魔王討伐後の世界
――仲間達が酒を飲み、笑い叫ぶ光景が目の前にある。中には肩を組んで歌っている人もいて、そんな様子を遠巻きに眺め、俺はそのはしゃぎ具合に苦笑する。
ここはとある屋敷の宴会場。魔王討伐――それを成し遂げたことで俺が所属する戦士団はこの屋敷に招待され、昼間っから酒を飲みどんちゃん騒ぎを続けている。夕刻の時点で自然に解散するだろうとか思っていたら、夜になってもなお仲間達は騒ぎ続けていた。
「やれやれ、若いってのはいいなあ……」
それだけ体力があるのはたぶん、若さ故だろうとなんとなく思う。一方で俺はおっさんと呼ばれる年齢に至ったせいか、疲れて眺めることしかできない。
――俺、ディアス=オルテイルはこの戦士団『暁の扉』の中において一番の古株で、今年三十五歳になった。小さい頃に魔法を習得し、それが人の役に立つならば……と、十五歳の時に戦士団に加入し、そこから二十年、団で戦い続けた。
俺が入ったのは戦士団が結成されて半年後くらいのことだった。その時点では一地方にある冒険者ギルドのメンバーによる集まりで、一緒に魔物討伐などをこなしているくらいの規模だった。
けれど転機が訪れる。過去に魔王に挑んだことがある老齢の勇者……そうした人物が加入したことで一変する。彼の指導を受けあれよあれよという間に他のメンバーが強くなり始め、いつしか結成した町ではなく、この国――エルデア聖王国の王都で活動するようになった。
俺は平々凡々な魔法使いだったから、他の皆についていけるよう必死に勉強した。魔物討伐を果たして酒を飲み明かしていた仲間の中で、俺だけは毎日訓練を欠かさなかった。雨の日も風の日も、どれほど疲れていようとも、ひたすら戦いのために魔法を研究し、鍛錬を繰り返した。
それにより、急成長を果たしていく仲間についていくことができた……気付けば寝ても覚めても戦いのことばかり。魔物と戦い、時にダンジョンに潜り、ある時は魔族の居城へ踏み込み……そんなことを繰り返していたら、二十年が経っていた。振り返ればずいぶんと早かった。そして俺は二十年戦いのことだけに費やして、どうにか魔王討伐という偉業に立ち会うことができた。
その戦いは、今から十日前に行われた……この国は魔族が暮らす領域である魔界と隣接しており、長年戦い続けていたのだが、とうとう魔王が自ら侵攻を始め、それを人間は迎え撃つ形で行われた。
戦いは激しく、まさしく死闘だった。魔王に挑んだ中心人物は、現在の世界においてもっとも強いとされる六人……『六大英傑』と呼ばれる面々であり、まさしく人類の最高戦力だった。俺はそうした面々や味方を必死に援護し、時には最前線で戦い……どうにか、勝利した。その結果、俺達はこの屋敷で馬鹿騒ぎをしているわけだ。
とはいえ、おっさんで既に騒ぎ疲れた俺は端の方で騒ぐ光景を眺めている……ここにいるのは『暁の扉』の団員だけだが、それでも百人近くいる。俺が加入した当時は十人くらいの規模だったので、よくこれほどまでに膨れ上がったものだ。
戦士団のしきたりとして団長は剣を握り前線で戦うものと決まっていたから、一番の古株の俺でもトップに立つことはなかった。中には古株だから、内心で煙たいと思っている人だっているかもしれない。
魔王討伐の偉業をなし終え、これから戦士団はどうなっていくのか……思案していると、横から俺を呼ぶ声がした。
「すまないディアスさん、話があるんだ。外に出ないか?」
それは、現在の団長だった。横を振り向けば、金髪の好青年と、その後方に栗色の長い髪を持つ女性がいた。
男性が団長で、女性は副団長……彼女こそ『六大英傑』の一人であり、俺なんかと比べて遙かに強力な魔法を扱う、まさしく神に選ばれし使い手だ。
「ああ、いいよ」
俺は頷いて彼らと共に外へ出た。空には満天の星、背後には笑い合う団員。風もない穏やかな夜で、心が洗われるようだった。
「……それで、話って?」
問い掛けに対し団長は少し口ごもった。それに対し副団長が横から小突いて話を促す。
それで彼も決心したのか、口を開いた。
「……今後の戦士団のことを、改めて考えたんだ」
「ああ」
「大きな目標を達成したことでこれからどうすべきなのか、団員も気になっているみたいだ。ただ魔王は倒したけど、魔族が今後どう動くかわからない。新たな魔王が選ばれ、再び侵攻してくるかもしれない。国もそれは警戒していて、今後も国と手を組んで戦うことになると思う」
「そうだな。魔王を倒したから何もかも全てが終わりってわけじゃない」
「うん、だからこれからも戦士団は活動を続ける……つもりなんだけど」
団長が一度言葉を止めた――その時、俺は彼が何を言おうとしているのか、おおよそ見当がついた。
「……ディアスさんには、感謝してる。この戦士団が結成された当初から参加していて、入りたての僕にも色々とアドバイスをくれた。ただ、その……」
口ごもる。またも副団長から小突かれ、意を決するように話し続ける。
「……その、仲間の中にディアスさんのことを疎ましく思っている人間が多くなってしまっている。今後、戦士団として活動していく上で、問題が出ないとも限らないから、その、魔王討伐を契機に、勇退という形で身を引いてもらえないかな、と考えているんだけど――」
その言葉を聞いた瞬間、俺が思ったことは……とうとうこの日が来たか、という感情と納得感だった。