戦線の維持
戦場へ向かう途中で、俺は戦場全体にいる騎士達へ強化魔法を付与した……相対する魔物達の能力を考慮して使用したので、これでしばらく戦線は持ち堪えるだろう。
そしてニックが先んじて最前線に躍り出る。同時に一閃された豪快な大振りによって風の刃が生まれ――敵が、吹き飛んでいく。
戦場全体に勢いを伝播させるのは難しいかもしれないが、戦場の一局面を大きく変えるだけの力はある……魔物はなおも進撃してくるが、ニックの剣戟によって結構な数の魔物が押し留められ、結果として周囲にいた騎士が勢いづいた。
そこへ今度はアルザの退魔の力が大地を介し放たれる。それによって魔物が多数駆逐され、さらに敵の足が乱れていく。
さらに俺の魔法も発動する。二人の範囲攻撃と比べれば控えめではあるが、雷撃を放って真正面にいた魔物を数体まとめて撃滅した。
「魔物の動きが鈍ってくれればいいけど……」
まあさすがにそう上手くはいかないかな……と考えていた時、後方から蹄の音が。一瞬だけ振り返ると、後詰めの部隊と思しき騎馬隊がこちらへ向かってくる光景が。
「ディアス、あれは他の場所にいた騎士が到着したのか?」
「いや、控えていた部隊が来ているだけだ。下手すると援軍はここで打ち止めかもしれないぞ」
ニックに応じつつ俺はさらに魔法を放つ。魔物が目に見えて減っていくのだが、そこへさらに押し寄せる魔物の波。ニックやアルザが豪快に攻撃を行い倒してはいるのだが……さすがに多勢に無勢か。
とはいえ、効果がないわけではなく魔物の動きが戸惑ったものになるのも見受けられる……指揮する魔族が迷っているようだ。可能であれば魔族を見つけ出して倒したいところだが……。
「おいディアス! 魔族はいたか!」
「いや、見つからない! たぶんだけど、魔物の姿に紛れているみたいだ」
――おそらく、俺やルードが魔族を狙って決着をつけたことから、下手に魔族を矢面に立たせると危ないと判断したのだろう。総大将である魔族は間違いなく、これまでの戦場……聖王国の戦いぶりを観察している。だからこそ、魔族には指揮を執らせるだけで前には出てこないし、攻撃を食らわないようにしている。
「魔族を倒さないと状況を覆すのは難しいか……?」
疑問を呟きつつも、俺は魔法でさらに魔物を消し飛ばす。魔力は十分ある。なおかつ、周囲の騎士は強化魔法を受けて十二分に魔物と相対できている。
魔物が後続からさらに来ているとはいえ、現状は五分五分か……この天秤を傾けるにはどうすればいいか。
「……やっぱり、一発大きい魔法でも使わないと無理か」
呟きつつもさらに雷撃によって魔物を倒す。ニックやアルザの攻撃は衰えるどころかさらに勢いは増しているが、二人の援護がない場所ではジリジリと後退を始めていた。
このままどこかの戦線が崩れれば、川が決壊するように一瞬で状況は覆る。俺は魔法による援護を行いながら、何か手はないか探し始めた。状況を好転させるためには大きい手段がいる。とはいえ、味方が多数いる状況では大地を介した派手な魔法も危険だ。
俺は自分の技術を頭の中でひっくり返しながら思考し続ける……そういえば、魔王との戦いでもこうだった。目前にいる最強の敵。それに対し俺は、味方を援護しながらどうすれば勝てるのか必死に考え続けた。
あの時は勝てるかもしれない手が思いついて、仲間の援護と共に実行したが……多少なりとも手傷を負わせたくらいで効果はほとんどなかった。最終的に俺は持っていたものを全て表に出して、全力を尽くしてどうにか踏ん張った。結局魔王に傷を付けることはほとんどできなかった……が、それでもほんのわずかな時間、魔王と対峙することはできた。
あの状況と比べれば、今はずいぶんとマシだ。何より、味方の勢いがある。後詰めの部隊が到着し、戦っていた騎士達と入れ替わるように魔物を倒していく。
そうした中でニックとアルザは変わらず攻撃を続けた。最前線で戦っていた魔物達は完全に陣形など皆無となり、ズタボロとなっていた。ただ後続からさらなる魔物が押し寄せているため、二人も攻撃の手を緩めることはできない。
「まだいけるか!」
ニックへ呼び掛ける。彼は「もちろん」と返事をしたが、首筋に汗が浮いているのを俺は見逃さなかった。
おそらくアルザも似たような状況だろう。さらに言えば、魔物がアルザの動きを危惧して側面から回り込むような展開になったら、こちらは打つ手がほとんどない……いや、まだ仕掛けてはいないがいずれそういう風に攻撃してくると考えた方がいいだろう。
ならば、俺は……杖を一際強く輝かせる。とにかく戦線を維持し続けなければならない。それに効果的なのは俺の強化魔法だ。
とはいえ、強力な魔法は負担も大きい上に、騎士達に混乱をもたらす可能性もある……だが、俺は魔力を溜めた。頭の中で一つ魔法をピックアップして、それを使うべく杖を構える。
俺の真正面にいた魔物がニックの剣によって吹き飛ばされた直後……俺の魔法が、解き放たれた。