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妖神学園  作者: 織優幸灔
二年生
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十八 対する恐怖

「なんか……何か増えましたね」


 途中で言い直した月火は眉を寄せることなくそれを見下ろした。


 稜稀も少し困ったような表情だ。


「やっぱり知らないわよね? 月火のお友達だって聞いたんだけど……」

「知りませんね」

「久しぶり、僕のフィアンセ」


 そう言って浴衣姿の時空(ときあ)は月火に手を振った。



 火音は珍しく稜稀と水哉の間に逃げている。

 火光と水月は昨日の酒盛りで二日酔いの真っ只中だ。


 玄智と炎夏は朝から付き合わされたようでつい先程眠った。

 月火は火音の追加課題を終わらせたばかりで少し疲れている。



「昨日の浴衣姿可愛かったよ。でも男しかいなかったね。なんで僕に連絡くれなかったの?」

「ストーカー……。母様、とても大変なことをして下さいましたね」

「えぇ!?」



 月火が少し後ずさると時空が姿を消して机の前に現れると月火を抱き寄せて頬にキスをした。


 月火は嫌がり、火音がそれを引き剥がす。



「火神のなりそこないが触らないでくれる?」

「ちなみにその火神は零落してるからな」

「れーらく?」

「爵位剥奪みたいなもん」


 時空は目を丸くすると月火を見た。


「そうなの?」

「私がやりましたから」

「玄智はー?」

「仕事専用です」



 月火がずっと頬を擦っていると火音に洗ってこいと言われた。


 今すぐ走りたいのを我慢して手洗い場に向かう。



 今日は着物なのでいつもより少し動きにくい。

 ジャージだと目を光らせている稜稀に何を言われるか分からない。



 優しい母で立派な前当主だが一度機嫌を損ねると一ヶ月間はそのままなので三人で慎重に暮らしていることも多々あった。

 主に元旦那が原因だが。



 月火が居間に戻ると時空は手足を縄で縛られ気絶していた。


 火音はいない。


「火音君なら部屋に帰ったわよ」

「分かりました」

「月火、午後に話があります」

「はい」


 また何か失敗しただろうか。何故それにすら気付けないのか。



 月火が自問自答を繰り返しながら自室に帰ると火音が寝転んでいた。

 うつ伏せで胸の下にはいつものクッションがある。


「人の部屋に勝手に……」

「二人の方が安全だろ」

「ご立派な建前ですね」


 月火が襖を閉めると着物の袖を火音が引っ張った。


 絵を描いているわけでもなく、本を読んでいるわけでもない。

 何もしていないのは逆に珍しい気がする。



「なんですか」

「なんで自分を責める?」

「愚図だなーと」

「そんなことないだろ」



 火音は起き上がるといきなり出てきた黒葉にもたれ掛かり、月火の手を引いた。



 月火は驚きながらも火音の前に座り、引き寄せた手と手は指が絡まる。


「一人で悩み込むなって言ったろ」

「酔ってます?」

「ちょびっと」



 昨日の夜、当然火音も飲んだので月火は寝不足だがもう慣れた。

 火音に頭を撫でられたので少し頬が緩む。



「凶器だな」

「何がですか?」

「全部」



 月火は首を傾げると火音の隣に行って髪を編み始めた。

 火音はされるがままだ。


「編んでる方が新鮮感があって好きです。顔が引き立ちますよ」

「これ以上引き立ってもなぁ」

「でも楽しそうですね」

「まぁ」


 月火が昨日とは違う編み方で分け目辺りから耳の後ろまで編むと火音は嬉しそうに笑った。

 やはり子供っぽいがこちらの方が作ってる感がなくていい。



「イチャつくねぇ」


 見ると火光と水月が襖の細い隙間から覗き込んでいた。


「二日酔いは大丈夫ですか」

「意外と平気だった。管狐と遊んでたんだよ」



 水月はすっかり管狐を認めたようだ。

 今は煙管から離れて中にいるらしい。



「女子の部屋を覗き込まないで下さい」

「兄は悲しいよ! 火音とは楽しそうにするくせにさ?」

「やっぱり……」


 水月と火光は顔を見合わせると小さく頷いて襖を開けた。


「で、結婚式はいつ?」

「やるとしても呼びませんよ?」

「えぇ!? 兄妹なのに!?」

「兄妹だからこそです」


 火音は上機嫌でクッションを抱えて黒葉と話しているので放置だ。



「結局のところ二人はどういう関係なの? 両片想い? カップル?」

「どうでしょう。両方が興味のある話題しか話さないので分かりません。私は興味がなくて」

「女子! 二年の女子!」

「二年の女子は結月と玄智さんです」


 月火は女子と言うより男子側だ。

 男勝りなのはどうしても直らない。



「……火音は?」

「何が? なんにも聞いてなかった」

「月火との関係。片想い中?」


 火音は目を瞬くと少し考える素振りをしてから月火を見た。

 興味なさそうだ。



「絶対に誰かと婚約しろって言われたらやるけど自分で進んでやることはないかも」

「優柔不断?」

「いや気持ち的に」



 月火には唯一気を許せるので跡継ぎがどうのの話になったら月火を選ぶだろうがそれがない限りはないだろう。

 そして火音は次男で月火は当主なのでその話は有り得ない。



「つまんないの。もし月火が玄智か炎夏と婚約するってなったら?」

「おめでとう」

「時空となったら?」

「縁を切る」


 月火は勢いよく火音を見上げ、次に黒葉を見たら深く頷かれた。せめて黒葉は傍にいてくれ。



「月火の前では甘えるくせに?」

「あれが素だろうな」

「僕にも見せて?」


 火音は目を瞬かせるとこの世のものとは思えないほど綺麗な顔で笑って見せた。



 髪が編まれて顔がよく見えることもあり、流石の水月と火光も耐え切れなくなって襖を閉めた。



「え?」

「どんまい」

「えぇ……?」


 火音は眉を寄せると小さく笑う黒葉を撫でた。




 火音が無表情に戻ったことを確認した火光は安心したように襖を開ける。

 水月に押されて中に入ると二人の向かいに座った。


「火音が黒葉と話してたら月火にも聞こえるの?」

「黒葉次第です。一人の妖力に話し掛けるか二人に話しかけるか、みたいな」

「妖力って同じなんじゃなかったっけ」



 共鳴で妖力の色とでも言おうか。

 色は限りなく近付いたが形としては別の人間のものなので妖心には判断がつくそうだ。


 普通の人間には出来ないが時空や火音なら妖心の血が混じっているので出来るかもしれないらしい。



「なんか色々あるんだね」

「色々あるんですよ」



 月火が深く頷くと突然水月が鼻を押えた。



「鼻血出た」

「いきなり!?」

「不味い……」


 月火はティシュを渡し、水月は何枚も重ねて鼻を押さえると部屋を出て行った。



 管狐に頼んだら止めてくれるだろうか。


 月火によると、病を治す神通力の反動は鼻血は軽度、高熱や嘔吐は重度、意識障害は逆効果らしいので意味がないかもしれない。



 火音は先日、徐々に減らしていった薬がなくなり、知衣に一度服薬をやめて様子を見ると言われたそうで、今は酒も普通に飲んでいる。


 月火は火音がやめるタイミングでやめたそうだ。





 水月は血まみれの手を洗うと着物に血が付いていないことを確認して顔を洗った。


 鼻の根元を押えて圧迫止血していると洗面所に稜稀がやってきた。

 珍しい。


「水月、どうしたの?」

「鼻血が出ただけ」

「珍しいわね。大丈夫? 暑かったのかしら」

「分かんない」



 水月は手を離すと血が止まったことを確認してまた口元を洗った。


「母さんはどうしたの。珍しい」

「月火に怯えられてると思って相談しに来たのよ」

「僕は嫌われてたよ。お揃いだね」



 しかし稜稀に水月の冗談は通じず、睨まれたので水月も真剣になる。


「でも怒られるのに怯えるのは当たり前だし。育てた方ミスったんじゃない?」

「ちょっとその言い方は酷いわ」

「人前で泣いただけで三十分説教とか最悪だもん。逆にあれだけ厳しくやって反抗しなかった月火が偉い。クズを傍で見てきたからかな」



 脳裏に浮かんだ元父親の顔をかき消すと本気で溜め息を吐く稜稀を見下ろして軽く眉を上げた。

 稜稀がここまで思い詰めるのも珍しい。



「水月を自由に育て過ぎたから月火は厳しくしなくちゃと思ったのよ。月火だけはあいつを反面教師にさせないとと思って……」

「あーうん、僕ね」


 確かに自由気ままに育った自覚はある。



 水月は遠い目をすると小さく頷いた。

 火光が水月と似た性格にならなかったのは水月を反面教師にしたからだ。



 それと火音が優秀すぎたのもあるのだろう。

 変なプレッシャーを跳ね除ける勢いで火音に憧れて一心不乱に勉強していたので目標の存在も大きいと思う。



「そうだよ」

「そうなの?」

「月火の目標を聞いて応援したら大丈夫なんじゃない? 抑えるばっかりじゃなくて押してあげることも大事でしょ?」


 稜稀はハッとすると水月の手を引いて月火の部屋に向かった。




「月火、入るわよ!」


 稜稀の嬉々とした声のまま襖を開けると月火は何故かいる時空に押し倒されて火音と火光が引き剥がそうとしている最中だった。


「母さん!」

「私の娘に何してるの火神時空?」



 額に角が生えた稜稀は般若よりも怖い顔で時空を引き剥がすと蔵の中に放り込んで自ら封をした。

 この封は月火と火音しか解けないほど強く、中での妖力操作は封によって阻まれ、封を解かない限り中からも外からも開かないようになっている。


 稜稀最高傑作の封だ。



「二度と月火には会わせないわ」

「強いね〜」

「子供たちを守るのは母の務め! さ、月火のところに戻りましょう」


 水月は稜稀に振り回されながらまた部屋に戻った。




 部屋では月火が隅っこでタブレットで絵を描いていた。

 襖が開いた瞬間に後ろに隠す。


 客人がいるのに自分が娯楽で遊ぶなど稜稀が許すはずがない。


「か、母様、ありがとうございました……」

「何をしていたの?」

「え? えっ、と……」


 月火の顔が顔面蒼白になり頭の中が言い訳でパンクしそうになる。


 火光に睨まれた水月は稜稀の肩を抑える。


「怒りたいわけじゃないんだよ。ただの興味本心」

「聞いてないぞ」

「伝えて」



 珍しくキャパオーバーを起こしている月火の肩を揺さぶり、我に返した。



「怒りたいわけじゃないって」

「え、ん? 何が?」


 今まで何にそんなに焦っていたのだろうか。

 月火が混乱していると火音が稜稀の方を顔を向けさせた。


「落ち着け。怒られるわけじゃない」



 有り得ない。


 言いつけを守らなければ必ず怒られるのだ。

 月火は素直にタブレットを横に置くと綺麗に土下座した。


「ごめんなさい」

「どうしよう本当に恐怖がられてる」

「母さん日本語がおかしいよ」


 水月はパニックになる稜稀を落ち着かせ、月火に顔を上げさせた。

 もう死を受け入れた目をしている。



「そんな戦場に行く武士みたいな目しないでよ。ただの興味本心だって」

「嘘を吐くと怒られます。はぐらかしても誤魔化しても怒られます。開き直った方がマシになるかもしれません。気持ち的に」


 これは末期かもしれない。



 水月は稜稀の頭を撫でると洗面所のところから説明した。


 月火は正座に真顔で聞く。


「よくそんな嘘がペラペラと」

「嘘じゃないって。ねぇ火光」

「残念ながら見てないんだなこれが」


 興味なさそうな火光は月火の机に向かってノートを見ている。


 今回は役に立たなさそうだ。



「でも本当なんだよ。怒りたくてきたわけじゃない」


 水月を半目で睨んだ月火は火音を見た。

 火音は軽く首を傾げる。


「一応そう言う事にしておきます。何か御用ですか」

「月火の夢を聞きに来たの」

「悪夢の内容ですか」

「日本語って難しいねー」


 文章としてはおかしくないのに両方の意味で捉えられる。


 水月の言葉に火光は振り返った。



「今のは母さんが将来の夢とか、なりたいものやりたいことって言ったら伝わったはずだよ」

「流石教師。国語の教員免許も取ったんだっけ?」

「それは火音」


 ただ答えの範囲が広い国語が好きだったと言うだけだ。

 一番嫌いなのは道徳。


 たとえ問題を出したとしても水月と月火では全く違う答えが返ってきていたのでどちらが正しいか分からず嫌いになった。



「どっちでもいいよ。月火、将来の夢は?」

「さぁ」


 既に職にも就いているし当主にもなった。

 やりたい事など何もない。



 月火が肩を竦めると水月は眉尻を下げた。


「本当に何にもないの? 結婚とか子供とか。どこか行きたいとかなんか欲しいとか」

「ありませんね」

「本当?」


 水月が火音に確認すると頷かれた。



「内心疑問だらけ。先に理由説明してやれ」

「月火に怖がられないよう怒るんじゃなくて夢を応援しようってなったんだけどこれじゃ失敗だよ」

「これは失礼しました。私の事はどうぞお気遣いなく」



 月火が頭を床に付けてお辞儀をするとまた火光が口を挟んだ。



「水月ばっかり話してたら意味ないよ」

「先に休ませてやれ。あんなことされたんだから」

「あそっか。ごめんね」


 火光はハッとすると首を傾げる水月と稜稀を連れて出て行った。



 月火は糸が切れたようにその場に寝転がる。

 火音がクッションを渡すとそれに頭を乗せた。


「これの抱き枕を作るって言ったら買いますか」

「買う」

「ブランケットは?」

「買うと思う」

「布団カバー」

「買う」



 似たような質疑応答を繰り返した後、月火は小さく笑った。


「はぁ怖かった。また怒られる気がします」

「人はすぐには変われないからな。徐々にだろ」


 火音が月火の頭を撫でると月火は花のような笑顔を咲かせたまま眠り始めた。





 外の騒がしさで目を覚ます。

 妙に首が高いと思えば何故か火音の膝にクッションを置いて寝ていた。

 こんな体勢で寝ていただろうか。


「移動させた」

「何故」

「気分的に?」



 頬を撫でれば仕方なさそうに微笑んで起き上がった。


「騒がしいですね」


 月火は首元を閉めると帯を軽く整えた。




 まだ寝起きだが髪を軽く整えて騒がしい玄関の方へ向かう。

 すると炎夏と玄智も起きていたようで二人とも月火を見て安心した表情をした。


「何事ですか騒がしい」

「月火! 智里(ちさと)が……」


 水月が振り返ると今は火神の屋敷にいるはずの子がいた。

 紫髪で泣いている姿を見ればすぐに思い出す。



「その子を離していただけますか」

「私達の屋敷に勝手に出入りしていたのよ! 不法侵入……」


 智里の言葉の途中で月火は首を傾げた。

 頬に指先を添え、あくまでも優雅に、圧をかけるように。


「私達の屋敷? あの屋敷は現火神家当主である玄智の屋敷ですが? 何故当主が許可したにも関わらず不法侵入なのですか?」

「なっ、玄智!? どういう事なの!?」



 話を振られた玄智は面倒臭そうに顔をしかめた。

 遠目で眺めていた意味がなくなってしまった。


「どういう事も何も。月火様が言った通りだけど? 火神は零落したの。神々の役に立つよう出来ることをするのが当たり前じゃない?」


 ここは月火に教えられた通り火神の当主として振る舞う。


 月火に呼び捨てにされた時は月火様と呼ばなければならない。




「この女のせいで貴方は立場を失ったのよ!? そんな女に従うの!? 見損なったわ!」

「あっそ。じゃあもう関わらないで」


 玄智が炎夏の傍に戻ると月火が少女の髪を鷲掴みにしている腕を掴んだ。


「離していただけますか。神々が保護した子供なのです」

「こんな餓鬼が何!? こんな餓鬼……!」


 智里が少女を床に叩き付け、蹴ろうと足を上げた時に先に水月が反射神経で智里の意識を奪った。



「……あ、ごめん」

「それでいいです。回収にこさせなさい。時空もいるでしょう。火神への援助を切って玄智と澪菜さんに対して援助をします。手続きを」

「はい」


 水月は軽く会釈をすると屋敷の中に入って行った。

 月火はまだ泣いている少女を立たせると空き部屋に案内した。




「触りますよ」


 強く引っ張られすぎて内出血している。

 たぶん問題ない程度だ。


「痛かったですね。冷やしたらマシになりますよ」

「は、い……」

「怖がらなくても取って喰ったりしませんから。火音さん、保冷剤とタオルを」

「はいはい」



 保冷剤をタオルで包むと頭に当てさせ、何枚かのブランケットを畳んで積み重ね、枕代わりにしてそこに寝転がらせる。


「名前は?」

悠羽(ゆう)……」

「ゆう……漢字は分かりますか?」

「えっと……」


 軽く指を動かしてもどかしそうにする。



 スマホのメモ機能で書かせると何となく分かった。


「よくある漢字ですね。……疲れたでしょう。迎えが来るまでは休んでて下さい」

「う……ん……」


 月火が頭を撫でると悠羽は保冷剤を押さえたまま眠りについた。


 月火は黒葉に面倒を頼むと結局稜稀とは話せなかったと思いながら夕食に取り掛かった。

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