切り札
「……ほう?」
最初に発言したのは魔族。その見た目は魔法使い然とした風貌かつ、年齢を重ね四十代くらいの男性だった。
黒い髪に加えて彫りの深い顔……紳士的、と言えば聞こえはいいその風貌が見据えているのは、ミリアだった。
「なぜ貴様がここにいる?」
「別に私がどこにいようと勝手じゃないかしら、レボウ」
ミリアは魔族――レボウへ応じた。
「なぜ人間に味方をしている、とか色々疑問はあるでしょうけれど」
「いや、その辺りは別に気にしていない。オーベルクという存在もあるからな……だが、そうやって英傑と共に行動するのは何故か、と疑問に思ったまでだ」
語りながらレボウは興味なさそうにミリアから視線を外した。理由を問い掛けるつもりはない……というか、そもそも彼女など眼中にない、といったところか。
「さて、こうまで食い止められるとは……自己紹介などする暇もなさそうだ。さっさと始めるとしよう」
魔族レボウはそう告げると――突如、ズグンと魔力を発した。大気を震わせるほどの魔力に対し、騎士達の間に動揺が広がる。
「――魔族は、俺達が」
そこで俺は一歩前に出ながら発言する。それによって騎士達はどよめきを発した後、再び魔物と向かい合う。
「やはり英傑の力は偉大だな」
と、レボウは俺やニックを見据え警戒を強める。どうやらこちらの素性は知っている……といっても、当たり前か。何せ俺達は魔王を倒したのだから。
さらに魔族は魔力を膨らませ……それはニックやアルザも目を鋭くさせるほどの規模。英傑との戦いに備えて、何かしら準備をしていたということか。
「本来ならば城にいる英傑、クラウスに向けて準備していた技法だが……まずは貴様らで試させてもらうぞ」
宣告と同時に――魔族は動いた。一瞬で俺達へ間合いを詰め、いつの間にか手にした剣を振ろうとする。
だが、俺もニックもアルザも反応できていた。剣を真正面から受けとめたのはニック。大剣と魔族の剣がぶつかり合い、金属音が戦場に響き渡った。
同時、アルザは相手の側面へ回り、ニックとぶつかった魔族へ向け一閃する。加え、俺が瞬時に生み出した光の槍が、魔族の頭部へ直撃する。完璧な連携――ニックが食い止めた時間を利用し、俺とアルザが攻撃を叩き込んだ。
多少なりとも魔族は効いたはずだが……と、そこで魔族の顔に変化が。人間の顔をしていたものから、突如黒い鉄仮面でも身につけたような形になる……俺の攻撃がよほど痛かったか、それとも反撃に対し怒りでも覚えたか。
『なるほど、これだけ戦力が集まれば一筋縄ではいかんか』
声もくぐもった、響くものへと変化する……そこへアルザが再び剣を振り抜いた。退魔の力を込めた剣戟は、本来ならば魔族に対しても十分な打撃になる――はずだった。
ギィン! と一つ大きな音がした。彼女の刃は魔族の体に入ったが、その体躯には頭部と同様金属的な漆黒に覆われていた。
『終わらせるとしよう……この力で!』
ニックを押しのける。なおかつ、踏み込んで追撃を加えようとした。対する彼は魔族の攻撃をまずは受けたが、
「くっ!?」
声を上げながら、大きく吹き飛ばされた。怪我はなく体勢も崩さなかったが魔族はフリーになる。
そこへ、アルザが俺の前へとやってきた。同時に魔族は俺達へ接近する。アルザと俺の両方を剣で両断する……そんな勢いすら伴っていた。
どう対処すべきか決断に迫られる。アルザは退魔の力をフル活用して、応じる構えを見せた。なおかつ、ニックはすぐさま俺の背後までやってきて彼女を援護しようという様子。一方でミリアやニックの仲間は攻防に対しついていけない……というより、自らを強化した魔族レボウに対し応じることができるのは俺達三人だけ、ということなのだろう。
ならばどうすべきか……魔族は圧倒的な力によって俺達を蹂躙し、この勢いで王都へ攻め込もうとしている。まだ王都には英傑であるクラウスやセリーナがいるはずだし、さすがに王都を陥落させることは……ただ、どういう展開になっても王都で暮らす住民達の被害は免れない。
それを防ぐには、ここで食い止める以外にないだろう……俺は自分の魔力と体力を考慮。そして、
「……アルザ、ニック。二十秒稼いでくれ」
その言葉に――二人は黙ったまま頷いて反応した。俺は一歩後退する。そしてアルザとニックの二人が、魔族と対峙する。
『何か策でも見つけたか!』
俺達の動きを見てそう叫んだ魔族だが、まずは真正面にいる二人へ狙いを定めた。それに対し俺は呼吸を整え準備を始める。
アルザ達が魔族と剣の打ち合いを始め、火花を散らす。目で追うことすら困難なレベルの応酬。それに対して俺にできることは一つだけ。
「まさか、魔王との戦いからすぐに……使うことになるとは」
呟くと共に魔力を高め魔法発動準備が整う。今から使う魔法は、正真正銘の切り札。
それは――魔王を食い止めた、俺にとって最強の強化魔法であった。