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妖神学園  作者: 織優幸灔
二年生
80/201

三十 去年の静けさ

「入れますよ! 是非!」


 突然聞こえてきた声に振り返ると沙紗(ささ)優月(ゆうづき)が水月の後ろに立って目を輝かせていた。


 水月も何度も頷いているがどっちの味方だ。



 興奮した炎夏の婚約者である美虹(みれい)が二人と盛り上がっているうちに炎夏は水虎と話し、月火と火光は稜稀と水哉と話す。


 水月は火音に話があるようだ。


「今年の演舞もかっこよかったわ。かっこいいというより……綺麗とかそっちの方が合うのかしら」

「今年は二人でやってたけど大きな校庭でも見劣りしなかったね」

「ありがとうございます。衣装は玄智さんですよ」


 月火が右手で玄智を示すと皆を少し羨ましそうに眺めていた玄智がハッとして月火を見た。



「何?」

「衣装が素敵だったという」

「本当!? 月火と火音先生は顔がいいから衣装は控えめにしたんだよ。本当はレースとか飾りももう少し付けたら神秘的な感じに出来たんだけど二人が顔を出すって言うから! なくしたのに! なんで火音先生怪我するの!? 火光先生にでも流しとけばいいのにぃ!」


 玄智が話し終わった火音に訴え始めたので放置して話に戻る。


「今年の挨拶は火光だったわね」

「毎年火音なんだけど今年は無理だって断られてね。顔が同じ僕にするって言われた。麗蘭が役目放棄するんだよ」

「今朝、緊張で貧血と低血糖になって倒れたらしいですよ」

「……なーんで園長やってんだか……」


 火光が呆れると水月が火光の肩を叩いた。

 振り返った火光の頬がつつかれ、水月はその顔を写真に撮る。


「何」

「コレクション」

「水月、こっち来て」


 水月は嫌がったが火音に背を押され、仕方なく一歩近付くと火光が近付いてきてちぎれるほど頬をつねられた。



 左では月火について盛り上がる三人。右手では頬をつねり(つね)られる兄達。

 正面では和気あいあいと話す友人とその叔父。

 後ろでは楽しそうにそれを眺める母と祖父。




 このテントだけは去年より数倍賑やかになってくれた。


 月火がテントの中を生暖かい目で眺めているとテントの向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「すみませーん。月火さんっていますかー?」

「あれ、美里(みさと)〜! 来てたんだね〜」


 月火は分厚い猫を被るとテントを出て行った。

 玄智と火音は顔を見合せると溜め息を吐く。


「賑やかなのはいいけど疲れるね……」

「休めない……」


 二人が小声で話しているとたぶん人が集まってきたのだろう。

 月火が離れて行く気配がした。


「そう言えば玄智君は何に出るの?」

「僕は午後の障害物競走です。小柄だからちょうどいいって火光先生に笑われて」

「見事に蹴り返してたな」

「せっかく黙ってたのに」


 玄智が膨れっ面で火音を見上げると鼻で笑われた。酷い。


 玄智が口を尖らせていると稜稀と水哉は疲れているだろうからとテントを出て行き、火光から開放された水月も沙紗と優月の首根っこを掴んで月火を探しに行くと言って逃げるように出て行く。


 美虹は三人を見送ってから炎夏と水虎の話に参加し、一瞬にして静かなテントになった。

 と言うか五月蝿かった元凶は月火信者三人衆だ。


 それと時々の水月の悲鳴。



「賑やかな人が多いってことだね。去年が静かすぎたのかな」

「今年が五月蝿いだけだろ」

「来年はもっと五月蝿くなるんじゃない?」


 椅子は炎夏と玄智が座っているので火音は立ったまま、火光は床に座る。


 三人が暇をしていると休憩時間終わりの放送が流れた。


「炎夏、行くよ」


 玄智と炎夏は今から昼休憩まで入退場の手伝いをやることになったので二人はテントを出て行く。

 炎夏がいなくなったので水虎と美虹も出ていき、それと入れ替わりで澪菜(みおな)が顔を出した。



「こんにちは……。兄様は……いないですね」

「ちょうど今出て行ったところなんだけど。どうした?」


 玄智が座ってた椅子に座った火光が首を傾げると澪菜が持っていた紙袋を火光に渡した。


「兄と月火様と炎夏様にって渡してくれますか」

「了解。バトン部の手伝いで出るんだってね。頑張って」

「はい!」



 澪菜もこの数ヶ月でずいぶんと変わったものだ。


 前の子供っぽさがなくなり、昔の月火ほどとはいかないが同年代の中ではかなり大人びている。

 昔の月火はの場合は大人びていると言うより人間味がないの方が正しいのかもしれない。



 火光が受け取って澪菜が出て行くと入れ替わりで月火が入ってくる。


 入口は左右の布と布の間から出入りするような感じなのだが綺麗に入れ替わりで入ってくるので見ていると少し面白い。


 中に入ってきた月火は目を瞬く。


「誰かいました?」

「澪菜がちょうど今出て行ったところ」

「えっ!?」


 月火は慌てた様子で鞄を漁ると保冷バッグを持ってテントを飛び出して行った。

 本当に賑やかになった。


「何渡すか知ってる?」

「シャーベット」

「食べた?」

「うん」



 言われると思った。

 寮に帰ったら火光と水月の分もあるので帰ってからのお楽しみか、月火が戻ってきてから直接聞くだろう。



 火音は時空や暒夏と仲良くするのは嫌がるが、兄弟や仲のいいだけの炎夏や玄智との関わりを制限する気はない。

 変に縛って月火に嫌われたくないしそもそも気にしない派だ。



 月火が言っていた通り浮気してもされても火音が負けるだけなので、されないよう努力しながら、していると思われないよう他人には無関心でいる。


 そもそも他人に興味がある性格ではないので違和感はないはずだ。



 火音がそんなことを考えていると月火が戻ってきた。


「意味の無い事考えないで下さい」

「今日一の収穫かもしれない」

「まだ熟してませんよ」



 火光がキョトンとした顔で首を傾げるが本人達もよく分かっていないので無視しておく。


「あ、はい月火。澪菜から」

「ありがとうございます」


 月火が火光から受け取って中を覗くと月火が初めて澪菜にあげたお菓子であるうさぎ型のアイシングクッキーが小袋に分けられて入っていた。


 炎夏の名前が書かれているものにはアイシング無しで無糖と書かれている。


「わぁ可愛い!」


 月火は自分の名前が書かれた袋を取り出す。

 よく見れば五枚入っている中の二枚はアイシング、三枚はチョコペンで描かれている。


「健気ですねぇ」

「器用……」



 月火は机に置くと何枚か写真を撮ってから澪菜に許可を貰ってネットに投稿しておく。


 月火が投稿すれば四十、五十万程度の反応は当たり前。拡散される速さも豪速球だ。


 投稿頻度は少ないがその分、公式や会社の方をよく動かしているのでフォロワーは増え続けている。


「……食べたくなぁい……」

「腐るよ」

「帰ってから食べます」


 月火が丁寧にクッキーを片付けていると焦り顔の玄智がテントに顔を出した。


「ねぇ誰か水月様知らない!?」

「どうしたんですか」

「ネットの回線切れた!」


 今年も機械トラブルが起きた。

 月火が電話をかけ、火光がパソコンの方に連絡すると月火の電話に応答して火光にも返信が来た。


『どうした〜?』

「ネットの回線が落ちたらしいんですけど」

『通りで繋がらないわけね。直るまで月火のパソコン使わせてあげて。僕も向かうから』

「……はぁい」


 外で使いたくないのにと思いながらパソコンを取り出すと本部に向かう。


 どうやら教師のパソコンではネットなしでは重すぎて使いものにならないようだ。

 月火のものは水月が適当にいじっているのでそこらのものより性能はいい。


 神々社のもので最高品質と言って完璧パソコンを出しているが値段が高すぎてあまり売れていないので何段かグレードを下げている。


 水月は画面さえ何とかなれば普通の人でもいじれると言うが、たとえ機械好きでも水月のようにはいじれないだろう。

 初期の機能は全無視、商品の意味がないほど改良されているので水月が取扱説明書となる。


「……データは?」

「これに」


 炎夏がお馴染みのUSBを渡してくれたのでそれを挿すと音楽フォルダが開かれた。


「あとはご自由に」

「助かった!」

「ありがと〜!」


 何故入退場の手伝いをしている二人がここにいるのかは知らないが色々と使える二人だ。

 振り回されているのだろう。



 月火が新しいパソコンを見繕っていると水月から電話がかかってきた。


『もしもーし。どうなった?』

「私のパソコン貸しました。問題はないようです」

『ならよかった。……あのねぇ、ちょっと時間がかかるかも』


 どうやら校内にあるコードがハサミか何かで意図的に切られていたらしい。


 断面的に引きちぎられたものではないのでもし犯人が見付かれば器物破損で訴える。が、その前に修理が必要なので買いに行くらしい。


 これは水月がいかないと種類やら長さを間違えたら骨折り損になってしまうので、娘天兄である朝飛(あさと)にも頼めないようだ。


『しばらく月火の使わせてあげてね。最新機種買ってあげるから』

「はぁい」

『じゃあまた』

「頑張ってください」


 月火は通話を切ると話の内容をかなり端折(はしょ)って皆に伝え、それからテントに帰った。


 テントに火光はおらず、火音だけが立ってスマホをいじっている。


「あれ、火光先生どこ行きました?」

「水月に呼び出されたらしい」

「……犯人特定ですかね」

「氷麗を蹴ったのと同一犯だったりして」


 月火の思考は火音に大方流れてくるので電話の内容は分かっている。


 火音は思いつきでそう言ってみたが案外可能性のあることを言ったと自覚する。


「……まぁ後は任せましょう」

「だな」


 月火が椅子に座って息を吐くと火音が後ろから抱き着き、体重をかけてきた。


「座ればいいのに」

「嫌。気持ち悪い」

「……重症化してません?」



 去年は普通に座れていたはずだ。


 月火が眉を寄せると火音は少し考えてから小さく頷いた。


「してる……かもしれない」

「してますよね。何が原因なんでしょう」

「なんでもいい」


 これではいつか、他人と同じ空間にいるだけで気分が悪くなるかもしれない。


 それに月火が一番心配しているのは食事に関してだ。



 月火は気絶して入院することが多い。

 その時に毎回絶食していたら火音が倒れてしまうだろう。


 自分が作ったものだけでも食べれたらいいがそれすら嫌うので生活方法が月火一筋になってしまっている。


 妖輩はいつどんな状態になるか分からない。

 月火が死んだだけで火音まで道連れになるのだけは嫌なのだ。



 月火が頬に手を伸ばすと火音はその手を取り薄く微笑んだ。


「月火が理由で死ぬなら本望かも」

「だんだん水月兄さんにまで似てきてますよ」

「全員に似るじゃん」


 先ほど、火光に月火と似てきたと言われた。

 反応的に月火と似ているらしい。

 いつかの時に火光と似ていると月火に言われたのでこれで三人目だ。


「まぁ血縁者ですし」

「なんかなぁ」


 何か不満があるのかと聞こうとした時、テントに火光が入ってきた。


「イチャつくなもん……」

「それ何回言われるんですか」

「聞き飽きた」

「言ってる途中なんだけどなぁ」


 火光は火音から月火を奪うと火音を睨んだ。

 火音は月火を取り返すとまた後ろからもたれ掛かる。


「まぁいいや。イチャつくために婚約したんでしょ」

「母様にやれと言われたからです」

「その中で火音を選んだんじゃん」

「先生の言い方だと別の意味に聞こえます」


 火光は口を尖らせると下にタオルを敷き、月火を正座させると膝に頭を乗せて寝転がった。


「おやすみ」

「この状態で!?」

「徹夜明けだから許して……」


 火光は小さくあくびをすると腕を顔の上に置き、眠り始めた。


 もう出番は終わったとは言えこのテントに縛り付けられた月火はどうすればいいのだろうか。



 月火が火音を見上げると火音は気遣わしげな視線を月火に向けた。


「……頑張れ」


 火音は椅子にタオルを敷くとそこに座り、去年と同様絵を描き始めた。


 月火もタブレットで描いていると火光が寝返りを打った。



 また眠り始めた時、麗蘭と水月が入ってくる。



「本当にどこでも寝るね」

「徹夜明けらしいです」

「晦と紅路(もみじ)も三人揃って二徹明けらしいな」

「月火の会社とは正反対のブラックだな」


 そういう火音も半分徹夜のようなものだがこの程度は慣れた。

 躁状態で三徹が平気になったのを月火が無理矢理寝かす日が何度かあったので眠気には強い。


「教職はそういうものだ。受け入れろ」

「ブラック社長の典型的発言」

「給料下げるぞ」

「パワハラ」


 麗蘭と火音が睨み合って火花を散らしていると火光が目を覚ました。


「……五月蝿い奴が来てるし。五月蝿いわけだ」

「あぁん?」

「五月蝿いチビ」


 火光は起き上がると髪を軽く引っ張りながら整えた。


「どうしたの火光」

「最悪な夢見た」

「どんな夢?」

「……もう無理」


 火光はそう言うとまた寝転がった。


 また寝かけていると晦姉妹が入ってきた。


「火光先生、こんな真昼間から寝ないで下さい」

「マジで寝かせて……。四日か五日かまともに寝てないんだって……」

「二徹どころの話じゃないし」



 月火が火光の耳を塞ぐとまた眠りに落ちた。


 こんな状態になるまで何をしていたというのか。



 耳に乗った月火の手を押え、火光が眠り始めると知衣が晦、三女の知紗(ちさ)を見下ろした。


「知紗も寝たら?」

「こんなところで無理よ」

「可哀想に」


 知紗が知衣に撫でられていると綾奈が呆れた様子で二人を横目に、月火に何かの封筒を渡した。


「なんですかこれ」

「問題児二人の検査結果」


 何か検査をしただろうか。

 二人が疑問に思いながらそれを開けようとした時、校庭から悲鳴が聞こえてきた。


 火光は目を覚ますと飛び起き、皆が外に行くと校庭に三体の怪異が湧いていた。


 一級と二級の雑魚だ。


『妖心術 風鈴冷冬(ふうりんれいどう)


 粉雪混じりのそよ風がどこからが吹き、怪異三体の体を通ったかと思えば、凍り付いて風によってその氷が怪異の体諸共壊される。


「はぁ五月蝿い」


 火光は起きて損したとでも言うような顔でテントに入ると月火を呼び、また膝枕をしてもらいながら眠り始めた。




 やはり中学生で特級に昇格した人は次元が違う。


 一度の妖心術で三体の怪異を一気に祓うなど。


 九尾や七人岬のような数のある妖心ならともかく、戦闘に不向きな座敷童子であの力は驚いた。


 月火が火光の頭を撫でていると椅子に座った火音が眠たそうにあくびをした。


「眠気移りました?」

「俺も寝てないの知ってるだろ。お前も寝てないけど」

「なんでこんな日にまで徹夜しなきゃならないんでしょう」



 月火、火音、火光、知紗以外はちゃんと寝ているが皆、顔色は優れない。


 その原因の一つとして麗蘭と麗凪(りな)のパソコンが同時に壊れた事だ。



 麗蘭は紙でも持っているのでいいが、ペーパーレス化している最中の上層部、しかもその頂点と言っていいほど上に立つ麗凪のデータが飛んだため修復作業に追われている。


 ちなみに壊れた理由は麗蘭はハッキングで容量が狂い、麗凪は落としてパソコンがバキバキになった。


 麗蘭のパソコンをハッキングしたのは生徒だそうで、前に監視カメラをハッキングした子と同じ子だったので退学処分にしたらしい。



「この中じゃ火光と月火が一番大変かもね。当主の仕事は山積みだし会社も繁忙期に入ったでしょ。火光は教師と補佐と新任達のカバーもあるしデータ起こしも火光でしょ?」

「多忙すぎるだろ」

「……私の方でも調節してみましょう」



 月火が頑張れば補佐とデータ起こしの仕事はなくなるはずだ。


 補佐は月火が抱え込めば何とかなるしデータ起こしは上層部の何人かを引き抜いてやらせよう。

 月火もやればそこまで支障は出ないはず。



 これ以上、迷惑がかからないように月火も努力しなければ。


 今度、水月に相談してみよう。



 月火が火光の頬を撫でれば、火光は薄く微笑んで体のこわばりを解いた。

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