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妖神学園  作者: 織優幸灔
二年生
82/201

三十二 問題の山

 体育館増築工事とともに、寮も増築することになった。



 一応、寮部屋は使えるには使えるが騒音が酷いため壁全体に遮音シートを貼っている。

 こうでもしないと火音が眠れないのだ。


 ただ、遮音シートを買ってきたのもつい先程、ついに不眠になりかけていた火音を見て急いで買ってきたので徹夜だった火音は月火の膝の上でクッションを抱えて寝ている。




 今は金曜日の放課後で火音は昨日の夜に任務から帰ってきた。



 最近、二人の任務も増えてきたので会う時間が前よりはかなり減った。

 それでも上層部が気を使っているのか水月の仕業か知らないがほとんど同時に出て同時に帰ることが多いので一週間で一日は二人で休めている。


 一級の頃は絶対になかった休みだ。


 一級だけは本当に永遠のブラック企業と言える。




 月火がスマホをいじっていると誰かが入ってきた。

 と言うか勝手に入ってこれる人物は水月しかいない。それに火光がついてくるかどうかだ。



「来たよーって……寝てるのか」

「うわぁ防音シート……」


 月火が火音の耳を塞いで説明すると二人は遠い目をして頷いた。


「……火音っぽい」

「知衣さんから聞いた話ですけど。一時期、潔癖が重症化して匂いまで過敏になっていたらしいです」

「それはもう潔癖の範疇じゃなくない……?」



 過敏症を潔癖の範疇で済ませるわけにはいかない。



 火光が疑問を零しながら荷物を下ろすと火音が目を覚ました。


「……暑っつい」

「そう?」

「普通だけど……」



 水月と火光が首を傾げ、月火は火音の額に触れた。



「うん、熱」

「嘘」

「本当」


 月火は起き上がる火音を支え、水月と火光は顔を覗き込んだ。


 顔色が悪く、病人顔をしている。



「今日は休みなんでしょ? ゆっくりしといたら?」

「しといたらと言うかやれ」

「上からすぎるでしょ」


 水月が火光の額を弾くと火音は二人の顔を突っぱねた。



 月火は立ち上がるととりあえず水を飲ませる。

 もちろん白湯だ。



「今日は部屋で寝て下さい。遮音シート余ってますから」

「うん」


 月火は机の上に乗っているレジ袋から残っている遮音シートを取り出すと火音の部屋に入りに行った。



 その間、久しぶりに三人で話す。

 最近は四人か二人が多かったので大人三人組は久しぶりだ。



「二人は痛みってつな……がらないの? え、なんて言うの?」

「痛みって共有されるの?」


 流石教師。

 語彙力豊富だ。


 水月が低すぎるだけだろうか。



「痛みは共有されない……と思う。外傷はされないけど体調不良の方は分からん」


 感情や思考が共有されるようになってから、お互い体調を崩したことはない。


 が、痛いという思考や怠いと言う気持ちで分かることが多い。

 傷の時もそうだが痛いとか休みたいとかそう言うのは伝わってくるのだ。


 感情と言うのは自分が思っている以上に色が付きやすいものなので自分にはそんなつもりはなくとも相手に伝わっていることは多々ある。


「嫌じゃないの? 火音は秘密主義なのに思考が全部バレるって……」

「そもそもなぁ……」


 火音は狙って隠しているわけではない。

 相手に話したとして意味がないし話す相手もいないので黙っていたと言うだけだ。


 故意的に隠しているなら今も体調不良のことや月火にも騒音で眠れなかったことは言っていなかっただろう。


「でも僕なら嫌かも……。全部伝わるって……」

「僕もやだ〜。相手の思考が伝わってくるってなんか気持ち悪そう」


 水月と火光が顔を見合わせてそう言うと火音が扉の方を見た。


「らしい」

「別にいいのでは? 貴方たちは共鳴しないんですから。勝手に想像をふくらませて嫌がっておけばいいでしょう」



 月火は薄く笑うと火音を呼んで部屋に戻った。



「ちょ、月火!? そういう意味じゃ……」

「共鳴してないのでその思考は分かりませ〜ん。残念でした〜」


 月火は火音の扉を閉めると水月と火光の隣を過ぎ去って昼食を作り始めた。



 水月と火光はリゾット、火音はお粥だ。


 月火は二人に昼食を出すとお粥を持って火音の部屋に行った。


「……熱が上がってきましたね。早めに気付けて良かったです」

「お粥嫌い……」

「えぇ?」



 お粥でいいかと聞いたらうんと答えたのは火音だ。


 月火がベッドに座りながら眉尻を下げると火音はお粥を受け取り、少しずつ食べ始めた。


 あまりいい顔はしない。



「何が嫌なんですか?」

「……なんかドロっとしてる……」

「お茶漬けとか雑炊なら?」

「うーん……お茶漬けは……違う食べたことない」


 それもそうか。



 と言うか違うとはなんだ。

 月火が首を傾げると火音が半分以上残ったお粥を返した。


「昔、智明(ちあき)に熱出たのがバレて持ってこられたことはあるけど……なんか入ってた」

「あ……」

「慣れたから気にしてない。そもそも食べられなかったし」


 月火は少し胸を撫で下ろす。



 ドロドロとしたものが無理ならもう少し水分を飛ばして炊くのを失敗した米並みの固さにしてみようか。



 お粥を机に置き、月火が悩んでいると火音が月火の頬に触れた。



「何考えてる?」

「お粥の固さをどうしようかと……」

「……分からなかった」



 月火は目を瞬くと勢いよく立ち上がった。


「なんで……!?」

「分からない。……頭痛くて分からなかっただけかも。ごめん」


 火音は月火に手を伸ばすと途中で下ろしかけた。

 しかしそれを月火が握り、火音に抱き着く。


「謝らないで。今は回復を優先して下さい」

「……うん」




 その日の夜はかなり固めに炊いたお粥、と言うかちょっと水分の多かった米を抵抗する火音の口に無理やり食べさせた。

 一応卵とニラを入れて中華風に味付けはした。


「んん……」

「……もしかして気持ち悪いですか」

「嫌いなだけ」

「本当に?」


 昼間、火音に思考が分からないと言われてから月火も集中してみたが分からなかった。



 唯一、月火の料理が食べられるのは共鳴があるからだと思っていた。

 共鳴がなくなってしまえば食べられなくなるのだろうか。


「……月火の料理が食べれるようになったのは共鳴前からだし。思考が分からなくなってるだけかも。不安定なものなのかもしれないし」

「……そう……だと、いいんですけど……」


 月火が不安に襲われていると火音が月火の手からお粥を取り上げ机に置くと、月火を優しく抱き寄せた。



「共鳴がなくなっても中身は変わらないだろ」

「……料理が食べられなくなったら……」

「いい。月火のなら絶対食べるから」


 火光に執着していた時に火光の料理なら意地でも食べていた。それと同じものだろうか。



 だが火音に無理して食べてほしくはない。

 もしトラウマにでもなったら月火は確実に精神を病む。



「気持ち悪くなったら絶対に言ってください。何とかします」

「うん……ありがとう」





 その日は月火が付きっきりで看病し、夜に四十度近くの高熱が出たが翌日の昼には熱は下がった。


「……どうですか」

「分からん」


 ソファに座った火音は膝を抱え、そう断言する。


 本調子に戻っても思考も気持ちも分からない。

 やはり共鳴が弱くなってしまったのだろうか。



 幸いにも触れたり食事は大丈夫なようだ。



 火音が部屋に入ることを拒絶したら終わりだと思っている。

 入室拒否が先か、接触拒否が先か、摂食拒否が先か。



 火音の前に立った月火が俯いて不安になっていると火音が月火の手を引いて、足を下ろした自分の膝に座らせた。



「怖い?」

「不安です」

「なんで?」

「火音さんに……拒絶されたら……」


 月火が顔を歪めながらそう言うと火音は月火の頬を両手で包んだ。



 もう十月も半ば。

 万年冷え性の月火はともかく火音の手も少しずつ冷えてきた頃だ。


「絶対ない。もし嫌がったら殴っていい」

「殴れません」

「じゃあ俺が出て行く」

「嫌……」

「俺も嫌」


 月火は火音の考えが分からず、段々もどかしくなってきた。



 月火は何か言おうとしては口を閉じていると火音は真剣な顔を少し緩めた。



「絶対有り得ないことだから出て行くこともない」

「……出て行ったら追いかけますよ」

「出て行く意味ないじゃん」


 月火の好きにしていいと言ったのは火音だ。

 月火が真っ直ぐ火音を見ると火音は少し顔を綻ばせた。



「朝からイチャつくな問題児バカップル」

「……出てけ役立たず園長」


 火音が月火を離さず何故か入ってきた麗蘭を睨むと後ろから気まずそうな水月も顔を出した。



 この現場よりも月火と顔を合わせること自体が気まずい。


 月火は見るからに口角を下げると火音から降りて珈琲を淹れ始めた。

 火音は足を抱え、体との間に挟んだクッションに口元を埋めて麗蘭をこれでもかと睨む。



 せっかく可愛い月火を楽しんでいたのにこれのせいでぶち壊しだ。

 雰囲気ぐらい分かるだろうに、水月もいたなら出直せ。


 火音が二人を睨んでいると月火がお盆に珈琲を乗せて戻ってきた。


 火音に先に取らせ、水月に取らせてから麗蘭にも渡す。



 いつも通り、ソファには座らずに火音の後ろに立ち、ソファの背もたれに肘を突いた。


「何の用ですか」

「グループの件でな」

「体育祭前に動きたいって言ったくせによくも放置しましたね」



 元々、文化体育祭後にやる予定だったので問題はないがその件のメールにだけは返信が来なくなったのはイラッときた。


 せめて延期にするだの仕事が間に合わないだの一言でもいいから入れろ。



 二人で睨んでいると麗蘭が眉を寄せて肘掛に座る水月を見上げた。



「怖い」

「自業自得。早く本題に進めて」

「冷たすぎる」


 麗蘭は溜め息を吐くと行動に移せなかった理由を説明した。



 どうやら時空(ときあ)につける予定だった中等部の情報係から連絡が返ってこず、体育祭の前日から姿が見えなくなったらしい。



 誰に聞いても何も分からず、その子の担任から今朝聞いたことは現在、実家にいるとの事。


 無断欠席が続いたので親に連絡を入れたところ、親には体調不良だと言って実家に帰っていたらしい。



 担任には何も言わず、両親には申請は出したと言っていたそうで、担任が激怒。

 その子に話を聞こうとしたところ、また姿が消えた、と。



「ふーん……それはいつの話ですか?」

「だから今朝……」

「彼女が実家に帰った日時です。学園から消えてしばらくしてから実家に行ったならその期間に寝泊まりしていた場所に逃げ込んだ可能性が高いです」


 未だ中等部でそれも情報コース生だ。



 バイトは出来ないし妖輩コースのように任務に行ったとして給料が貰えるわけでもない。



 情報という事はそこそこ頭は切れるのだろう。

 貯金を計算してかなり安いところで寝泊まりしている可能性が高い。


 それにそんなに安いところなど滅多にないし、ころころホテルかなんやらを変えていては移動代も馬鹿にならないはずだ。

 そんな歩いて行ける近場に一泊千円弱のところなど二ヶ所も三ヶ所もあるわけがない。


 それに中学生一人で行動しているなら確実にホテル側が記録しているはずだ。

 月火の人脈を使えばその程度すぐに調べられる。


「なるほど……頭いいな」

「馬鹿にしないで下さい。いくつの会社をまとめてると」


 どんな事態にも臨機応変に対応出来るのが良き社長だ。

 前に、会社に就職出来たからとふざけてバックれるフリをした新入社員を本気で解雇したことがある。


 家にいなかったので探し回った結果の対応だが、こういう事態は言ってはなんだがもう慣れた。



「やはり月火に相談して正解だったな」

「月火だからね。麗蘭よりよっぽど頼りになるよ」

「今日はよく貶される日だ」

「お祓いしてあげましょうか。棚に竹刀と木刀ならあります」


 是非遠慮したい。



 麗蘭は笑って首を横に振ると珈琲を飲み干し、水月を見上げた。


「頼む」

「いや僕の人脈じゃないし。月火の社長って立場に擦り寄ってきたそこらの凡人でしょ」

「そうですよ」


 酷い言い様だ。



 麗蘭が呆れると火音は珈琲を飲み干すとカップを月火に渡し、代わりに手を伸ばした。

 月火がカップを片付けるついでに棚に置いてある火音のパソコンを渡す。


 一言も発していないのに息ピッタリだ。


「名前は?」

羽賀(はが)(ゆず)。羽賀の姉だ」

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