを見て魔族は哄笑を上げた。
『どのような魔法を用いようとも、この力の前では――』
魔法が発動。瞬時に魔力をまとった俺は杖を構え……叫んだ。
「アルザ! ニック!」
二人は名を聞くと同時に左右に分かれた。俺と魔族レボウとの間に障害はなくなる。それで相手は、
『よかろう、そこまで死にたいのであれば楽にしてやる!』
突撃を開始する。それに対し俺は動くことなく……恐ろしい速度で肉薄する魔族をただ見据えた。
杖を構え、魔法を使うことなく剣が振り下ろされ――次の瞬間、俺は動いた。杖をかざし、相手の剣を受ける。
直後、魔力が弾けた。俺と魔族の魔力による勝負……本来ならば魔族に勝てる道理はない。人と魔族とでは根本的に内に抱える魔力量が違う。だからこの勝負も、本当ならば魔族が勝利するはずだった。
けれど、今回は違った。俺の杖によって、魔族レボウの剣が大きく弾かれる。
『なっ……!?』
まさか力負けするとは思ってもみなかっただろう。魔族は動揺し、動きを一瞬硬直させた。
今の俺にとって、それは最大の好機――杖を突き込む。その先端には光が生じ、刃のように鋭くなっていた。
そして光は真っ直ぐ魔族の胸部へ突き込まれ……その体を、刺し貫いた。