三十三 班の発表
「羽賀柚。羽賀の姉だ」
麗蘭と水月が訪ねていてから数十分。
月火は最近よく聞く名前に耳を傾け、火音は面倒臭そうに顔をしかめた。
「柚……何やってんだ……」
「知り合いですか」
「ちょっと」
戻ってきた月火は仰け反る火音を見下ろした。
「三年前に自殺未遂だっけ」
「あぁ、あの子……」
確か三年生だったはずだ。
六年生の時に中等部に上がるのが怖くて自殺未遂をした挙句、弟妹まで殺そうとしていた子だ。
中等部に上がるぐらいなら塀の中で一人孤独に過ごす方が楽だと言うちょっと変わった思考の持ち主。
分からなくもないが出所後は考えていなかったのだろうか。
「て言うか弟妹は妖輩コースですよね」
「柚も妖輩者ではあるけど情報の方が比較されなくて楽だからって情報に行ったらしい。理由は噂だけど」
「火のないところに煙は立たないって言いますからね」
だがまずいことになった。
これだけ探しても見つからず、ましてや学園外で自殺未遂でもされたら流石の月火も揉み消せない。
もう少し早く連絡してくれたらどうにかなったのに。
「……まぁなったことは仕方ありません。私の方から色々と探ってみます。とりあえず彼女の代理は一番成績の近い子に」
「分かった」
麗蘭は頷くと水月を引きずって早足に寮を出て行った。
月火がソファに端に座り、ホテルの関係者数名に連絡を取っていると火音が肩にもたれかかってきた。
「今日はそういう気分ですか」
「麗蘭を園長から引きずり下ろしたり出来ない?」
「……あの人ああ見えて仕事だけはやるんですよ。仕事の派生はしませんけど」
仕事に関するメールや確認を仕事と思わず、仕事のついでだと思っているのでそこが致命的なのだ。
経費や人材などの仕事に関しては月火の知る中でミスをしたことがない。
パソコンを壊すことはあるが。
「最悪……」
「そんなにですか?」
月火がスマホの画面を消して画面を伏せるように肘掛に置くと火音が月火を見上げた。
「……父親殺したら死ぬんだっけ」
「死にますけど私も過労死しますね」
「じゃあやめる」
月火の通常の仕事は他人の五倍以上、らしい。水月が言っていた。
そんな月火の業務を他人がこなせと言われたら十人が机にかじりついても仕事が円滑に進むことはないだろう。
月火の仕事量が円滑に進む理由は月火の頭脳と発想、その集中力があるからこそだ。
双葉姉妹のいい所を全て取って詰め込んだら同じような人間が出来るのだろうか。
いや、完璧超人が二人も三人もいたら逆に嫌なのでこれでいい。
火音が思考を振り払うように頭を振ると月火が頭を撫でてくれた。
「どうしましたか」
「完璧超人は一人でいいなと思って」
「それはそうでしょう」
火音のような人間がそこら中にいたら自分が惨めに思える。
月火が頷くと火音が顔を上げた。
「誕生日プレゼント何が欲しい?」
「いきなりですね。うーん……」
そもそも物欲というものがほとんどないのでこれと言って欲しいものはない。
月火が悩んでいると火音が離れ、いきなり後ろから抱き着かれた。
吐息が首筋に当たり、冷たい耳が赤くなっている気がする。
「火音さん……?」
「なんかさ。いっつも邪魔が入る」
「あー……確かにそうですね」
よくよく思い出してみれば確かにそうだ。
火音が月火の見つかった指輪をはめてくれて喜んでいた時も、文化祭の時に去年の思い出話をしていた時も、なんなら婚約の話をしていた時でさえ。
だいたい犯人は決まっている。
「……欲しいもの決まった?」
「情緒大丈夫そうですか?」
月火が見下ろすと火音の顔が思ったよりも近かった。
イタズラが成功した子供のような笑みで息を飲み、顔に熱が集まるのが分かる。
「真っ赤だ。可愛い〜」
「ちょっと……! からかわないで下さい……」
月火が火音から離れて顔を逸らすと火音が頭を撫でてきた。
いつも撫でてばかりだったのでこうして撫でられるのは新鮮だ。
いつも水月や火光が手を伸ばしてしたら何となくで避けていたし、稜稀や湖彗からは必要最低限のスキンシップしかなかったので本当に、撫でられるのに慣れていないのだと思う。
動きが固まり、逃げようとしていた気持ちがなくなって放心のような状態になった。
火音の小さく笑う声が聞こえてくる。
共鳴がなくなってもこの関係でいられるのだろうか。
月火がまた不安になっていると火音は背中を優しく撫でてくれた。
「不安にならないで」
「……はい」
月火の長期休みが明けた十一月の始め、柚が見つかったと水月から報告があった。
紅路の授業中だが気にせず続けてもらい、月火は窓から水月の話を聞く。
「……あぁ、分かりました。すぐ行きます」
月火はノートにペンを走らせると教科書とノートを閉じる。
「先生、園長に呼ばれたので行ってきます」
「あ、はい……」
「ノートが不十分ならそのまま成績につけて下さい」
月火はノートを残して鞄を持つと水月とともに出て行った。
紅路は黒板に一通りの説明を書き終えると皆が問題に取り組んでいる間に月火のノートを確認する。
どうやって知ったのか知らないが今日提出する予定だったところまで綺麗にまとめられ、問題の丸つけも終わっている。
紅路は火光の代わりに理科を担当しているが、月火はノートをまとめる際に時々豆知識で他所の知識も突っ込んでくるので見ていて楽しい。
「学生なのに大変ね」
「月火のことですか?」
玄智は顔を上げると紅路にノートを提出した。
日付を書いてから返す。
「大きな会社の社長さんだけど……中学生でなったんでしょ? それに特級で……」
「もう慣れた光景ですけど……確かにそうですね」
月火は他人から見たら完璧超人で、全てを軽くこなしているように見えるがそれは本人の努力の結果だ。
いや妖輩関係については完全に才能なので努力どうこうの話ではないが、勉強に関しては努力そのものだと思う。
そもそも月火は頭は平凡で、初等部の二、三年の頃は玄智の方が勝っていた程だ。
それを図書室で泣きながら火光や水月に教えてもらっていたのを一度だけだが見たことがある。
外が暗かったとしか覚えていないが、あの頃には一級相当の実力があると言われていたので周囲の期待が過度なプレッシャーになっていたのだろう。
月火が神童と呼ばれ始めたのはその頃からで、中辺だった期末テストの結果は一位を根こそぎ持っていき、それでも足りないというように昼は常に動き回り、夜は机にかじりついていた。
これは火光から聞いた話だが元々月火は勉強が大嫌いだったらしい。
幼稚部の頃は普通だったが両親に強要されるようになってからは極端に嫌い、必要最低限すらやらなくなってしまった。
しかし初等部の二年に上がった時、自分の頭の悪さに絶望して無心で教科書を読み込んでいたそうだ。
それを四年生ほどまで続け、五年生からは一級に上がって朝は任務、昼は訓練、夕方は勉強、夜は家事と一般とはかけ離れた生活を送っていた。
それこそいつ寝ているのか分からないような生活で、食は細くなり、普通だった体つきもどんどん痩せていったが本人が満足して誰も止めることが出来なかった。
要するに月火はどれだけ無理をしてでも地を固め、その地に色々なものを作り上げているのだ。
周囲は努力を知らないただの天才だとか、血筋のおかげだと言うがそんなことを言う奴らよりも月火の方が数倍辛く苦しい思いをしてきたはず。
どんな状態でも全てを軽くこなせるのはそのおかげだろう。
「……一本の映画が出来そうですね」
「本でも書けそう」
「月火ちゃん信者が多い理由がよく分かるね」
ちなみに時空は今日は休みだ。
最近は休んでいることが多い。
「勉強に関してなら炎夏も凄まじいけどね」
「そうなの?」
炎夏の部屋は参考書や問題集で溢れ返っている。
小六の頃から集めて一冊も捨てたことがないので本当に山のようなことになっている。
「毎月買うだけで二万はかかるでしょ」
「安い時はな。……高い時は言わないけど」
「グッズとかはどこに飾ってるの?」
「……言わん」
玄智がペラペラと話そうとするので炎夏が止めていると教室の外が騒がしくなってきた。
その時、授業終了のチャイムが鳴る。
月火の代わりに炎夏が挨拶をし、三人が廊下を見ると月火が何人かの生徒を連れて歩いていた。
全員初等部だろうか。顔が死んで目が据わっている。
「月火って子供嫌いなんだよね」
「月火ちゃんって嫌いなものあったんだ……」
「慣れないものは全部嫌いらしい」
水族館の時に聞いた話だ。
慣れないものは全て嫌い、慣れて普通。極めて出来る。興味で好き。
興味で好きになるのは分かるがそれ以外が少し特殊だ。
三人が眺めていると月火がこちらを向いた。
視線で助けてと訴えてくるので教室を出て月火のところに行く。
「どうしたの月火」
「麗蘭のところに連れていかないといけないんですけど……」
どうやら火音は触られるから嫌だと言い、火光は面倒臭いと言い、水月は嫌いだと嫌がったらしい。
真っ当な理由が火音しかない。
「麗蘭は?」
「大学生の方に当たってます」
子供が子供を集められるわけがないので月火に押し付けられたのだ。
「じゃあ園長室に連れていけばいいの?」
「そうですね。これは園長室です」
「これって……モノ扱いだし……」
三人は呆れると初等部数名と手を繋いで園長室に向かった。
月火はようやく解放されると次は補佐の初等部のところに行く。
初等部校舎の一階だ。
「失礼します」
「あれ、神々さん!」
担任の誰かが月火の方を見ると軽くお辞儀をした。
月火は子供扱いしてくる初等部の担任を嫌っていた傾向があるので名前が思い出せない。
「天川さんはいますか?」
月火が聞くと教室中の約三十名が一人の男の子を見た。
「天川君……何か用ですか?」
「呼び出しです」
「よ……な、何を……」
急いでいるので早くしてくれないだろうか。
月火が笑って皆が注目しているその子を見ると少し怯えたように出てきた。
やはり子供の心理は分からない。
「行きますよ」
「は、はい……」
それから情報の三年、医療の六年を二人拾ってから園長室に戻った。
園長室には既にほとんどが揃っており、唯一時空だけがいないが問題ない。
どうせ実験中にいなくなる人だ。
「遅いぞ問題児」
「お前も今戻ってきたばっかだろ」
月火は水月からボードを受け取るとそれの内容に目を通した。
「……まず、ここに集められた理由を説明します」
ここに集められた理由は一つ。
数年前から動いていたらしいグループ分けの実験が始まるからだ。
妖輩者一人につき補佐官一人、情報係二人、医療係二人の計六人班。
今日から三月の学年末まで、この六人班で任務に行ってもらう。
「それに伴い、普段よりも任務が多くなる可能性がありますがご了承下さい。あくまでも任務だけの実験ですので私生活、学校生活を共にしてもらう必要はありません」
月火が軽く説明をし終えると結月が小さく手を挙げた。
「なんですか?」
「もしこれが全員に実施されるとしたらその時はこの六人になるんですか?」
「この六人は全校生徒の中から選ばれた最も適性のある六人ですのでその可能性は十分に有り得ます」
結月が納得すると今度は炎夏が手を挙げた。
「潜入の時は?」
「潜入調査の際は妖輩者のみが潜入し、補佐や情報係はその都度手助けをします」
潜入のような少し特殊な任務の場合はプロか大学生が一緒に対応するので心配はない。
月火は他に質問はないか確認すると、班わけを始めた。
「まずは氷麗さん」
相変わらず睨まれるが火音の隣に立たせたらおとなしくなった。
氷麗はたいして任務にも出ないし実力も下の上か中の下辺りなので班のほとんどは中等部だ。
氷麗につける予定だった柚に関しては精神状態を見て第二候補をスカウトした。
それから一年の知らない人が三人続いた。
一年は三人かと思っていたが四人だったらしい。
一人は氷麗にいじめられ、高等部の入学前から不登校のようだ。
麗蘭は月火や火音よりも氷麗と問題児と呼ぶべきだ。
盗難、殺人未遂、いじめ、他校の教師を蹴ったこともある。
月火より圧倒的に問題児だろう。
思考の逸れた月火は集中しろと一喝し、今度は二年の名前を呼ぶ。
「玄智さんの補佐官は大学部の六路さん、情報係は中等部の一青と高等部の狩技さん、医療係は高等部の水戸原兄弟です」
名前を呼んだ人を玄智の元に集めさせ、小声で自己紹介をさせている間に炎夏の番。
「補佐官は大学部の徂徠さん、情報係は同じく……と言うか炎夏さんに関しては全員大学部です。情報係は英蘭さんと鎮さん、医療係はは時玉さんと他溺さんです」
炎夏に関しては任務も難しいものが多いのでどんな場合でも速やかに対処出来る大学部の優秀陣を引っ張った。
ちなみに徂徠は沙紗がよくノートを借りているらしい優月のことだ。徂徠優月。
「で、結月さん」
だんだん発表が面倒臭くなってきた。
早く終わってくれないだろうか。
結月の発表も終え、三年生はいないので飛ばし、大学一年生の離窮、二年の安曇、三年を飛ばして四年の瑞井と河原の発表を終わった。
「残った方々は私の班です」
補佐に沙紗、情報に湯松と高飛子、医療に御中と真黍。
沙紗は水月の補佐をしている娘天兄を見て学んでいるそうなので期待出来そうだ。
月火自身、補佐に頼ることが滅多にないので迷惑もかけないと思う。
そうして、妖輩グループの第一実験が始まった。
Happy birthday 火光