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妖神学園  作者: 織優幸灔
二年生
73/201

二十三 元父親の血を引く子

「おはようございます。……久しぶりですね」


 部屋から出てきたはソファに伸びている火音を見下ろした。

 クッションを抱え、意気消沈している。


「やっぱり環境の変化は負荷が大きいみたいですね。晦先生には言っておきます。そう言えば……」


 一人で勝手に話を続ける。


 昨日から水月は任務に行き、火光は仕事の確認があると言って出ていった以来戻ってきていない。



 昨日の夜から少し反応が遅いとは思ったが新しい学期が始まる今日は辛いようだ。

 概ね、女子達の婚約した反応を思って嫌になったのだろう。



 月火が頭を撫でると左手で握ってきた。


 薬指には銀の細い指輪がはめられている。

 もちろん月火の指にも。


「……行ける」

「無理しないで下さい」

「うーん……」


 火音は起き上がると月火の腕を引いて膝に座らせた。

 肩に額を乗せると優しく撫でてくれる。


「……よし」

「本当に無理しないで下さいね」

「うん。今日は三時間だし」


 初日と翌日は三時間、その次からは六時間だ。

 来週からはお馴染みのアレの準備で忙しくなるので今週のうちに余裕を持てるよう準備しておきたい。


「薬の効果かな。鬱ってわけじゃなさそう」

「メンタルが弱いだけですね」





 月火が教室に行くと結月と火光が話していた。

 玄智と炎夏はまだいない。


「おはようございます」

「おはよう〜。引越しのお手伝いありがとう〜!」


 先日、結月の祖父母がこちらに引っ越してくると聞いて北海道からなら家具は買い替えた方が早いと言うことで、神々社の家具なら割引すると社長サービスを使ったのだ。


 若い頃の貯金と結月の給料で最低限のものだけ揃えられた。

 ちなみに物件探しも神々不動産が手伝った。


「都会すぎず田舎すぎず過ごしやすいって!」

「それは良かったです。……ところであの二人は?」

「晦の呼び出しくらって泣きながら連れて行かれたよ。時空(ときあ)に」


 火光の言葉に月火は勢いよく火光を見上げた。

 遠い目をしている。


「転入しちゃった……」

「このクラスに……?」

「そう」

「私ちょっと麗蘭のところに行ってきます」


 月火は鞄を置くとスマホだけ持って教室を出て行った。

 火光と結月はそれを見送る。


「……そう言えば彼氏いるんだって?」

「別れましたよ。私、束縛強い人って嫌いなんですよね。玄智とか炎夏とかの話したら学校行くなって言われて」


 ケラケラと笑うが目が笑っていない。

 玄智も別れたと愚痴られたので婚約者持ち二人になった。

 火光は少し安堵する。


 玄智に関しては火神を零落させた月火を罵倒したので馬鹿とは付き合ってられないと言って別れたらしい。


 結月と火光が話していると火音がやってきた。


「炎夏いないし」

「どうしたの」

「課題が抜けてるページがあったから」

「ふーん」


 火音が火光に渡しているといきなり肩を掴まれた。

 振り返ると半泣きの月火がいる。


「どうした」

「時空が……」

「時空?」

「時空が転入したって! 知ってたんですか!?」


 鬼気迫る勢いで問い詰められた火音が慌てて首を横に振り、火光を見下ろすと火光も緩く首を振った。


「僕も昨日言われた」

「昨日……!? どう考えても早すぎるだろ!」

「なんか麗蘭が事前に手続き済ませてたんだって。規則には反してないよーって煽られたから殴ったら減給された」


 月火と火音が真顔で火光を見下ろすと炎夏と玄智、ついでに一番見たくない顔とその二がやってきた。


 月火は火音の後ろに隠れる。


躑躅(つつじ)まで来てるし」

「弟が戻ってきたからね」

「ねぇ火音兄……火緖(かつぐ)先生か! 月火と婚約したんだって? 僕の想い知ってるくせに酷くない?」

「早い者勝ちだろ」


 火音と時空が睨んでいると火光から説明を聞いた結月は目を丸くした。


 御三家は結婚が早いとは聞いていたが学生の頃から婚約するとは。

 しかも教師と生徒。


「ちなみに炎夏もね」

「えぇ!?」

「俺は普通の子だけど」


 炎夏が左手の甲を見せると結月は大きく口を開け、月火と火音の左手も見た。



 玄智は炎夏の婚約指輪のデザインに興味津々だ。


「まぁ婚約者持ち二人とフリーが四人ということで。火音と躑躅は出てって。席につけー」




 夢にも思わなかった、と言うより思ったが思いたくなかった一日目が終わった放課後、月火が晦に用事で職員室に行くと晦は肘を突いて頭を抱え、意気消沈していた。


 そう言えば晦は火音に片想い中だったはずだ。

 月火が声を掛けていいのだろうか。


 月火が少し戸惑っていると火光がやってきた。


「あれー、月火。火音に用事?」

「いや、晦先生に……」

「あぁ……どうしたの?」


 半目になる火光にノートを渡すと渡しておいてくれることになった。



 月火が職員室から離れようとした時、向かいの角から大きな怒鳴り声が聞こえてきた。


「神々月火! ちょっと待ちなさい!」

「嫌でーす」



 小声で断ると小走りで階段を駆け上がった。


 後ろから追いかけてくるが補佐コース生が妖輩コース生に勝てるはずもなく、すぐに足音は聞こえなくなった。




 月火が鞄を持って寮に帰ると既に鍵が開いており、中に水月がいた。

 全身包帯で床に寝転がっている。


「軽い任務だったんじゃないんですか」

「任務の怪我じゃないよ。子供に手引っ張られて階段から落ちた」

「……お大事に」



 子供嫌いの理由が増えた。


 月火が鞄を置いて昼食の準備をしていると校内放送が流れた。

 校内放送は寮内にも流れる。


『神々月火、神々火光は今すぐ職員室に来い。客だ』



 呼び出し方が雑すぎる。

 月火は火を止めて蓋を閉めると職員室に向かう。

 まだ着替えていなかったので制服のままだ。




「失礼します。呼び出されたんですけど……」

「あっち」


 綾奈が職員室の前側を指さしたので移動すると少し違和感のある体型をした智里(ちさと)と顔面蒼白の火里(ひさと)、それと月火より一つ上の見覚えのある人がいた。


 困った様子の麗蘭が振り返る。


「月火……」

「何か用事ですか」

「ねぇ、湖彗(こすい)はどこにいるの?」

「北海道」


 月火が何か問題でも、と笑うと火里は愕然とし、智里は眉を寄せた。

 もう選り好みしなくなったらしい。プライドを捨てたな。


「失礼しますっと……うーわ」


 少し遅れてやってきた火光は顔をしかめ、逃げようとしたところを月火が捕まえた。


「お客様ですよ?」

「会いたくない」

「私だって嫌ですよ」


 ずっと俯いていた女性は顔を上げると火光を見て少し微笑んだ。


 火光は嫌そうな顔でへの字口になり、麗蘭を見下ろす。


「誰彼構わず中に入れるのはやめた方がいい」

「お前の元婚約者だろ」

「あ、馬鹿……」


 せっかく言わなかったのにと思って職員室の中を見ると好奇の目と嫉妬の目が火光に向いた。

 こうなるから言わなかったのに。


「……まぁいいや。そっちの用事は?」

「腹違いの子供ですって」

「……聞くんじゃなかった。月火の写真で運使い果たしたかな!?」

「後で詳しく聞きましょう」



 二人が話していると火音がやってきた。


「あ、珍しい奴らがいる」

「火音……」

「どういう状況?」


 月火の肩に手を置いた火音は説明してくれる月火を見下ろす。


「……つまり湖彗を探してるわけか」

「そういう事です」


 火音は口元に手を当てると軽く首を傾げた。


「本当に北海道にいる?」

「結月経由で確認しました」

「ふーん……智里が行けばいいだろ。海外じゃあるまいし」


 火音がそう言うと火里は大きく首を振って拒否した。


「そんな費用どこから出せって言うのよ!」

「十万までなら貸してあげますよ?」

「ほ、んと……!?」

「嘘です」


 誰が借金地獄の相手に金を貸すか。

 返ってこないに決まっている。


 絶望の顔をした火里を見て、腕を組むと少し考えた。


「……母体ではまともに働けませんよねぇ。北海道に飛ばしてもたいして稼げないでしょうし……」

「水月の下で働かせたら? 僕もカバーするよ」

隆宗(たかむね)の二の舞になりそうですけど。……プライドと命のどちらを捨てるか選んで下さい」


 月火は即座に答えようとした火里を制し、智里を見た。


「貴方もですよ?」

「わ、私は……子供が……!」

「自分と子供の命を捨てるか、自分の傷一つないプライドを捨てるか、選んで下さい」


 事務仕事なので妊娠していても問題ないはずだ。

 悪阻が酷いなら教えてもらったことを家でやるでもいい。


「とにかく自分で働きなさい」

「な……智里様は妊娠中なのよ!? 仕事なんて……!」

「あら、私の母は兄を妊娠していても働いていましたよ? どちらも無理だと言うなら湖彗の連絡先を教えるので養ってもらいなさい。二度と関わらないと約束して」


 もう一年が経つというのにいつまで悩まされなければいけないのか。正直もう疲れた。


 月火は火音から紙とペンを借りると電話番号を教えた。

 火里は震える手でそれを受け取り、智里を見る。


 いい加減家族ごっこはやめて早く素直になればいいのに何故こうも意固地なのだろうか。


 月火が答えを待っているとずっとしゃがんでつまらなさそうに頬杖を突いていた火光が口を開いた。


「早く決めてくんない? こっちも忙しいんだけど」

「……貴方、火音と婚約したんでしょ? 義姉に……」

「私、婚約しただけで結婚はしてないんですよ。それに火音さんは火神ではなく双葉なので。あと、婿入りなのでどうなろうと援助はしませんよ? そんなにすがりたいなら貴方の養子の妹でも使って長兄か次兄に言い寄らせればいいのでは?」

「やめてよ」


 火光は立ち上がると火音を見た。

 溜め息を吐いて火里を見る。


「おとなしくバイトでもしてその給料で北海道に飛びな? 零落した以上、神々当主の恩恵は受けられないよ」

「由緒ある火神を穢したんです。当たり前でしょう」



 こう言ってはなんだが火音が火神を抜けられて良かった。

 零落した前当主の代の人間を、いくら教師だからと言って特別扱いすることは出来ないので火音があのまま火神だったら月火との縁も切れていたかもしれない。


「そう考えたらラッキーだったな」

「本当に」

「え何が?」



 火光が不思議そうに首を傾げていると職員室の扉が開いて水月が入ってきた。

 ジャージが新しいものに変わっている。



「どうしたのその怪我」

「階段から落とされた。あの餓鬼絶対許さない」


 体中痛む水月は火光の肩を支えにすると月火から現状を聞いた。


「へぇ。そう言えば月火、問題支店に穴が出来たんだけど」

「……あ、それは良かった!」


 水月の意図に気付いた月火はハッとしたのを誤魔化すように合掌すると満面の笑みを浮かべた。


「湖彗を呼び戻してあげましょう。就職先も見つかりましたよ。社長直々の推薦をしてあげます」

「ほ、本当!?」

「本当です。それじゃあおいおい連絡しますね」


 月火は火里と智里を追い出すと問題の人物、夢和(ゆめな)の方を向いた。

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