魔族の策謀
俺達が王都北へ向かっている最中に、もう一つ異変が生じた。それは王都の真西……そこから出現した魔物の軍勢がさらに数を増したことだ。さらに言えば、魔物の見た目も明らかに厳つい……これは囮だ。精鋭部隊と言えるような魔物の存在を示し、南側へ意識を集中させる狙いなのだ。
実際、騎士団は北より南へと戦力を集中させた……魔法を使い魔物の能力などを察しているはずだが、北側に対しては明らかに手薄になっている。これはもしや、
「北側にいる本命の魔族を探し出せていないのか?」
「というより、気配をつかみきれていないんだと思うよ」
俺の呟きに対し、アルザはそう答えた。
「私がディアスの強化魔法を受けて調べたわけだけど、ああまでして索敵しないと発見できなかったと思う」
「単純に魔法により索敵をしても、本命の魔族は見つけられないと?」
「たぶん、相当上手く誤魔化せているのかも」
……俺の魔法陣は仰々しかったけど、そのくらいやって初めて魔族を捕捉することができた、というわけか。
「国側はあっさりと策略に引っかかってしまったな」
ニックが言う。それに対し俺は一考し、
「……誰が索敵していると思う?」
「誰って……国お抱えの魔法使いだろ?」
「その可能性は高そうだけど、さすがにこれだけの魔物を気付かれずに王都近くに潜伏させていた敵だ。聖王国としても警戒はするだろうし、他にも人員を増やすだろ」
「……セリーナあたりが索敵をやっているってことか?」
ニックの問い返しに「あくまで可能性」と告げつつ、
「セリーナじゃなくても、シュウラか……英傑入りしている戦士に依頼している可能性もある」
「その場合、察知できているはずだろ……セリーナ達の腕なら」
「でも、実際はできていない」
俺の言葉にニックは押し黙る。そこで俺は、
「聖王国としても、英傑……魔王を倒した存在というのは、絶対的な信頼を持っているわけだな」
「けどそれが足下をすくわれる結果に……と、言いたいのか?」
「策謀に長けた魔族が相手だとしたら、俺達……つまり、英傑のことを調べた上で攻撃をしている可能性は高いだろ。なら、索敵能力とか……魔法の技量面について下調べをした上で、見つからないと踏んでいるのかもしれない」
「おいおい、だとすると……」
「――私が思い浮かべている魔族が相手なら」
と、ここでミリアが口を開いた。
「そのくらいのことはしてきてもおかしくない」
「なら、確定かな……俺達だって、魔族を捕捉できたのは大地の力を借りた魔法に加え、アルザの能力があったからだ。普通じゃ無理だった」
「……英傑六人と比べても、魔力の揺らぎを見つける能力は、アルザが上ってわけか」
「退魔の能力を持っていることも関係していると思う……彼女の特異性によって、俺達が魔族の居場所を特定した。ここまでは良かったけど……」
残る問題は、俺達が参戦して果たしてどの程度効果があるのか。
「北部にいる騎士団の数は、南と比べ少ない……なおかつ、戦士団も南へ矛先を向けたみたいだ」
「連絡はした方がいいんじゃないか?」
「当然しているよ。使い魔を通して連絡を回している……が、正直間に合うか微妙だな」
俺は王都北側で動いている魔物……その動きがどんどん速くなっていると理解する。
「おそらく、北部が本命だと気付かれるのも想定の内だ。けれど、南に回った騎士達を北へ移すには時間が掛かる……その時間を利用して、城壁の内側へ到達するつもりなんだろう」
つまり、そこまで行ってしまったら人間側の負け……城壁を越えて魔族が何をするのか不明だが、正直ロクなことにはならないだろうから、絶対に止めなければならない。
「私達に何ができるか……」
ミリアは呟き、考え込む。ここにいるメンバーは十人にも満たない。ニックという英傑がいるとはいえ、さすがに千を超えるような軍勢を押し留めるだけの力はない。
「逆に言えば」
と、ここでニックが一つ言及する。
「少しでも食い止めることができれば、相手の予測を上回ることができるって話だよな?」
「そうだけど……何か手はあるのか?」
いくら英傑であっても、あれだけの魔物を……と思っていたら、
「いや、こういうシチュエーションじゃないと使えない技法というのがあってだな」
「おいおい……何だよそれ」
「長時間使えるものじゃないが、少しくらいなら食い止めることはできるはずだ」
それはずいぶんと頼もしい……と、ニックに続き今度はアルザが話す。
「あ、私も試したい技法があったんだよね」
「……まったく、こんな状況でもか。いや、むしろこういう状況だから、と言えるかもしれないな」
苦笑しつつも俺は、アルザやニックへ告げる。
「なら、その力を全力で発揮してもらい、食い止めてもらおうか。俺の連絡によって気付くまでにどのくらいの時間が掛かるかわからないが……ま、やれるだけやってみようじゃないか――」