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妖神学園  作者: 織優幸灔
二年生
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三十九 久しぶりの茶会

「……で、こうして話したいわけか」

「嫌ですか」

「そんなわけない」




 皆が寝静まった深夜三時。

 寝静まった、と言うが二人は寝起きだ。



 水月は人付き合いと称した密偵飲み会の後、火光は水月とともに部屋で寝ている。

 今日は休みなのでしばらくは起きてこないだろう。



 月火と火音はダイニングテーブルを挟んで向かい合い、月火はアナログで、火音はデジタルで絵を描いている。


「ソファでいいのに」

「そんなに器用じゃないです」



 火音のように寝転がって描いたり片手に持って不安定なまま描いたりは出来ない。


「床に座って描けるだろ」

「タブレットなら」


 月火は軽くアタリを取ると丸ペンで書き込み始めた。



「誕生日プレゼント何がいい?」

「一昨日、火音さんが浮気出来ない話をしたじゃないですか。全員が惚気だっていうんですけど」

「無視か。……その顔は反則」


 上目遣いで笑われると理性が飛びかける。

 火音が人差し指でバツを作ると月火は楽しそうに笑った。



 この時だけだ。歳相応の愛らしい笑顔が見れるのは。


 他の人の前では完全に作った、稜稀によって決められた笑顔しか浮かべないのでこの顔を見れるのは火音だけ。

 そう思うと嬉しくなってきた。



「楽しそうですね」

「可愛いなと思って」

「よく意地悪だと言われませんか?」

「言われない」


 月火は肘を突いて顔を乗せると窓の方を見た。


 長いまつ毛、高い鼻、立体的な唇。

 正面から見てもそうだが、横顔もめっぽう美人だ


 横顔の方が好みだが正面の方がいい。

 月火の真っ白な目が好きだ。



「変なことしか考えませんね」

「誕プレ何がいい?」

「話聞いてます?……ちょっと……」


 火音が軽く眉尻を下げて見つめると月火は耳を赤くしてさらに顔を逸らした。

 耳にかかった髪の隙間から見える赤い耳が可愛い。


「……仕返しですか」

「うん。満足」

「私は不満です」



 月火は頬を膨らませると姿勢を正した。




 また絵を描き始める。


「誕プレ……欲しいものがないんですよね」

「それが一番困る」

「……じゃあ絵を描いてください」

「絵……アナログ……油絵?」


 月火は小さく頷いた。

 火音のアナログは見たことがない。



 知った時からデジタル派、始めた時からデジタル派らしいのでアナログで描くことがないらしいが美術部の顧問は火音のアナログを見たことがあると言う。



 展示後に火音が持ち帰ってしまったらしいので見ることが出来なかった。




「油絵……描いたっけ……」


 火音は頬杖を突くとペンを置き、爪で机を叩く。

 細く丸く整えられた綺麗な爪だ。ただ、逆剥けや赤切れが多い。


 乾燥肌なのだろうか。



 月火は火音の手を取ると手の甲を撫でた。



「何?」

「綺麗だなと思って。思い出せました?」

「ん〜……寮に戻って探してみる」

「そう言えば火音さんの寮って空っぽですよね」



 月火と同居する時に、元々ほとんど無に等しかった家具をあの一室に綺麗に収めたはずだ。

 寮一つ分、と言っても画材などはアトリエだが、リビングや自室の家具をあの一室に入れたはずなのにまだ少し空いている感がある。




 たぶん画材の方が多かったのだろう。

 画材は馬鹿にならないほど高いので他のものには金をかけられない。



「そう。一応、教師寮住ってなってるんだけどこっちの寮に変えていい?」

「いいですよ?」



 何故わざわざ確認するのだろうか。

 月火が小さく首を傾げると火音は少し目を細め、顔を逸らした。


「……婚約者ってこと忘れるな」

「自制心の塊だと思ってます」

「思うだけな」


 火音は少し息を吐くと気を取り直した。



「教師寮の方にちょっとした小物とかは残ってくるから。今日中に持ってくる」

「手伝いましょうか」

「頼む」



 ついでに火音の黒歴史という名の過去のイラストを探そう。

 月火がにやけそうな唇を引き締めてにこりと笑うと仕方なさそうに微笑まれた。


 餓鬼と思われていませんように。



「……あ、月火描いたら……」

「嫌です」

「残念」

「火音さんが描かれたやつなら受け取ります」

「自画像は描きたくない」


 ただでさえこの顔は好きではない。

 そんな顔をわざわざ描く気はない。




 火音が断ると月火は口を尖らせた。


 いつもより幾分か幼い表情だがこれもこれでありだ。


「いい顔なのに。私は好きですよ」

「顔が?」

「……何言わせようとしてます?」

「チッ」


 せっかく上手いこと流せると思ったのに。

 やはり月火は深く考えるので上手くは流せない。



 火音は立ち上がるとソファに座って月火を手招きした。


 少し躊躇った様子で近付いてきた月火の手を強く引くと腰を抱き寄せ、隣に座らせた。



「可愛い」

「ド直球すぎます」

「伝わらないよりいい」



 火音が月火の膝に寝転がると頭を撫でてくれる。

 この手が心地いい。



 小さく、冷たく、温かさなど微塵もないが温かみはある。

 生みの親も育ての親の愛情も知らず、友人も金と権力にたかるクズばかり。



 弟を他家に追いやり、姉と妹と思っていた人達からは忌み嫌われ続けた人生で、こうして誰かに身を寄せられるとは考えてもいなかった。




 一生独身貴族でファンから追いかけられ逃げ続ける日々を送ると思っていたがまさかこんな幸せな日々に変わるとは。

 月火がいなかったら今頃餓死か過労死していただろう。

 まさに天の助けだ。



 月火は前に前世からの縁だと言っていたが願わくば、その前も前の前も繋がっていてほしい。


「……そう言えば」

「なんですか?」

「妖力を染めた奴は見つかったのかなと思って」


 月火を見上げると嫌そうに顔をしかめていた。

 飛び起きると月火の頬に触れる。



「ごめん」

「……いや、大丈夫です。……認めたくなかっただけですから」


 火音が首を傾げると月火が火音の背に腕を回した。

 抱き返せば顔を胸に埋める。



「……氷麗(つらら)静香(しずか)でした」

「うーわ……」



 火音は顔をしかめると月火をさらに抱き締めた。



 最悪だ。せめて水月か火光がよかった。

 月火を目の敵にして殺そうとした奴と相性がいいなど天罰だろうか。



 まさかあいつとは。地獄だ。

 これからは逃げるようにしよう。

 一生月火の手料理だけで生きていきたい。


「完全に相性がよかったわけじゃないんです。でも火音さんの比較的染まりやすい体質と氷麗さんの強い色が重なって……」

「想像つくわ」



 月火は小さく溜め息を吐くと離れようとした。

 しかし火音が離してくれない。



「少しずつ染まってたみたいです。氷麗さんと、微かに神崎さんも」

「嫌だ……気持ち悪い……」


 月火を抱き締める腕に力が入り、火音から嫌悪感が伝わってきた。

 月火はまた腕を回すと背をゆっくりとさする。



「二度とこんなことにならないよう頑張りますから」

「迷惑かけた」

「かかってません。私も嫌ですから、協力ですよ」


 月火がそう言って笑うと火音は安心したようにまた月火の膝に寝転がった。





「子供みたい」

「五月蝿いです」


 昼間、というかもう十四時だ。

 火音は月火の膝で眠り、起きてきた火光が火音を覗き込む。


 眠りの邪魔にならぬよう火光の顔を突っぱねると火音が目を覚ました。


「あ、起きたじゃないですか」

「火光が部屋から出た時点で起きてたけどな」

「はや……」



 火音が仰向けになってあくびをすると火光が向かいのソファの床に座った。



「火音ってさ。教師寮には誰も入れなかったじゃん? あれも妖力関連?」

「いや他人の衛生管理を信用してなかっただけ」

「……あそ」



 火光は聞くんじゃなかったと思いながらパソコンで仕事を始めた。

 月火は火音の髪を編むと火光の昼食を作り始める。



 もう二人のイチャつく姿にも慣れてきた。

 水月はいまだ嫌なようだが今年中に慣れないなら月火の結婚式は行けないだろう。



「火音、結婚式は和装? 洋装?」

「月火の意見を優先する」

「私学生なんですけど」




 高校生で結婚する気はないし卒業までそれまで生きているかも分からない。

 妖輩をやっている以上、一寸先は闇だ。




 月火は皿を並べると火光を呼んだ。

 適当に野菜炒めだ。



 夜はメンチカツ。



「もうすぐ年末だよ」

「早いですねぇ」

「まだ十一月だろ」



 一ヶ月など瞬く間より短い。


 月火が紅茶を淹れていると二人から珈琲の要望が来た。

 湯を沸かしている間にドリッパーを用意する。



 月火が珈琲を淹れていると水月も起きてきた。

 顔色はいい。


「体調はどうですか」

「大丈夫だよ。僕も珈琲欲しい」

「分かりました」


 水月は椅子に座るとパソコンを操作して印刷を始めた。

 間違いがないかを確認してから月火の席に置く。



 昨日、古株社員を頼って無理やり連れてこられた風に飲み会に行ったのにはわけがある。


 営業部課長が新入社員にパワハラ、セクハラ、モラハラをしていると密告が入ったのだ。


 酒の席は口も緩む、ということでガッツリ根回しした。



 まずは月火に頼んで店の監視カメラを確認させてもらい、店員にはアルコールと称してノンアルかソフトドリンクを頼む。

 それと月火とも面識のある古株さんに事情を説明したらセッティング完了。




 最後の最後にほぼ無理やり飲まされて記憶が飛んだが先ほど、監視カメラのデータが月火の方に送られたはずなので水月は人事資料を渡すだけだ。


 全ての決定は月火にある。


 代表取締役社長も、株主も月火だ。




 皆に珈琲を運んだ月火はパソコンに向かい、イヤホンを確認してからそれを見始めた。



 三人がその様子を見るが一切表情に出さず、思考は何故か化学式でいっぱいなので何がどうなっているのか分からない。


 時々紅茶を飲むがそれだけだ。



 早送りやら一時停止やらスクリーンショットを行い、二時間見続けた後にパソコンを閉じた。


「まぁ予想通りの動きですね」

「どういうこと?」

「会社を乱すだろうと思ってあそこに置いたんですよ。どうせ抜けた後に統合しますし」


 空になったマグカップを置くと立ち上がり、どこかに電話をしながらリビングを出て行った。


「……どういうこと?」



 未だ分かっていない水月が火光を見下ろすと何も聞いていなかった火光の代わりに火音が説明する。


「だから、当人の動きを読んだ上でそこに置いたってことだろ。全部計画。……待って何の話?」



 頭の中で月火が操り人形を操るイラストを想像しながら説明したがなんなのだろうか。



 月火が何を見ていたのかも昨日、水月が何故飲み会に行ったのかも知らない。

 弱いのに行くのはただの馬鹿だと思っていたぐらいだ。



 水月は馬鹿ではないはずなので何か理由があるのだろうが分からない。




「社員が問題を起こしてね。それの実験」

「問題……パワハラとか?」

「どうだろ」


 いくら火音でも社内の不祥事を話すわけにはいかないので誤魔化す。

 話していいなら月火から話すだろう。



 最近、妹には頭が上がらないどころかさらに下げようと思い始めている。




 それからしばらくすると月火が戻ってきた。

 スマホでアラームをかけてから仕事を始める。



 火音はアトリエに篭ってしまったので暇になった水月が火光に突っかかっているとインターホンが鳴った気がした。


 水月は顔を上げる。



「……ねぇ月火、インターホン鳴ってない?」

「えぇ……?」



 月火は集中しすぎたかと思い、戸惑いながらもインターホンを見ると本当に鳴っていた。


「あ、はーい」

『突然すみません。晦です』

「少々お待ち下さい」


 月火は画面を切ると火光を見下ろした。

 よく見ればイヤホンを付けて何も聞いていない。



 稜稀の鋭い視線がなくなり、火音という逃げ場が出来たことで緩みが出たのかもしれない。


 集中していたからと言ってインターホンの音を聞き逃すなど。



「こんにちは。どうぞ」

「あ、お邪魔します……」


 晦だけかと思ったが後ろに綾奈と知衣もいる。

 いや同じ晦なのだが月火の想像していた晦とは違った。



「今日は休みですか、知衣さん」

「今日は定休日」





 月火が先頭でリビングに入ると火光が綺麗な三度見をしてくれた。


「なんで晦が……!」

「今来ました」

「母さんより怖いんだよ?」



 火光がそう言うと月火が一瞬脅えたように後ずさったが水月が火光に手刀を落としたので冗談だと分かる。



「なんの用さ」

「午前の会議の資料を届けに」




 こめかみを引きつらせながら渡された資料を受け取ると軽く目を通した。



「……あれ数字違うじゃん。ねぇ月火」

「会議に出て教えてほしかったのですが?」

「誰も気付かないのもおかしいでしょ」



 火光は月火と水月とともに資料を確認する。

 いくつか間違いがあるようだ。


 火光が間違いを指摘し、月火が正しいものを言い、水月が資料を作り直している。


「プロだな」

「さすが兄妹」

「職員室でもこれぐらい働いてくれたらいいんだけど」



 知紗はいつもサボると頬を膨らませ、綾奈と知衣でそれをつつく。


 月火が仲のいい姉妹だと思って眺めていると姿の見えなかった火音がリビングに戻ってきた。



「あれ、晦姉妹」

「お邪魔してます」


 知紗だけがお辞儀をし、綾奈は興味なさそうに仕事人間たちを眺めている。



「調子はどうだ?」

「絶好調」

「……ややこしい」



 この男は平常運転のまま月火によってテンションが上がっているのか、躁状態が始まったのかの見分けがつかない。


 知衣が眉を寄せると火音は肩を竦め、月火が通訳をした。



「最近は安定していますよ。お互いに引っかかりもなく」

「まる二日寝たままだったけど問題はなしか」

「前半は余計だ」




 火音に睨まれた知衣は興味なさげに顔を逸らす。

 月火は兄達をソファから追い払い、晦達をソファに座らせた。



 いくら客人でも先客が追い払われる場面を見たら少し座りずらい。




 今日は三人に火音の体質について説明する。

 知衣は来れたら来てねぐらいの感覚だったのだが本当に来た。


 メールを送る必要はなさそうだ。



 月火は三人に紅茶を淹れるとついでに火音にも珈琲を渡した。

 自分も飲みたかったので本当についでだ。




「そう言えばこの前、玄智さんが晦先生……知紗先生と同じことを聞いてきたんです」

「雑談から入るな」

「どんな事?」

「乗ってるし」


 これは夕食まで帰らないかもしれない。

 火音は珈琲をちびちびと飲みながらタブレットに手を伸ばし、雑談が終わるまで絵を描いた。



「……で、全員が惚気だと」

「惚気……なのかしら……?」

「惚気って恋人の自慢話のことだと思うんです」



 月火は自慢したわけではないしただ聞かれたことに答えただけだ。

 もし無自覚にも惚気けているなら誰か教えてほしい。それは惚気だ、と。


「雑談終わり?」

「火音さんが描き始めたから雑談したんですよ」

「先に始めたのは月火だろ」

「そうとも言う」

「そうとしか言わない。……テンション高いな」



 先ほどまで平常心だったはずなのにいきなり高くなった。


 火音が眉を寄せると月火は嬉しそうに口角を上げた。

 それでもまだ貼り付けた笑みだ。


「いい案を思い付いたんです」

「さっきの?」

「やっぱりバレてますよねぇ……。駄目だこりゃ」




 月火は遠い目をしてから火音の体質について話し始めた。

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