十七 お祭りの準備から
お盆初日。
昨日から本家に帰ってきている。
今日の夕方から夏祭りなので月火が皆の髪を編んでいる途中だ。
火音が他人の髪を触った手で触られるのを嫌がったため一番初めに火音を編んでいる。
潔癖が重症化している気がするのはきっと気のせい。気のせいにしたい。
「はい、出来ました」
「やっぱ慣れない」
「いいじゃん。顔が引き立つ」
「やめようかな」
「せっかくやったのに?」
玄智は指で長方形を作るとその中に火音の顔を収めた。
月火は火音をなだめると次は火光の髪を編む。
髪の長さが違うのでお揃いとはいかないが似たような感じだ。
ちなみに水月は自分で編んで出てきた。
水月がこの髪型のせいで玄智のオシャレ魂に火がついたのだ。
玄智は月火にコテを借りてウェーブにしている。
アイロンしか持ってこなかったらしい。
「ねぇ月火の髪やっていい?」
「遠慮しておきます」
「えぇ〜」
稜稀がいるところで他人に支度を手伝ってもらうなど言語道断。命だけは守りたい。
玄智が月火の髪を羨ましそうに見ていると顔を見合せた水月と火光は部屋を出て行った。
「優しい兄だな」
「何がですか?」
「別に。お前が大人嫌いになったのって親が原因か」
「親以外の大人と関わりがありませんでしたからね」
月火は最後に余った髪を団子にして三つ編みを巻き付けると横髪をくるくると巻いた。
面倒臭いので前髪はいつも通り軽く巻くだけだ。
「騒がしいですね」
「なんだろうな」
「水月さんの声だけど」
三人が首を傾げていると和室の襖が勢いよく開いた。
「月火!」
「だから母さん! そう言うのが駄目なんだって!」
「月火だって高校生だよ!? 親がどうこう言うことじゃないじゃん!」
月火は稜稀に腕を引かれ、水月と火光は頭を抱えた。
どこかの部屋から稜稀の怒鳴り声が聞こえる。
「どうした」
「母さんが月火に厳しくしすぎだからそれを言ったら寮で泣いたことがバレちゃって……」
「人前で泣くのも怒るのも失礼だから禁止なんだよ。なんで月火だけ……」
だから月火は寮では比較的自由だったのだ。
本家が嫌いなわけではないが親が苦手なようで大人を嫌うようになった。
火音に伝わってくる恐怖感と疑問が気になって火光の話に集中出来ないが要は親が嫌いと、それだけだ。
「水哉様は何も言ってないの? 一緒の部屋にいたんでしょ?」
「母さんを育てたのは水哉様だよ。干渉しすぎとは言ったけど月火が泣いたことは月火が悪いって」
皆が月火を心配していると月火が戻ってきた。
「月火! 大丈夫だった?」
「大丈夫ですよ。もう慣れましたし」
月火はケラケラと笑い、部屋の中に入ってくる。
水月も火光も玄智も火音に答えを求めてくるな。
火音とて全てが分かるわけではない。
それに月火は内心、自分が悪いと納得し始めているのでたぶん作り笑顔ではないだろう。
火音に伝わるのが分かって気持ちまで切り替えているならプロすぎる。
「無理しないで」
「大丈夫ですってば」
月火はコテとアイロンを持って部屋を出ると自室に戻る。
アイロンを片付けて溜め息を吐くと黒葉が出てきた。
『中が寒いの。火音が心配してるわ』
「心配性ですねぇ。大丈夫だと伝えて下さい」
月火は黒葉を撫でると浴衣に着替えて皆のいる和室に戻った。
「かわいぃ〜!」
「撮影禁止」
水月が月火に飛び付き、火光がカメラを構えたので黒葉に塞いでもらう。
月火がゆっくりと着替えている間に皆も着替えたらしい。
水月は紺色の花火、火光は青紫の朝顔、火音は濃い赤の菊、玄智は淡い緑の紫陽花だ。
月火は黒に白と金の蝶々。
月火は火音を見下ろすと鼻で笑った。
「え何……」
「らしいなと思いまして」
「怖い」
月火は火音の隣に座ると水を飲んだ。
黒葉がスマホを構え続ける火光に踏み倒している。
「何時ぐらいに行く?」
「炎夏は何時ぐらいに来るの?」
火光に問で返された玄智はスマホをいじって首を横に振った。
「こっちに合わせるって」
「六時半頃でいいのでは? 始まるのが六時でしょう」
「じゃあ六時半で」
月火が玄智のスマホを覗き込んでいると月火のスマホのアラームが鳴った。
「こんな時間にアラーム?」
「怒られたくないのでアラームかけたんです」
月火はスマホを止めると部屋を出て行った。
「こっち〜」
玄智が大きく手を振ると着物姿の炎夏が駆け寄ってきた。
玄智に言われたのか炎夏も髪を巻いているようだ。
「じゃあ回ろう!」
「太らない程度にな」
「余ったら食べてね」
「無理です」
二年生組が先頭を歩き、大人が後ろを歩く。
「りんご飴買おう。一番大きいやつ!」
「奢りますよ〜」
「じゃあ射的で返す」
三人はりんご飴の屋台を探す。
「三人もいりますか」
「いらない」
「いる」
「僕もいいや」
火光は当然と言わんばかりに返事をしたので月火は指を四本立てた。
「一番大きいのを二つと小さいのを二つ」
「お嬢ちゃん美人さんだね。大きいのに変えてあげるよ」
「……どうも」
食べ切れるだろうか。
おとなしく待っていると一番大きいものの中でも特に大きいものを渡された。
「はい、五百円!」
「ありがとうございます……」
皆が受け取り、月火はお金を払うとそれにかじりついた。
いつも飴を噛み砕いているので食べるのに苦労はしない。
「甘い……」
「美味しいね」
「何キロ増えたか教えてな」
「ちょっと!」
炎夏は玄智をからかい、月火は必死でりんご飴を食べる。
「あ、射的あったよ」
「何欲しい?」
「左上の六段ルービックキューブ」
一番難しいやつを選んできた。
炎夏は月火を睨むと百円をで五発の弾を貰った。
「兄ちゃん頑張れよ」
「ありがとうございます」
炎夏はりんご飴をかじりながら狙いを定め、見事角に当てた。
「威力弱い」
「そりゃ射的だからね。ライフルと一緒にしないで」
「落ちるかな〜?」
と言ったが二発目で案外簡単に落ちてくれた。
思っていたよりも奥が浅かったので簡単に落ちてくれたらしい。月火に説明を聞いて納得する。
「玄智は?」
「いいの? じゃあお面で返すよ。あのぬいぐるみ取って」
「お面はいらない」
炎夏はうさぎのぬいぐるみの額に弾を当てる。
「水月さんは?」
「え〜、じゃあ火光の好きな物で」
「じゃあ扇子取って。月火にあげる」
「似てんな」
炎夏は言われた通り扇子を落とす。
撃った時に折れたら嫌なので台ごと落とした。
「火音先生は?」
「いらない。自分の物取れ」
火音らしいがなんとも面白味がない。
「清淡寡慾」
「克己復礼」
「伯夷叔斉」
「課題追加な」
三人は頬を膨らませ、火音に訴える。
炎夏の清淡寡慾も玄智の克己復礼も月火の伯夷叔斉も全て物事に執着がないという意味だ。
悪口ではないはず。
炎夏は口を尖らせながら目の前にある簪を撃ち落とした。
「はい、あげる」
「いいんですか」
「いらなかったら玄智にでも」
「なんで僕なのさ!?」
炎夏は玄智の頭を撫でると未だりんご飴を食べている月火に渡した。
月火はそれを受け取ると髪の団子に挿す。
今日は変になって稜稀に怒られたくなかったので何も付けなかったのだ。
「どうですか」
「似合ってるよ」
「写真撮っ……」
「撮影禁止です」
それから六人で歩いていると玄智が月火の手を引いてどこかに向かった。
「月火と火音先生のお面!」
「去年だろ」
「流行りましたからねぇ」
体育祭の演舞が大盛況で今は狐グッズや狐の面を付けたキャラクターなどが無限に出てきているらしい。
しかも番で。
人の想像とはどちらに行くものか分からないものだ。
「買ってあげる」
「いりません」
「いらない……」
「ちぇー」
玄智には飲み物を奢ってもらった。
火音のことを考えて夕食は本家で食べる事になったので腹は空かせておく。
「花火は七時半からなんでしょ? まだ時間あるね」
「先に場所取っといた方がいいのでは?」
「穴場教えてあげようか」
皆が水月を見上げると水月は人差し指を立てた。
祭りから少し離れ、神社の裏にある階段を上がり、途中にあったお地蔵様に挨拶をしてから二つ目の階段を上った。
「ここだよ〜」
「こんなところ初めて来た……」
木々に囲まれた小さな広場で、さらに上に続く階段があるが上は鹿などがいて危険らしいのでここで止まっておく。
隠れた穴場とはまさにこの事だ。
だいたいの穴場は既に有名になって人が集まっているのでもう穴場とは言えない。
皆が空を眺めていると階段の方から外人カップルが登ってきた。
一番に気付いた火音が軽く会釈されたので返しておく。
「穴場って言っても何人か来るみたいだね。たまたま見つけたのかな」
「階段が隠れているわけではありませんからね」
裏に回ればすぐに見つかるようになっている。
水月と火光が煙管を吸い、月火と三人で話していると外人が火音に話し掛けた。
流石に英語とフランス語以外の外国語はあやふやだ。
火音は英語なら分かるだろうかと考えていると月火が寄ってきた。
フランス語で話した後、何か他の言語で話し始める。
こういう時、月火の理解し難い思考が流れ込んでくるので頭が痛くなるのが難点だ。
火音が少し離れてこめかみを抑えていると玄智と炎夏が寄ってきた。
「大丈夫?」
「変な思考が流れてくるせいで頭が痛い……」
「制限とかって出来ねぇの?」
「さぁ……。少なくとも今は出来ない」
火音が溜め息を吐くと月火が水月を呼んだ。
「兄さんドイツ語!」
「面倒臭いー。なんて?」
「上には何があるのかって」
「何にもないよ。ここと同じだけど獣が多い」
火音が心配なので水月に任せたかったのだが無理だった。
英語やフランス語のように無心で話せる言語ならいいがドイツ、ロシア、アラビア語はもう少し慣れないと無理だ。
月火が手短に説明すると空を指さした。
カップルがハッと見上げた瞬間、星よりも輝かんとする黄色い大玉花火が夜空に咲き誇った。