四十 旅立ちの準備
「……氷麗さんが……」
火音の体質を聞いた知紗は絶句し、綾奈と知衣は考え込む。
どう言った行動が染めるのか、触れなければならないのかすれ違っただけで染まるのか。
皆が考えていると月火に電話がかかってきた。
「出てきていいよ」
「すぐ戻ります」
と言って二十分後、月火が怒声とともに寮を出ていった。
心配した火音と火光が連絡するが既読がつかない。
「どうしたんだろ……」
「うーん……麗湖がなんかしたことは確か」
確かだが、あの気の弱い麗湖が月火の逆鱗に触れたとして言い返せるとは思わない。
月火は麗湖を罵倒し続けているのであっているとは思うがどういうことだろうか。
よく分からない思考がうずまき、火音が混乱しながら頭を抱えていると月火が戻ってきた。
帰ってくるや否や水月の目の前に正座して土下座した。
「何!?」
「私の代わりに海外に飛んでくれませんか」
「えぇ!?」
麗湖に海外に行けと言われ、火音のこともあるし仕事もあるので無理だと断った。断ったのだが。
どうやら情報が筒抜けだったようで料理は氷麗に、仕事は水月に任せたら大丈夫だと言われた。
珍しく泣きながらも反論してきたがそんな餓鬼の涙で月火が折れるはずがない。
麗凪まで直談判しに行き、水月か火光に了承されたら交代しろと言われた。
それが今の現状だ。
「なるほどね? 理由は分かったけど……」
火光は教職があるので無理だ。
水月も無理な可能性が高い。
「時期と期間を教えてくれたら……」
「十二月一日から来年の三月末まで。七週間弱です」
月火が行ってしまうと班の全員も連れて行くことになる。
一応全員大学生で英語も完璧な人材を選んではいるがそれでも勉強に影響が出てしまう。
しかも学年末まで。
中には今年卒業の人もいるのだ。火音のことだけでも躊躇っているのに、こうなるとさらに受け辛い。
「……ごめん、僕も無理……」
年末年始は仕事が山積みで毎年徹夜もするし徹夜だけで済んだらまだいい方だ。
食事の時間すら勿体ない時もある。
水月が気まずそうに顔を逸らしながら断ると月火は項垂れた。
「火音連れて行けばいいんじゃない?」
「火光と晦が俺の仕事をやってくれるなら」
「無理ですよ!? 今でも手一杯だって言うのに!」
「僕も無理」
火音とて他人の料理は食べたくない。
しかも氷麗など、まさに地獄。
「やっぱり受けるしかないですよね……はぁ……」
「ごめんね……」
「…………大丈夫です。私に回ってきた任務なので」
月火は立ち上がるとまた溜め息を吐いた。
行きたくない。
任務にこんなに渋ったのはいつぶりだろうか。
麗蘭に南極に行ってペンギンの写真を撮ってこいと言われた以来だ。もちろん行っていないが。
「……いいですか」
「嫌」
「よかった」
ここでいいよ行ってらっしゃいと言われたらかなりショックなので嫌がってもらえてよかった。
月火が火音の後ろに回って背もたれに肘を突くと火音が割と本気で考え始めた。
絶食か、冷凍か、断念か、同行か。
「どれがいい」
「まぁ三番はないとして」
「何が?」
わけの分かっていない四人を無視して二人で思考の渦を巻く。
しかしどれだけ考えてもいい案が浮かばない。
「私の所に来る前はどうやってたんですか?」
「サプリ。たまにパン」
「不健康〜」
だから身長も伸びなかったし料理スキルもまともにない。
確かに高校生になってから火音と再会した時は顔面真っ青だった気がする。
低血糖だったのか。
月火が見下ろすと火音は深く頷いた。
せめて砂糖をスプーン一杯でも食べていたのなら大丈夫だったのだろうが何せ甘いものが苦手だったので仕方がない。
食べられるようになったのは火光が甘党になってからだ。
「あの時の火音はいつ倒れてもおかしくない状態だったからな」
「毎日フラフラでしたしね」
「倒れたこともあるけどね」
晦姉妹は古株なので火音のこともよく知っている。
いつも気にかけられていた。
月火が三人を眺めていると火音がふと月火を見上げた。
「栄養食だけ作ったら何とかなる」
「何とかなってほしくないんですけど……無理ですよねぇ……」
月火はソファに寄りかかると知衣と綾奈と専門的な話を始めた。
栄養や体の吸収に関することだ。
日本語のはずなのに水月と火光はわけがわからない。
知紗は医療も学んでいるし火音もある程度のことは理解しているので首を傾げるのは二人だけだ。
数時間話し続け、月火はレシピを考えた後に買い出しに出かけた。
小一時間してから戻ってくるとさっそくキッチンに立つ。
火音は自ら甘いものを食べることはないので甘さ控えめ、サクサクのバーだ。
ナッツの入ったプレーン、オレンジとナッツのチョコ風味、バナナとドライ苺の抹茶風味。
まずは試しに数本だけ作った。
焼いてからゲテモノでも平気な火光に食べさせる。
「僕、抹茶嫌いなんだけど」
「じゃあ私が食べます」
変な材料にはしていないのでそこまで不味いということはないだろう。
月火はそれを食べながら改良点を書き出し、試行錯誤を始めた。