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妖神学園  作者: 織優幸灔
二年生
72/201

二十二 過去の人

「で、話って何?」


 火光を向かいにして月火は少し躊躇いながらスマホを見せた。


「なにこれ?」

「この電話番号……見覚えありませんか?」

「零八零……」



 火光は最初は不思議そうな顔だったが徐々に顔を真っ青にしていき、隣で羊羹(ようかん)を食べていた水月の肩を痛いほど強く掴んだ。



「痛い! 爪刺さってる! 何!?」

「なんでこれ……」

「昨日の夜中にかかってきたんです。謝りたいからって……言うか迷ったんですが……」


 この電話番号は火光の元婚約者である有栖(ありす)夢和(ゆめな)の番号だ。



 火光はスマホを見つめて複雑そうな顔をし、水月は火光の背をさする。



 火光と婚約者の仲は誰もが羨むほど仲良く、程よい距離感でずっと過ごしていた。

 それを湖彗(こすい)が口答えをしたからという理由だけで元々賛成していた彼女との結婚に反対し、追い出した挙句、上層部に圧力をかけて彼女の両親までも追い出した。


 ただ、それ以来火光の悪評が立っては火音と水月が湖彗のせいだと言いふらしている。

 火光は完全に夢和には冷めているし今さら復縁も考えていない。


 ここで会って大丈夫なのだろうか。




 月火は少し戸惑ったように火光を見つめ、水月も眉尻を下げている。


 ちなみに火音と玄智と炎夏は別室にてお勉強中だ。

 水哉はどこかに出かけており、稜稀も強ばった表情で火光を見ている。


「……謝るって何にさ……」


 火光はスマホを月火に返すと机に突っ伏して溜め息を吐いた。



「湖彗との関係についてしかないだろうけど……」

「それにしては遅すぎますよね……?」


 湖彗との離婚騒動は去年の初夏にあったことだ。

 まる一年以上経ってから謝りに来るようなことではない。


 それにもう婚約もしていないのだから誰とどう関係を持とうが夢和の自由なので火光がどうこう言うつもりはない。



「……一生離れて暮らしたかった……」

「断ることも出来ますよ?」


 取引を押し付けられても流せるよう水月に磨かれたこの腕にかかれば断れない頼み事など火音の甘えた頼み事だけだ。


 月火が首を傾げると火光は小さく頷いた。


「……理由だけ聞いといて。そういうの嫌いだったはずだから」

「分かりました」


 月火はスマホを持つと部屋を出て行った。



 火光はまた大きな溜め息を吐く。

 水月の膝に寝転がるといつの間にかやってきた玄智と炎夏が覗き込んできた。


「大丈夫?」

「火音が恨めしい」

「俺か」


 夢和を失ってから埋めるように愛でていた月火を取られたのだ。

 恨まないわけがない。



 火光は体を起こすと机に突っ伏した。


「そんなに言うなら復縁したらいいのに」

「やだよ。冷え切ってんのに復縁とか最悪な未来しか見えないし。そういう二人はどうなの?」


 玄智と炎夏は目を瞬くとスマホをいじって火光に見せた。


「彼女」

「婚約者」

「ぅえぇ!?」


 火光は勢いよく立ち上がり、傍にいた水月は耳を塞いだ。


「いつの間に!? て言うか玄智に関しては結月じゃなかったの!?」

「結月は彼氏いるよ」



 火光がムンクの叫びのごとく絶句していると月火が戻ってきた。



「ねぇ二人とも彼女と婚約者いるんだって! 結月も!」

「そうですよ? 私が最後でしたし」

「知ってたの!?」


 これは担任として失格ではないだろうか。



 火光が凹んでいると月火が向かいに座った。


「湖彗に会ったのは兄さんの連絡先を教えると言われたからだそうです。お金に関しては学費のためだったらしいですけど兄さんの連絡先を教えてもらえないって分かると逃げたそうですよ。なので会っただけみたいです」


 なんだろうか。

 胸が痛い。



 火光が不貞腐れた顔で目を伏せ、黙っていると水月に頬をつつかれた。


「一回ぐらい会ってもいいんじゃない?」

「……頼んだ」

「だんだん火音さんに似てきましたね」


 月火は火光と火音を順に睨むとまた部屋を後にする。



「……火音、月火はどう?」

「普通だけど」

「お互いに言葉が足りなさすぎる」


 その足りない言葉を理解して翻訳して繋げる水月も相当な猛者ではないだろうか。



「月火は可愛い?」

「うん」

「だよねぇ。なんで天使が悪魔に……」

「火光も可愛がってあげようか?」

「遠慮しとく」


 冗談を言う水月を断ると皆から惚気を聞く。


 どうやら炎夏が夏祭り前にある用事というのは婚約式だったそうで、今は家に帰っているらしい。



 玄智に関しては去年の体育祭後に月火に紹介してもらって出会ったら意気投合、そのまま付き合ったらしい。


「水月はそういう人いないの? いないって言ってお願い」

「いたけど前に別れたよ。あれは重すぎる」


 それはそれでちょっとショックだが、仕事で麗蘭と話すだけで監禁しようとしてきたらしいので夏祭りの朝に別れたらしい。



「水月は独身貴族を謳歌してね」

「そのつもり」

「火音に頼むつもりだったんだけど」

「ちょっと無理」



 当たり前だ。


 火音は一度何かに執着すると飽きるか死ぬかしないと離さない。

 いや、死んだら怪異になって取り憑く可能性が大きいので飽きるまで離さないだろう。


 厄介な性格にねじ曲がってしまった。



「……その顔見てるとムカつく」

「理不尽だろ」

「世の中理不尽だらけなんだよ」

「何の話ですか……」


 月火が戻ってきたので火光は体を起こす。


「予定はいつがいいですか?」

「いつでも」


 月火は頷いてまた去っていったと思ったがすぐに戻ってきて火光の正面、火音の隣に座った。


 コール音が鳴るスマホを机に置いた。



「あ、もしもーし」

『え!?』


 突然の声の後、電話が切られた。

 月火は目を丸くすると首を傾げた。



 ビデオ通話になっていたわけでもないし火光が話したわけでもないが何かあったのだろうか。


 月火がかけ直すべきか悩んでいると勝手にかかってきた。


「はーい」

『あ、の……スピーカー……』

「よく分かりましたね」

『ちょっと、声の反響が……』


 普通、スマホ越しに声の反響など滅多に聞こえないがそれほど大きいだろうか。



 月火が首を傾げて火音を見上げると首を小さく横に振る。

 しかしその後の口パクで月火は軽く目を見張ると慌てた様子でまた部屋を出て行った。


「え、何?」

「相当耳がよくなってるなと思って」

「まぁ電話越しに反響音が聞こえるぐらいだからね。……なんて言ったの?」

「共鳴」


 皆が目を丸くし、火音を懐疑的な目で見た。



 共鳴した時、五感が鋭く研ぎ澄まされて他人の心音どころか血液が流れる音まで聞こえてくるのだ。



「共鳴してる可能性があるってこと?」

「ねぇなんかやだー! 会いたくなくなったんだけど!?」


 火光は耳を塞ぐと水月の膝に寝転がり、呻き声を上げる。

 本当に火音と似てきた。


「共鳴してんならそっちと結婚でもなんでもしてればいいのに」

「まだ決まったわけじゃないよ?」

「してたらの話に決まってんじゃん! もう!」


 火光は拗ねると耳を塞いで膝を抱えた。



 紫月(しづき)とその相手も、月火と火音も、共鳴の体現者は相手同士と相思相愛になっている。

 そんな中に元婚約者だからと言って割り込んで入りたくないし居心地が悪すぎる。


 夢和がどう思っていようと無理だ。



 火光がぶつくさ言っていると真顔の月火が戻ってきた。

 目を閉じて静かに頷く。


「最悪」

「さみし……」


 水月が火光の頭を撫でようとすると手を弾かれた。



 火光は起き上がると舌打ちして月火を見上げる。


「断っといて」

「断りました。丸聞こえですよ」

「じゃあいいや。水月と一生独身貴族でいまーす」

「はーい」


 水月も火光も火音のお零れが流れて被害にあっていたのだ。

 しばらく女付き合いはやめよう。



 火音はタブレットで絵を描き始め、月火はパソコンで仕事をする。

 炎夏は玄智に引っ張られてどこかに連れて行かれた。


 稜稀は水哉と他愛もない話をしている。



「……飲もうかな」

「明日帰るんでしょ? 二日酔いで動けなくなるわよ。飲み始めたら止まらないんだから」

「お盆が終わるだけだし! 夏休みはまだあるもーん」


 水月と火光が月火に頭を下げると月火は先に仕事を終わらせろと言っておつまみを作りに行った。


 火音はずっと何かを描いている。


「水月仕事は?」

「終わってるよ」

「仕事人間め」

「結月が水月に憧れるって言ってたな」


 春頃のいつかにケーキを作りながらそんなことを話していたはずだ。

 火音はタイプではない、水月の方が真面目で憧れると言っていた。



 あの頃、既に彼氏がいたのなら玄智とのあの慌てふためき様はなんだったのだろうか。

 せっかくくっつくと思ったのに。


 火音が少しつまらなく思っていると月火がおつまみと酒を持ってきた。

 片手におつまみ、片手に火音が好きな酒と火光を酔わせるための度数八十の酒。


 ちなみに水月から誕生日に貰った酒は飲み終わった。



「はい兄さん」

「何度?」

「八十二」

「焼ける……」


 火光は少し怯えながらそれを飲み干した。

 かなり強いが変な癖があるというわけでもないのですぐに飲み込めた。


「火音は酒なら飲めるんだね」

「人の手が加わってから時間が経ってるからな。生酒は無理」

「時間が経てば大丈夫なんだ」


 本気で火音だけを考えてその酒に全てを込めたと言うならいつまで経っても無理だろうが、仕事として多くの人に向けてなら時間が経てば感情は薄くなるので飲める。



「たまに無理なものもありますよね」

「あれは……無理だろ」

「水月兄さんのは大丈夫なのに」




 前に火音が酒豪だと聞いて同僚から酒が送られてきた。

 ただ、その酒はかなりの手を渡ってきたようで月火経由で稜稀に送ったのだ。


 途中でかなり気持ち悪い感情が込められていたので火音は開けただけで降参した。

 水月のはかなりの度数で水月本人も気を付けたからだろう。

 わざわざ箱に入って梱包されていた。



「私も飲もうかしら」

「……知りませんよ」



 月火は稜稀と水哉にも渡すと昼間から賑わう居間を後にした。

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