8 潜入in女学院
「ねぇ神々(みわ)様? 今夜歓迎会をいたしませんか?」
海依女学院に任務としてやってきたその日の放課後、見るからに気の強そうな女子が話しかけてきた。
雑誌などでよく聞く日本の大手電子製品メーカーの一人娘だ。皆は河本様と呼んでいた気がする。また別の人だっただろうか。分からない。
「明日はテストと伺ったので勉強したいのですが」
「あら、それもそうね」
「愛花お嬢様、でしたらテストが終わった明後日の夕食時などどうでしょう?」
河本の周りを取り囲む同じ制服を着たブローチの色が違う女子が提案するとお嬢様は二つ返事で頷いた。
「そうね、そうするわ。大丈夫ですか?」
「はい。楽しみにしています」
どうやら時間制限を作ってしまった。
こんな面倒臭そうな、しかもライバル社の令嬢と馴れ合う気はないので歓迎会までに転向しなければ。
愛花を見送った月火は内心で九尾に声をかけて妖力を探した。
妖力を探すなどそうそう出来ることではないが神々に名を連ねたからには必須条件だ。
すると以外にも近くにいた。
この教室には今、月火を含めて三人の生徒がいる。
テストに向けて頑張って勉強しているおさげの子と静かに本を読んでいるミディアム髪の子。
妖力反応はミディアム髪の子だ。
ワインレッド色の髪に右耳に掛かる横髪だけ白い。
「こんにちは」
立ち上がって声をかけると女子は驚いたように月火を見上げた。前髪が目にかかっているが綺麗な翡翠色だ。
「え、あ、の……」
「そんなに怖がらないでください。少しお話がしたいだけなんです」
その日、たいして美味しくもないディナーを食べた後に月火は少女、結月を部屋に招いた。
学園の寮のような1LDKとまではいかないが一室とバスルームがある部屋だ。
ベットは邪魔なので置いていない。
「あ、あの……」
「まぁ単刀直入に言いますと私は妖心学園から任務で来ました」
「妖神……!? 妖神ってあの超エリート校の……!?」
やはり世間からはそういう認識のようだ。
確かに幼稚部から大学部までの一貫は日本ではあまり聞かない。
「そうですそのエリート校。私はそこの妖輩コースの学生です」
すでに開いた口が塞がっていないが気にしない。
神々社の社長が妖輩コースと言う情報は調べたらすぐに出てくる。
「それで赫々然々(かくかくしかじか)……」
月火がここに来た経緯と火神の傍系の子孫の話をすると結月はさらに愕然とした。
これをそうなんですかで済まされなくてよかったがあまり驚かれすぎると時間がなくなってしまう。
「それを踏まえたうえで判断してほしいのですが」
そう前置きをした後に少し真剣な顔になった。
「妖神学園に来ませんか?」
その日は一日考えさせてと言われたので翌日の放課後にまた話を聞くことになった。
翌日、月火はテストを受けるため等間隔に間の空いた机に向かい、チャイムと同時にテストを始めた。
お嬢様校と言うのでどれだけ難しいものかと思えば問題は中学生の基礎問題で問題文すら間違っている始末だった。
どれだけ調べても偏差値が出てこない理由がよく分かる。
この問題が流出したらこの学校は大恥だろう
学費が高いだけで勉強は平均以下など一般を知っている人からすれば行く価値なしだ。
月火も一般は知らないがそれでもここのぼったくり学費はよく分かった。
放課後、また結月を部屋に招いた。
昨日のうちに少し情報も集められたそうで落ち着いたようだ。
「ひ、一つ聞きたいことがあって……」
「何ですか?」
「その、う、運動とかってどうなんですか? 水泳とか……」
「週に二十時間はありますね。丸一日体育の日もありますし……。体育はきら……いではなさそうですね」
目を輝かせて身を乗り出してきていることに気付くと苦笑いをこぼした。
「運動が好きなら部活もありますよ。放課後まで体力が残っていればいいですが」
「部活! この学校は怪我とかの問題で運動が禁止なので中学でやっていた水泳をやりたくて……。水泳部はあるんですか?」
「もちろん。五十メートルプールに温水機能付きで年中無休で働けます」
月火の言葉に結月は大喜びした。
結月の家は両親が仕事でほとんど家には帰ってこず、結月の受験もスポーツ推薦を断って母親の母校に入れられたらしい。
それでも面倒を見てくれている祖父母に昨日相談したら結月のやりたいようにやりなさいと言ってくれて学園の環境を見て決めることにしたようだ。
守られた牢獄よりも森の中の小屋の方がいいと言っていた。
よく分からないが来てくれるならそれでいい。
「では転校の手続きは教師側がやってくれますからあとは残りの学院生活を楽しむだけです」
「はい! そうと決めたらどこかに部屋を借りないと……」
「よかったら学園には寮がありますよ。1LDKのバスルーム三口コンロ付き。新装された部屋はIHですけど」
月火が晦に連絡しながらそう言うと結月は大きく口を開けた。
「1LDK!? 学生寮なのに!?」
「教師料は2LDKです」
翌日の朝一に月火は担任に声をかけた。
「先生、用が済んだので戻ります。あとは晦先生に」
「もういいの? それじゃあ今日が最後なのね」
「最後って言っても二日だけでしたけどね」
月火自身もこんなに早くに終わるとは思っていなかった。
歓迎会を覚悟して一週間はかかるかと思っていたが結月が決断力のある人で良かった。
結月は移動の準備があるので一、二週間後に来るようだ。
「今日もテストだけれど放課後まで頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
その日の放課後、月火は人目に付かないように妖神の制服に着替えて見送りに来た晦と結月に声をかけた。
「私は一週間ぐらいで戻るから火音先生に伝えといてください」
「分かりました。逢瀬の約束ですか?」
「授業をやってもらってるだけよ!」
顔を赤くして食い気味に否定した晦を小さく笑うと目を丸くしている結月に視線を移す。
「水着とジャージを買っておいた方がいいですよ」
「うん……!」
それから一時間ほど電車に揺られ、たいして懐かしくもない学園に帰ってきた。
寮に荷物を置いてから火光に帰宅を知らせに行くとこちらでもトラブルが起きていた。
復帰したらしい犬鳴と火光が向かい合って立ち、火光の背中には新米教師の紅路が涙目で立っていた。
他の教師も犬鳴を迷惑そうな目で見ている。
「退け火光。年下のお前が俺に命令するな」
「神々の俺によく言えるな」
「お前は火神の落ちこぼれだろ!」
最近、その言葉を聞くことが多い気がする。
流行っているのだろうか。
火音と水月が片っ端から否定していそうだがどういう間で使われているのか。
火光が犬鳴を睨むとその向こうの扉付近に冷気を放った火音とそれを半目で見ている月火が見えた。
二人とも任務は終わったのだろうか。
「なぁ犬鳴。お前生徒から訴えられてんだろ? 職場なくすぞ? 辞めてくれんなら万々歳だけど」
自分でも火音とは顔が似ているとは思っているがこんな魔王のような顔はしない。
せめて水月の悪魔までだ。
昔、火音以上に怒った月火を見たことがあるがあれはこの世のものではないと思う。
この神々兄妹と言うか神々の血筋は温厚な性格の反面、堪忍袋の緒が切れると閻魔よりも怖くなるのだ。
それと罪人に対して冷酷な一面もあるのでいつも驚かれることが多い。
前に火音に「神々に囲まれて育ったお前も他人のことは言えない」と言われたが火光はいたって正常だ。
「おかえり月火。任務はもう終わったの?」
「はい。近いうちに晦先生から連絡があるかと思います」
「分かった。お疲れ様」
火光は月火を見送るとお礼を言ってきた紅路を適当に流して犬鳴に呪いを囁いている火音を止めた。
「やるなら他所でやって? 鬱になる」
「悪い」
「それと晦があと一週間よろしくだって。月火が」
「あいつみたいに早く済ましてくれねぇかな。任務もあるってのに」
火音は犬鳴を追い出すと火光の隣の席に座った。
今はテスト問題の作成で忙しいのだ。
一学期の中間で誰かさんが共有フォルダに入っていたテスト問題を間違って消してしまったせいで全員が個人で複製を持っている。
火音は面倒臭いのでやっていない。
今までに作った問題は頭の中に入っているのでタイピングするだけで勝手に終わっていたのだ。
ほぼ全員から妬ましそうな目で睨まれた。
「今回の学園一位は誰かなぁ?」
期末テスト後の順位はクラス、学年、小中高大、コース、学園全体の計五種類の順位が発表されるため生徒も教師も一部を除いてやる気になるのだ。
コースは各コースにしか出されない問題もあるためされで勝負されることが多い。
ちなみに妖輩コースはスポーツテストもある。
毎回不動の一位がいるわけだが今回もいつも通りになるだろうか。
少し引っかけを出してみるか。
火音達もそうだったが月火のような高校生なのに大学部に書類上入学している生徒は両方のテストを受けることになる。
コースに関しては各コースの試験は受けているがコース選択はしていないのでテストを受けるかどうかは本人の判断になる。
毎回受けているので今回も受けるだろう。
「そういえば医学の高等部受かったらしいな」
「連続で情報も終わらせてた。凄いなぁ!」
「手広くやってんなぁ」
火光がどこからか取り出したアイスをかじっていると扉の方から玄智の(げんち)の声が聞こえてきた。
「失礼しまーす。先生、これ晦先生の机に置いといて」
「はーい」
「あ、そう。あと月火が部活の紹介表作るから資料貸してって。無理なら作ってって言ってたけど……なんで部活?」
「取りに来てって伝えて」
転校生のことはまだ二人には言っていない。
来る日が確定するまでは秘密だ。
「元気系の子かな。何部だろ」
「陸上に来ないことを願う」
晦が戻ってきたさらに一週間後、例の転校生がやってきた。