四十一 不在の会議
年も明け、もうすぐ今年度も終わると言う日の休日、職員室で会議が行われた。
今年度の十一月から年度の終わりまで、班活動をして流れの様子を見ていた。
今日はその集計と、今後の道について。
が、問題が一つある。
「誰が進める?」
本来は神々の当主である月火が進めるのだが今この場にはいない。
そこで代役としては園長の麗蘭が適役なのだが、麗蘭は大勢の前で立って話そうとすると思考が飛んで泡を吹くので無理だ。
火光も火音もそこまで位が高いわけではないし水月もあくまでも補佐なので麗蘭がいる以上、自ら手を挙げるわけにもいかない。
一応、高等部一年以上の担任と当事者は集まっている。
「……水月、頼む」
「分かりました」
そう来るだろうなとは思っていたので準備はしてきた。
今日の職員室は形を変えて、机を口の字型に並べ、一辺に司会者とホワイトボード、その周りに教師が並んでいる。
生徒は後ろで並んだ椅子に座っているが全員本を読むかスマホをいじっている。
「じゃあまずアンケートについて」
不満、不便、反対派のアンケートに寄せられた声を水月がホワイトボードに書き出す。
器用に話しながら別のことを言っているが疲れることを知っている火光が筆記を変わってくれた。
反対派が終わったあとは便利、賛成派の声だ。
反対派からは同じ人だから同じミスが多い、同じ人しか会えないので交流が持てない、班の人が生理的に無理、など。
賛成派からは同じ人だと欲しい情報を覚えていてくれるので助かる、お互いのミスをカバーしやすい、毎回緊張しなくて済むので助かる、など。
「五分五分か……」
「判断基準が不確かすぎて分かりにくい」
「月火に確認を取れ」
麗蘭にそう言われたので月火に連絡をすると秒で長文が返ってきた。
「……なるほどね?」
火音は火光と水月に退いてもらうとホワイトボードを写メって送る。
一言目が、日本語懐かしい。
「……同じミスが多いのは個人が馬鹿なだけ。班の人が生理的に無理なのは微調整出来る。交流が持てないことに関しては新しい行事でも作れ、と」
「ねぇ火音、電話出来ないの?」
火光が聞くと少しの間の後、電話がかかってきた。
スピーカーにすると寝起きっぽい月火の声が聞こえる。
『はーい……』
「寝起き?」
『夜中の三時ですからね』
「待ってどこにいる?」
韓国ではなかったのか。時差はないはずだ。
火音が額を押さえると驚く答えが返ってきた。
『ギリシャです』
「は……」
「ギリシャにいるの!? お土産買ってきて!」
火光が興奮した声でそう言ったが月火は無視して話を戻した。
『あれの件ですよね。内容は?』
火音が賛成派と反対派の内容を伝えると月火が黙り込み始めた。
今頃、思考に浸っているのだろう。
火音が染まるのは一ヶ月もかからなかった。
一時期は何も食べられなくなったが徐々に月火の妖力が薄まったから食べられるようになった。
いつもはこれほど黙って考えていると火音は頭痛がするほどよく伝わってくるのだが、やはり氷麗のせいか。
最悪だ。
『……賛成派も上辺だけですから、私は反対に一票です』
「上辺だけとは?」
麗蘭が聞くと火光が書く用意をし始めた。
上辺だけとは、言葉の通りだ。
妖輩はいつ死んでもおかしくない。
その場合は新しく組み直さなければならないが、その時に誰とも交流がなかったから一からのスタートになってしまうので連携が取れるのも性格が合うかどうかが分かるのも遅くなるだろう。
それにお互いのミスをカバーしやすいに関しては、カバーし続けていたら本人たちの成長にならない。
月火が言えたことではないが、今回の試しはまだまだ未熟な学生で行った。
学生のうちからカバーされていては将来、一人で担当することになった場合に穴だらけになってしまう。
加えて、今回は七十二人を対象にして行ったが百人にも満たない数でこれだけの不満が出ているのだ。
一部で千人を超える学園全体で取り組めばどれだけの不満が出てくるかが分からない。
一度不満が出てしまえば時が経つにつれ、不満は溜まっていくだろう。
それはいつか爆発し、反乱を起こすかもしれない。
目に見える問題の芽は摘んでおいた方が、月火も麗蘭も水月も困らない。
『……と、参考程度に提言させてもらいます』
「それはもう参考ではないだろ。核心を突いてる」
『ですよねぇ』
麗蘭は腕を組むと俯いて椅子を揺らし始めた。
火音と席は隣だ。
このまま椅子を払ったら怪我をするかなと思い、麗蘭の椅子を見下ろしていると火光に何をする気だと目線で問いかけられた。
「……まぁ今回じゃなくても問題はないか」
『今まで問題がなかったなら大丈夫だと思います』
「よし! さすが月火、予定より二時間も早く終わった! 今回の変更は中止だ!」
『五月蝿い……』
月火は電話を切ると火音におやすみと連絡してからまた眠り始めた。
「にやけんな」
「無理」
火光に頬をつねられたが久しぶりに月火の声が聞けたので無理だ。
もしやこの思考は氷麗に伝わっているのだろうか。
共鳴体現者だけに伝わるのか、同じ色のものに伝わるのか。
「いーなー。僕も月火と話したい」
「電話は?」
「忙しいって拒否られるんだよね」
可哀想に。
火音には真夜中に電話がかかってくるというのに。
「同じ顔なのに」
「身長じゃなーいの」
二人が話しているのを見つけた水月が火光の肩に手を置いて顔を出すと火音にほぼ本気の手刀を落とされた。
「でも月火はこうし……」
火光も落とされたので二人で頭を抱える。
「何やってんだか」
呆れた様子の麗蘭は三人を見ると片付けをサボって職員室を出て行った。
月火に一応報告しておく。
「生徒も片付け手伝えー」
「はーい」
「えぇ〜呼ばれただけなのに」
「なんも関係ねぇのに……」
結月は二つ返事で机を動かしてくれるし玄智と炎夏は口では文句を言いながらも手伝ってくれるのでマシな方だ。
氷麗は堂々と椅子に座り、隣には怯えるクラスメイト、大学生は全員帰った。
この状況を見ていたら火光の手腕とこの三人がどれだけ素直かがよく分かる。
今さらながら一年の担任にならなくてよかったと安堵していると神崎が顔を出した。
こんな日にまで鬱陶しい。
火音が呼ばれてもガン無視していると背を軽く叩かれた。
振り返ると満面の笑みの氷麗が立っている。
舌打ちをして無視するとまた手を引かれた。
「気持ち悪い、ウザい。手伝わないなら帰れ」
「……はぁい」
本当に月火が恋しくなってきた。
今夜また電話をかけよう。
会議が終わって数日後、昨日は終業式だった。
終業式が終わり、皆が解き放たれている日、轟音とともに校内に緊急放送が鳴り響いた。
『特級三人! 校庭に特級怪異が一体!』
ソファに寝転がっていた火音は起き上がるとジャージの前を閉め、月火の部屋にお邪魔してから妖楼紫刀を借りた。
刀を片手に、体を伸ばしながら校庭に降りると校庭にはどす黒い特級をも超えそうなほど重たい圧がかかっていた。
火光が寮のある校舎を守り、水月が炎夏とともに戦っているが手も足も出ていない。
月火がいたら頼りになっただろう。
まだギリシャにいるだろうか。
特級はそうそういるものではない。
人間を凌駕する妖力量と知性を兼ね備えていなければ特級に上がることは出来ない。
月火によると、二百年間特級が一体も出なかった時期もあるらしいので生きているうちに二度も三度も出会えるものではないだろう。
実力を試すいい機会だ。
火音がさやを捨てて刀を握ると気絶した炎夏を抱えて水月が戻っていた。
水月も傷だらけの血まみれだ。
「火音、出来る?」
「まぁ」
「後ろに人がいる。男の子」
「敵? 味方?」
味方の場合、あまり傷付けるなと言われているので色々と面倒臭い。
と言うか特級のそばにいるのに死んでいないのだから敵で当然か。
上手くこちらに丸め込めたら百人力なのだが。
「たぶん妖心の暴走」
「……なん……とっ…………えぇ……?」
思いにもよらなかった答えに火音は戸惑う。
よく見れば怪異の下から人間の足が見え、怪異はそれを囲うように動いている。
赤黒い大きな鳥のような怪異で、羽ばたく度に細かい羽が落ちてその羽に触れた地面は焦げて溶岩が流れ込んだ時のように、赤くボコボコと沸騰した。
触れたら骨ごと持っていかれるのは確実。黒葉がいない今、大怪我をするわけにはいかない。
「味方……だとは思う。……たぶん初等部の子が男の子になんかしたんだよね。それが原因かも」
「その初等部連れてこい。こいつと戦わせる」
何故他人の尻拭いを火音がしなければならないのか。
火音が校庭を見回し、水月が落ち着かせていると火光がやってきた。
顔色が悪いのは校舎を守っているからだろう。
火光の保護がなければ半壊していたかもしれない。
「火音、どう?」
「妖心の暴走って原因殺せば落ち着くだろ」
「おい教師。生徒だぞ」
「初等部は受け持ちじゃない」
火光は炎夏を背負うと呆れた様子で火音を見下ろした。
本気で探している。
「……原因はあの子」
火光が特級の奥を指さすとあと数十分もしないうちに確実に死ぬであろう男児が木の傍に横たわっていた。
横の肋がえぐれ、まだ止血されていない。
どうやら駆け付けた医療班もやられたようだ。
「あーあ、面倒臭い」
即死だったら怒りが収まってはい終わりだったのに、瀕死の状態で生き続けているせいで怒りが収まっていない。
それを危険と感じた妖輩が攻撃すれば、また怒りの原因が増える。
怒りを収めるにしてもこの手で殺すわけにもいかないし、火音がわざと死ぬように仕向けたとバレれば確実に封される。
月火に二度と会えないのは嫌だ。
精神が狂ってしまう。
「どうするかな……」
「とりあえず抑えてくれない?」
「無理。黒葉がいないと」
火音の妖心である雷神に封の技はない。
黒葉か白葉がいれば狐鬼封縛が使えるがいないとなれば無理だ。
共鳴してからはお互いの妖心術も少しだけ、わずかな時間だが使えるようになった。
と言っても月火が雷神を呼ぶことはないので火音の一方的な借用だが。
「祓うか殺すか」
「祓う一択でしょ」
「……だね」
水月の間の開いた賛同に少し怪しみながらも二人を下がらせてまた構えた。
『妖刀術 紅凪之舞妖』
火音が目にも止まらぬ早さで間合いに入り中の人物と目が合った瞬間、どこからかさらに重い圧を受けて火音は刀を落とし、その特級は大きく何度も謝りながら消えた。
Happy Birthday Secret