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妖神学園  作者: 織優幸灔
二年生
70/201

二十 風習の餌食

 お盆も終盤に差し掛かった頃、月火に電話がかかってきた。


「はーい」


 誰か見て留守電にしようとしたが名前を見てやめた。



『もしもーし。伯父さんのところにあの人行ったらしいよ』

「それはそれは。結月は楽しんでますか?」

『うん! そうそれでね。ちょっと相談があって……』


 どうやら祖父母が高齢で、何かあった時にすぐに行けるよう東京に引っ越す予定らしい。

 ただ、結月も家の引越しは初めてだし北海道から東京に行くにも不安がかなり大きいので月火が分かるなら相談したいようだ。



「私より兄の方がその関連には詳しいですよ」

『水月さん?』

「いや、担任の方です。あの方も任務で各地を転々とすることが多かったので……」


 今でこそ重宝されすぎてまともに任務に行けていないがその前は長期休みの度に転々としていたはずだ。

 一ヶ月かかる予想を三日程度で終わらせてきたのでそれほど長期滞在はしていないがそれでも荷造りや長距離移動は慣れているだろう。




「それになんでか知りませんけど引越しとかホテルとかにかなり詳しいですし」



 ホテルなら分かるが不動産会社等にもめっぽう詳しいので月火よりは頼りになるはずだ。

 本当に、不動産会社探しが趣味かと問いたくなるほど詳しい。




『じゃあ先生に聞いてみる! ありがとうね』

「いえいえ、それではまた」


 何かお礼をされるようなことをしただろうか。



 月火は首を傾げながら通話を切ると黒葉にもたれかかった。

 今日は少し体調が優れなかったので黒葉を出して妖力を調節している。




 最近は吸収具を使わずとも黒葉を消したまま体調管理が出来ていたのだが、昨日の夜に寝る直前になって気絶したので今日は黒葉を出している。




 月火が足を伸ばし、ちゃぶ台に腕を伸ばしてスマホをいじっていると稜稀の声がした。

 反射的に姿勢を整える。



「どうぞ」

「いくら予定しても話しが出来ないと分かったから今するわ」



 頑張って仕事で引き伸ばしていたがやはり無理なようだ。

 ここ数日間でもかなり礼儀が乱れていたので昼前に終わったらいい方だろうか。

 昼食は鯛の煮付けを予定していたが別のものにしよう。


 月火は黒葉に火音の元にいるよう内心で命じてから一度姿を消す。


 火音は知らないらしいが、感覚さえ掴めば声に出さずとも会話は出来る。

 面白いので言っていないが。




 月火は静かに移動すると痛む胃に力を入れてなるべく自然を装うとする。

 自然かは知らない。


「月火」

「はい」


 一瞬声がつっかえたがたぶん大丈夫。大丈夫であってほしい。


「そう緊張しないで。……もう怒らないと決めたから」

「そう、なんですね」


 月火はぎこちなく頷く。

 無理だと悟ったのか稜稀は本題を話し始めた。



「あのね、色々な企業のご子息から多くのお見合いのお話を貰っているのよ。今までは水月が頑張って止めていたようなんだけどそれも限界だって言って……。水月が直接行こうとしたら火光に止められたから私が聞くことになったんだけど……」



 色々と説明が含まれたが要は月火の結婚の話だ。

 この現代で貴族でもない自分がまだ十六の時に婚約が騒がれるとは思ってもいなかった。


 よくお話に、転生して婚約者となんやら、という話があるが親に決められた婚約者と寄り添っていく主人公たちも初めはこんな気持ちなのだろうか。

 それとも月火とは違って元々婚約しなければならないという身構えがあるから相手に不満があるだけなのだろうか。



 御三家に生まれた以上、この三十路結婚が増える世の中で学生婚をするのだなとは思っていたがいよいよ本気になってくると抵抗感があるものだ。


 ことごとく男を避けて生きてきた月火が何故、と。




「まぁ経緯はどうでもいいわ。それでね、月火が嫌がらなさそうな人達の名簿を水月が作ったんだけど……」


 渡された紙には火神玄智、水神炎夏、火神火音、かなり大きな隙間を開けて火神時空(ときあ)、火神躑躅(つつじ)の名があった。

 最後に関しては誰か知らないので論外だ。その上もだが。


「……相手に確認はしてあるんですか」

「まだだけど……」

「許可が出た方だけ教えて下さい。それまでお見合いは私が止めます」


 月火は紙を荷物の傍に滑らせると部屋を出て行った。




 稜稀は深く溜め息を吐く。



 いつからこんなに自分の気持ちを否定するような子になってしまったのだろうか。

 やはり育て方を間違えてしまったのか。


 月火はもう高校生で親に干渉される歳ではない。

 ましてや礼儀作法の度に叱りつけるなど過干渉にも程があると火光にも言われた。

 教師である火光は、いや水月もだが普段から月火をよく見ているので稜稀よりも内面を知っているはずだ。



 もう親元を離れるような、独り立ちするような歳になってしまったのか。

 月火には叱って教えるだけでまだ何もしてあげれていないと言うのに。




 稜稀はまた大きな溜め息を吐くと月火の部屋を出て居間に向かった。



「あら、月火は?」

「母さんと話してたんじゃないの?」


 水月と火光が目を丸くすると袴姿の火音が居間にやってきた。

 最近はよく髪を編み込んでいる。


「……月火は出掛けたそうです」

「黒葉が?」

「はい」


 火音は黒葉を撫でると部屋の端に座った。



 月火もそうだが何故机の周りではなく部屋の隅に座るのだろうか。

 それも角に。


「……分かった」



 黒葉から何かを聞いたらしい火音は立ち上がると部屋を出て行った。


 水月と火光は顔を見合わせると月火よりも遥かに子供っぽい顔で火音をつけていく。


 炎夏と玄智は興味がないようで炎夏は水虎(すいこ)と話し、玄智は炎夏のヘアセットをしている。




 水月と火光につけられている事に気付いた火音は適当な角を曲がるとまた曲がって少し遠回りをしてから月火のいる中庭に向かった。


 中庭には平らにならされた枯山水用の砂利があり、月火は無心で模様を付ける用のレーキを引きずっている。

 いつか忘れたがこの枯山水も当主の務めと言っていた。



「月火」

「……来たんですか」

「お前が呼んだんだろ」



 黒葉を通して呼ばれたのだ。


 しかし月火は無表情のまま眉を寄せた。

 火音と距離があった時の、一人で秘密を抱え込んでいた時の目だ。



 昔はあの目が怖かった。

 自分より七つも幼い子供が放つ雰囲気とは思えず、全てを吸い込みそうな光のない目がこちらに向いた時は思わず足がすくみそうになったものだ。


 まだ火音が十歳や十一歳の、色のない世界でただ息をするだけの日々に初めて怖いと思った日。



「呼んでませんが」

『私が呼んだの。主様が困ってると思って……』

「勝手なことをしないでもらえますか」

『……ごめんなさい』


 黒葉は珍しく少し脅え、手すりに頬杖を突く火音の後ろに隠れた。

 中は凍えそうなので嫌らしい。


「何の話だった?」

「関係ありますか」

「ある。お前になんかあったら飯が食えない」

「……世界には三百八十二日間絶食をしたという記録があります。お盆と正月にぐらいは届けますよ」


 つまり他人と離れる、婚約か結婚の話か。

 月火がこの土地を離れることは有り得ないのでその二つだろう。




 火音は少し黙って枯山水を作る月火を眺める。

 水流を踏まぬよう、次々と線が描かれていくのが面白い。

 生粋のイラスト好きだなと自覚しながらそれを眺めているとあっという間にそれは終わってしまった。



 月火は火音がいる足場の下に道具を片付けると手すりを掴んでそこに飛び乗ると靴を脱いで奥の方に歩き出した。


「ついてこないでください」

「無理」

「何故」

「興味」



 本当にこれだけで伝わるのだから絆が深まったと思う。

 共鳴がなくなればこの不思議な距離感もなくなってしまうのだろうか。


 共鳴と言う絆で引き寄せられ、その絆が強すぎて一個人としての絆がどんなものか分からない。

 もし自分が死んだら月火は悲しんでくれるのだろうか。

 もし共鳴がなくなったらまた食事をしに通うだけになってしまうのだろうか。

 それとも、あの手料理すら食べられなくなってしまうのだろうか。




 火音が先をゆく月火を見下ろしながらそう考えていると月火が足を止めて振り返った。


「私は離れませんよ」

「さっきの態度はどこいった」

「逃げていきました」

「態度が?」


 月火は時々おかしな冗談を言う。

 だが、それはそれで普段とは違う一面があって面白い。



「私が逃げたんです。火音さんに不安な思いをさせていると思って」

「じゃあ部屋に帰ったら話してくれるな?」

「部屋に帰ったらですよ。聞き耳が多いので」


 どうやら見つかったらしい。

 月火と火音が呆れた目で後ろを見ると水月と火光が睨むような目でこちらを見てきた。



「愛されてんな」

「お互い様ですよ」




 月火は当主の本部屋の中庭も整えると玄関に靴を置きに戻った。


「迷子になりそう」

「兄さん達はよく迷子になっていましたよ」

「お前は?」

「小さい頃は兄さん達に振り回されて何度か……。初等部に上がってからは覚えたのですぐに帰れるようになりました」



 幼い頃から記録を多く読んでいたのでどの部屋の話か気になるために屋敷全体の失われた間取り図を作り上げ、その部屋に誰がいつ入っていたかも覚えた。


「確かにそんなこと言ってたな。よくやるわ」

「昔は暇でしたから。……黒葉、近付かないよう見張っておきなさい」

「はい」


 人間となった黒葉はそう返事をすると襖の前に立った。




 月火の本部屋にやってきた月火は膝から崩れるように寝転がった。

 火音は月火の頭を撫でる。


「やっぱりこの手が安心します」

「そうか? 小さいだろ」

「大きさは関係ないです。温かいですから」




 先程まで絵を描いていたので冷たいはずだがどういう事だろうか。

 火音が首を傾げると月火は火音の手を両手で握った。


 夏場だと言うのにヒヤリと冷たいてだ。




「母様に婚約者を決めろと言われたんです。何故私ばっかり……」

「この現代に合わない風習だな」


 火音の言葉に小さく頷いた。




 当主なのだから仕方ないという奈落に落ちかけていた自分の手を引っ張って連れ戻してくれた気がする。

 何故火音にはこんなに助けられるのだろうか。


「俺が助けようとしてるから」

「助けられてばかりですね」


 夢から救ってくれるのはいつも火音だ。

 嫌な悪夢を断ち切ってくれる。


「そんなことないさ。俺だって助けられてる」


 生活面でも、精神面でも。

 いつも光をくれたのは月火だ。


「……婚約者って誰?」

「水月兄さんがリストを作ってくれたんです。玄智さん、炎夏さん、火音さん、時空、躑躅さん……? 躑躅さんってだ……」


 月火が問い掛けようとした時、外から黒葉の短い悲鳴が聞こえた。



 月火が飛び起き、ハッとそちらを見た瞬間。

 見たことも無い誰かに何かで口を塞がれた。

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