十三 パーティー後の雑談
炎夏と玄智も付いてきて、精神をえぐられた火音と付き添いの水月で寮に帰ってから五分ほどすると月火が戻ってきた。
帰ってきてすぐにずっと顔を洗っている。顔か、こめかみか。
「おかえり月火。大丈夫だった?」
「煽るだけ煽ってやられる前にやりました」
「立派だよ」
月火は時間を見ると九時をすぎていることに気付き、急いで夕食を温める。
火音は先ほど月火が作り直したばかりなので比較的大丈夫なようだ。
ソファで一号を抱え、据わった目でイヤホンを付けて音楽を聞いている。
「二人も食べていきます?」
「二人とも食べる」
「勝手だな」
玄智が炎夏の分まで返事をしたので炎夏は半目のまま頷いた。
水月はいつも通り倉庫から椅子を出す。
「……電話鳴ってる」
「え?」
火音の言葉に皆は耳を済ませたがそんな音は聞こえない。
炎夏が月火に声をかけると月火は目を丸くして自室からスマホを持ってきた。
知衣からの電話が鳴っていたらしい。
皆が何も付けていない状態で聞こえていなかったのに火音はイヤホンで音楽を流したまま聞こえている。
おかしい。
「もしもし」
『出た出た。火光は検査で一晩入院させる。知紗には明日は休みと伝えたよ』
「分かりました。お世話になります」
生徒が寮にいる限り、教師の休みはなくならない。
特に担任の火光とコース主任の晦は毎年大忙しだ。
が、仕事を済ませればいいそうで、出勤する必要はないと笑って晦に叩かれていた。
仲のいい二人だ。
皆で夕食を済ませ、雑談をしているとインターホンが鳴って結月と澪菜がやって来た。
月火は二人を部屋に連れて行き、ドレスから着替えさせる。
結月はガッツリ整髪料なので先に風呂に入れさせた。
「お風呂ありがとう。月火ちゃんも入ってきたら?」
「そうします」
いつ頃帰ってくるか分からなかったので風呂は貯めていない。
髪を乾かし、リビングで髪の保湿をしていると玄智と結月がやって来た。
「自社製品愛用なんだね」
「愛用というか、なくなる前に次の試作品が来るので溜まっていく一方なんですよ。いります?」
「いいの!? 月火社の化粧品とかヘアケア用品って憧れるんだよね〜!」
「色んな種類出てるよね」
三人で盛り上がっていると火音が起き上がった。
髪が跳ねている自覚があるのかずっと頭を押えている。
「珈琲淹れて」
「分かりました。皆さんも飲みます?」
火音、月火、水月は珈琲で玄智、炎夏、結月は紅茶、澪菜は甘いミルクティーだ。
残念な事にこの寮にジュースを飲むのは誰一人としていないので飲み物は水、珈琲、紅茶、緑茶、抹茶となっている。
烏龍茶や麦茶はない。
「この暑いのに月火はホットなんだね」
「冷たいと手が冷えるんですよね。持つ時に」
飲むのは問題ないが持つ時に冷えるのだ。
火音は常にペンを握っているので血が通いにくくなって冷たくなるが月火は温度で冷たくなる。
ちなみに足もそうだ。
「結月のドレス可愛かったね」
「火音先生が考えてくれたんだって」
「私はセンスがないので」
月火のセンスがないと言ってしまうと全員のセンスがないことになるが本人は自覚していないので黙っておく。
「火音先生って何でも出来るね」
「出来るようにしてるからな」
「完璧超人ですよ」
火音の傍に立っている月火は空になったカップを受け取る。
お盆に乗せて澪菜のカップも受け取ると自分のも含めて先に洗い始めた。
「まぁ明日から夏休みだし! ゆっくりできる〜」
「私たちは毎日部活だよ」
「明日、中等部の人は誰も来ないって」
「ええ〜!? 最近誰も来てないじゃん……」
どうやらいじめの後以来、中等部は誰も来ていないらしい。
火音は鼻で笑い、月火も小さく笑う。
「なんかした?」
「別に」
炎夏の問いをはぐらかすと月火は座るところがないので火音のソファの下に座った。
一人用のソファに水月、火音はいつも通り三人用ソファに寝転がり、その向かいに玄智と澪菜と結月が座っている。
炎夏は水月の後ろで立っている。何故客人に譲らないのか。
「最近、このスペースにも机を置こうかと思って」
「確かになんか置けた方が楽かもね。飲み物とかもこっちで飲むし」
それもそうなのだが、火音がタブレットやパソコンを床に置くので掃除がしずらいのだ。
ただ、ここに置くと火光が嫌がりそうなので困っている。
「火光は床で寝てることが多いからね」
「頭ぶつけそうなんですよね」
「こっちに置いたら? それかそっちか」
炎夏が火音の頭側、肘掛の横を指さした。
ソファはコの字型に置かれているので角が空白なのだ。
「絶対火音さんが蹴ります」
「蹴るだろうな」
火音はどちらの向きで寝るか分からないのでどちらに置いても危ないのだ。
皆に呆れた目で見られるが気にしない。性格という名の個性だ。
火音はふと起き上がるとどこかに歩いて行った。
「猫みたい」
「猫より気まぐれですよ」
「月火と同じだね」
月火は水月を黙らせると水月の鞄の近くにある紙袋に視線を向けた。
昼間はクッションの最高傑作を取りに行っていたのでたぶんそれだろう。
何も言わずに自ら持ってくるのを待っているがいい加減思い出せ。
「……兄さん、あの紙袋は?」
「あ、そう忘れてた。クッションの新しいやつ」
明日になったら言い出せずに黙ってただろうなと思いながら受け取った。
確かに月火が求めていたものに限りなく近い、が。
「この素材なら量を減らすか中段を薄くしないと邪魔です」
「厚みね」
「あとファスナーも痛いです」
「ファスナーも」
水月はソファに座るとそれをメールで送信する。
「……明日、改良版持ってくるよ」
「ブラックになりかけじゃないですか」
「なんか休んでくれないんだよね」
本人たちのやる気なのだろうが体調を崩さないか心配だ。
月火が少し心配していると火音がスケッチブックと鉛筆を持って戻ってきた。
どうやらデッサンをするようだ。
「新しいクッションです」
「……いらない」
「じゃあ澪菜さんにあげます」
「いいの!? ありがとう〜!」
澪菜は嬉々として受け取るとそれに抱き着いた。
月火のような大人びた顔ではなく年相応の愛らしい顔なのでタイプは違うものの美人だ。
澪菜はクッションを抱いたまま結月の膝に寝転がった。
「ちょ、澪菜……」
「おやすみ……」
そのまま澪菜は眠りにつき、玄智は起こそうと手を伸ばしたが結月に止められた。
「夫婦と子供だな」
「ですね」
炎夏と月火はその姿を写真に撮り、火光に送り付けた。
月火の方にはズルいと、炎夏は既読無視だ。
せっかくスケッチブックを持ってきた火音は飽きたのかスケッチブックを下に置き、タブレットで描き始めた。
月火はスケッチブックを机に置きに行く。
「こっちもこっちで」
「ねぇ〜」
それから皆が和やかに話しているといきなり火音が叫んだ。
耳元で叫ばれた月火は耳を塞ぐ。
「データ飛んだ」
「あーあ」
「背景いけたのに……」
「あーあ……」
前もこんな会話をした気がする。
火音は溜め息を吐くと床にタブレットを置いて本を読み始めた。
今日は飽きっぽい。
「火音先生って裏表が激しいね」
「これよりマシだと思え」
「私ですか」
月火が破顔すると火音は面白がるような目で見下ろした。
「自覚あるだろ」
「どうでしょう」
つまらなさそうに口角を下げると月火に手を伸ばした。
パソコンを渡すと仕事を始める。
本当に飽きっぽい。
「そう言えば火音先生がいっつも読んでる小説がアニメ化するらしい」
「へぇ」
「興味無さそうですね」
「アニメ化って失敗多いじゃん」
声と動きが付くことにより自分の想像とかけ離れたら最悪だ。
読む気が失せてしまう。
火音がそう言うと結月は首を傾げたが炎夏は深く頷いた。
「炎夏ってアニメとか声優好きだよね」
「面白いし」
「部屋はごく一般的だけど」
誰にも見せていないが自室はグッズが多い。
アニメのグッズより声優グッズだ。
「そう言えば、皆って火光の趣味って知ってる?」
火光がいる場では絶対に出来ない話題だ。
水月が皆を見ると皆が首を横に振った。
「あれだろ、映画と時計。あと資格取得」
「そうなの!?」
炎夏が軽く頷いたので水月は目を輝かせた。
「なんで知ってるんですか」
「晦先生と話してたの盗み聞きした」
「あー確かに先生って映画詳しいね。聞いたら全部答えてくれるし」
「聞いたら何でも答えるけどな」
映画に限らず何でも答えてくれるのが火光と火音だ。それと月火と水月。案外多い。
「火音の誕生日に時計あげたのは趣味で知ってたからかな」
「誕プレ?」
「ずっと付けてるでしょ」
玄智が目を瞬くと水月が火音の腕を指さした。
火音が左腕を上げる。
「去年の……いつだっけ、年末? からだよね」
「そう、誕生日と言えばね〜!」
水月はいつの間にか絵を描き始めていた月火とパソコンに向かっている火音の誕生日が同じだったことを伝えると皆が大声で驚いた。
二人とも色違いの遮音イヤホンを付けているので気付いていない。
月火が欲しいと零すと火音が自分のもののついでに買ってきてくれたのだ。
二ヶ月間の食費を免除した。
月火が火音のタブレットで絵を描いていると玄智が眠たそうにあくびをしているのに気がついた。
「寝ますか?」
「まだ大丈夫だけど。……澪菜どうしようかな」
「泊まればいいでしょう。結月と澪菜さんは私の部屋で男子はリビング」
「いいの?」
玄智が目を丸くすると月火は頷いた。
「俺は帰る。明日朝練あるし」
「今度はなんの手伝いですか」
「卓球に助っ人で呼ばれた」
「人気だねぇ」
水月が炎夏の頬をつつくと月火の拳骨が落ちてきた。
皆がケラケラと笑い、水月は頭を抱える。
月火の拳骨と火光の手刀は凶器だ。思っている数倍痛い。
「なにしてんの」
パソコンを閉じた火音が水月を見ると水月は涙目の顔を上げた。
「殴られた」
「制裁を加えたんです」
言われただけで痛みが伝わってくる。
火音も頭を押えた。
「手加減を覚えろ」
「手加減したら意味ないでしょう」
「十分意味はある」
手加減して普通の人程度だ。
月火が膨れっ面になったので頬をつつけば叩き落とされた。
その日の夜、まだ四時かその辺り。
もう夏だと言うのに太陽が登りかけの時間、月火の寮に悲鳴が響いた。