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妖神学園  作者: 織優幸灔
二年生
69/201

十九 補佐官の弟

「……で、湖彗(こすい)が来たと」

「そう」


 智里(ちさと)が来た翌日、昨日のうちに智里と時空(ときあ)は引き取られたにも関わらず、激怒した元火神一家が本家にやってきた。


 その後に追い出したのだ。

 今は追い出したその翌日。



「何しに来たんですか」


 理由は決まっている。


「金、を……借りた……くて……」



 何故ここに来たのだろうか。

 水虎(すいこ)からも智里からも借りているはずだ。ほとんど盗んだに近いだろうが。


「水神は全く貸してくれないし智里達はもう貯金がないって断られて……援助を打ち切ったのは月火なんだろう!? その分が……」

「あの援助は玄智と澪菜(みおな)さんへのものです。それを大人が勝手に取っていただけでしょう」



 神々が火神に援助し、それを全額玄智と澪菜に回すはずだったのに大人達が契約違反したので水月に頼んで援助方法を変えてもらったのだ。


 玄智の名で口座を作って入金する事にしたので火神とも縁を切った。

 もしもの時は担任である火光が後見人になってくれるそうだ。



「もう……まとまに食べてないんだ……」

「それは苦労されましたね」

「せめて一食だけでも……!」

「無理です」


 月火が満面の笑みで拒否をすると湖彗は俯いた。



 入口に立っている月火の肩に誰かが触れ、見上げると火音が立っていた。

 今日も髪を編んでいる。


「大丈夫ですか」

「うん。なんで湖彗が?」

「金をたかりに来ました」



 湖彗が来たと聞いて袴に着替えてきた。


 水月と稜稀は端に避けているし火光は玄智と炎夏と一緒にいるので問題はない。



「火音君……! 神々の血縁だったらしいね! 僕のところに……」

「貴方が借金を完済したら縁があるかもしれませんね」


 火音が優しく断ると湖彗は歯を食いしばり、正座をして頭を下げた。


「この通り。頼む」

「いい覚悟ですね。就職先ぐらいなら探してあげますよ」

「本当か……!?」

「えぇ。社員食堂もついていたはずです。独身寮も。よかったですね」


 月火はスマホをいじるとどこかに電話をかけた。



「もしもし?」

『はーい』


 かなり仲良さげだが相当仲がいいのだろうか。



 真後ろにいる火音にも相手の声は聞こえず、水月も心当たりはないので皆、不思議そうに月火を見るだけだ。



「じゃあなるべく早く行かせますね。……はい、明日からで。お願いします。では」



 月火は電話を切るとにこりと水月を見た。


「北海道行きの飛行機か新幹線の予約を」

「北海道……」


 水月はスマホを操作して新幹線の予約を取った。



 月火は一度部屋に戻って財布を漁ると三万円を渡す。



「借金に足しておきます。借用書を作った分とこれは必ず返して下さいね」

「は……はい……」


 月火は受け取った湖彗を屋敷の外まで連れて行く。

 どうせあれで遊ぶ気だろう。



「どこ?」

「結月の伯父が農家だそうで。北海道も一度行ってみたいんですよねぇ」

「冬休みにでも行けばいいだろ」

「嫌ですよ寒い」




 月火は中に入ると火光達がいる部屋に戻った。


「あ、月火! ねぇヘアセットして!」

「いいですけど。自分でやらないんですか?」

「これやりたいの」


 玄智は月火に写真を見せるとアイロンを渡した。



 月火は時々写真を見ながら上手い感じにストレートとウェーブを混ぜて最後に前髪を軽く巻いた。



「はい」

「やっぱ雰囲気変わるな」


 炎夏と月火は玄智を真正面から覗き込むと写真を撮った。

 それを見せる。



「なんで月火がやったら似合うんだろ」

「向き変えてやってるからだろ」

「ウェーブの大きさとかも変えてますし」


 三人があーだこーだ言っているうちに大人達は飽きたようで大人は大人で話し始めた。




 ヘアセットが気に入った玄智はメイクを始めた。


「愛用してんな」

「ものすごい使いやすいんだもん」

「玄智さんの意見に合わせてますからね」


 玄智は月火に筆とアイシャドウパレットを渡すとアイメイクを頼んだ。


「ナチュラルメイクで」

「はいはい」



 月火は慣れた手付きで玄智の顔に陰影と血色を足していく。

 鏡を見ている玄智と炎夏に説明しながら乗せていると水月が月火の肩を叩いた。


「見てこれ」



 水月が火光のスマホを見せてくると、ネットの投稿が目に入った。

 上司に理不尽を振りかざしてクビになった新人社員。


「月火社の面接に来た人ですね。一人目ですか」

「今年初だね。皆は賛成してたのに月火が落とすって言ったから驚いたけど流石月火」

「明らかに建前理論でしたし」




 月火は玄智にリップを塗らせると頷いた。


「完成」

「やっぱり月火がやると雰囲気変わる〜! なんでだろ?」

「アイシャドウのグラデが多いからじゃ? 影もいつもより薄い気がする」

「違和感ないね」


 玄智は元々鼻が高く、唇の形がいいのでそれを活かしているのだ。

 目元の影は薄く、唇の色もほとんどいじらずに唇に合わせた色でグロスを乗せた。


 目もぱっちり二重なので開けた時も閉じた時も違和感ないようにグラデーションの色味をさらに足してみた。




 三人が盛り上がっていると外から稜稀の声がした。

 月火は口を閉じると姿勢を正す。


「炎夏君、お客様よ」

「俺ですか?」

「俺です」



 炎夏は目を丸くすると稜稀について行った。


 月火は襖が閉まってから力を抜く。


「癖だね」

「何が?」


 月火は自分のメイクポーチを持ってくると軽く化粧をした。


「本当にアイメイクだけだね」

「面倒臭いですし。肌が弱いので毎日やってたら荒れるんですよ」

「僕は肌荒れが少ないからな〜」


 玄智は寝転がると腕を伸ばした。

 顔を覗き込んできた火光の顔を突っぱねると水月の方に逃げる。



「水月に取られた」

「来ただけじゃん。嫉妬?」

「頬つねるぞ」



 玄智と火光が遊んでいるうちに月火は前髪を軽く巻くと今日は横髪も軽く巻いた。

 意味があるわけではないが単なる気分だ。


 月火はメイクポーチを片付けると火光を落ち着かせた。


「おとなしくして下さい。玄智さんに呆れられますよ」

「……暇〜」

「教師の鏡だな」



 火光は月火の膝に寝転がるとあくびをした。


「なんか用事あるっけ」

「一応火神の屋敷の様子を見に行く気です」

「僕も行く」




 午後は稜稀に呼び出されたので午前中に行くつもりだ。



 月火は皆に準備をさせると稜稀と水哉に声をかけて火神の屋敷に向かった。




「こんにちは〜」


 月火が声を掛けると紫月(しづき)が飛び出して来た。


 勢いよく月火に飛び付いてきたので火音が助けてくれた。が、後ろにいた玄智と頭をぶつける。



 ちなみに炎夏は水虎(すいこ)と仲良く話していたので置いてきた。



「いった……!」

「月火!」

「その無礼さと玄智さんへの謝罪を」

「悪かった」



 月火に拳骨を起こされた紫月は頭を抱えると玄智に頭を下げた。


 かなり酷い音がしたがお互い怪我はなかったので良しとしよう。



「ようこそ月火様」

「お久しぶりです朱寧(あかね)さん。屋敷の管理をありがとうございます」

「いえ、私には天職ですよ」

「晦の従姉妹とは思えないね」

「私が何か?」


 奥から顔を出した着物姿の晦は火光を睨んだ。

 火光は肩を震わせる。



「来るんじゃなかった……」

「晦先生。来てたんですね」

「皆に勉強を教えにね」


 月火が中にお邪魔すると子供たちが皆駆け寄ってきた。


 誘拐されたのは朱寧が最年長だったそうで、火音が刺した少女も元気に遊び回っている。


 悠羽(ゆう)も元気そうだ。



「問題はありませんか?」

「はい。援助も増えたおかげで皆の物も揃えやすくなりました」

「家計簿がとても分かりやすかったのでそれのおかげですよ」



 子供たちと遊ぶ玄智と紫月、居心地の悪そうな火光と水月、完全興味無しの火音。

 好みがよく分かる光景だ。




「また困った事があれば遠慮なく言ってくださいね。私の我儘で見てもらってますから」

「ありがとうございます」



 二人が話し終え、皆に声を掛けると玄智にはしばらくここで遊んでいくと言われた。

 今は寮にいる澪菜にも声を掛けたそうだ。


 火光に早く帰ろうと視線で訴えられたので頷いて玄関に向かう。


知紗(ちさ)、知衣姉さんには言わなくていいの?」

「確かにどうだろう……。ちょっと聞いてくる」

「先に帰っとくよ?」




 火光と水月は先に帰り、月火と火音は玄関で待つ。



 夏休みの間に体の調子を連絡すると言ってから面倒臭くて返信していないのでそれについて話さなければならない。




 二人が待っているといつも通り白衣姿の知衣と着物姿の綾奈が降りてきた。

 二人とも煙草を吸って晦に取り上げられている。


「やぁ問題児コンビ」

「姉さん態度!」

「いいですよ別に。医者と子供ですから」

「だって。心は広いね」


 知衣は朱寧の隣に立つと二人を見下ろした。


「体調は?」

「普通」

「特に」

「じゃあいいよ。帰ってよし」




 二人は特に何も言われなかったので軽く息を吐くと屋敷を出て帰路についた。



 特に話すこともなく黙って歩いているといつの間にか水月と火光に追い付いた。


「あれ!?  もう終わったの?」

「三十秒もかかってませんよ」

「はや……」


 水月と火光が二人で盛り上がり、月火と火音がそれを聞いていると水月に電話がかかってきた。

 水月は仕事の顔になる。


「はい。……えぇ?……でも……」



 何か困ったように月火を見ながら何かを訴えようとしたがすぐに切れたようでこめかみを引きつらせた。


「月火、仕事だよ」

「任務じゃないなら行きます」

「ちょっと急ごうか」



 水月は娘天(こてん)に連絡をすると月火の手を引いて近くのコンビニまで走った。

 面倒臭かったので袴とスニーカーだが逆に正解だったかもしれない。



「娘天、と……誰?」

「弟です。十八ですよ」

「月火の一つ上だね」

「初めまして」


 弟は助手席に座り、月火と水月は二列目の席に座る。

 いつもの八人乗りだ。




「情報と補佐で優秀な成績を残してるんですよ。月火様にはいつも負けているようですが」

「お前が言うなよ」



 弟の小さな呟きを月火は鼻で笑い、水月は苦笑した。



「水月様がいることを忘れるな」



 弟は兄の話を無視するとドアポケットに肘を突き、後ろにいる月火を見てからまた目を逸らした。




 何故こんな娘に自分が負けるというのか。

 学園に入った時から文武両道を目指し、馬鹿な自分に叩き込んで努力したのに。



 考えに浸っているうちにどこかの建物に着いた。

 五階建て程の小さなビルだ。



「……撮影のトラブルですか」

「監督とデザイナーの意見が割れてるんだって。社長の意見が欲しいと」

「データで送ったらいいものを」



 そんな会話を車内でした後、水月と月火は車を降りていった。



「行くぞ」

「は?」

「早く!」



 兄に急かされ、車を降りると二人の後を追いかけ建物の中に入る。




「お疲れ様です社長。申し訳ありません、お忙しいのに……」

「お盆なのに働いてもらっているのですから大丈夫ですよ」


 月火とスーツを着た女性は話しながら奥に進んで行く。



 本当にこのままついて行っていいのか分からないが戻っても車は閉まっているので兄に少し近付いて足を早める。


「よく見ておけ。ちなみに月火様のファンクラブがあるらしい」

「顔だろ」


 娘天兄弟は腕を組んで少し離れたところに立つ。




 月火は映像を覗き込み、水月に加工の方法について色々と聞いている。



「……撮り直します。ここの部分の光の入り方を左下からにして左のアイシャドウを強調して下さい」

「じゃあ前後も撮り直したほうがいいかと」

「その辺りの調整は監督の役目ですから私が取るわけにはいきません」



 月火はそう言うと離れてカメラの後ろに立った。

 水月は撮影担当と話している。


「高校生で社長って……。どうせ周りの力だろ」

「どうだろうな。水月様は本当に補佐しかやってないって言ってるし月火様の代になってからの商品は全部月火様考案らしいし。社員が抜けたらその分の仕事も引き受けてるらしい」

「は? あんだけ大きかったら相当な穴が出るんじゃ……」


 三つの超高層ビルを占める大きな会社だ。

 人の出入りも激しいだろうに一々抜けたのを請け負っていたら勉学が疎かになる。


 それに妖輩は学生の頃から任務が多いはずだ。

 現に月火が高等部に上がってから何度も危険な任務に行っていると聞いた。



「辞める人は滅多にいないらしい。新入社員の厳しい人選とその人選に選ばれた人達は残業無しの割高給料で切磋琢磨しながら仕事をする。日本で一番いい会社だって言われてるからな」

「へぇ」



 どの大人から吹き込まれたのか。



「今の会社体制は月火様の考案だからな」

「え?」

「娘天、この後って特に何もなかったよね」


 水月は娘天兄と話し、月火はモデルと何かを話している。





 結局、夕方まで何かが起こるわけでもなく兄にファンクラブを紹介された理由は分からないまま終わった。

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