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妖神学園  作者: 織優幸灔
二年生
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十 反省の意味

 玄智のいじめが分かってからしばらくした後の放課後。

 授業を終えた月火は玄智の手を引いて陸上部に向かう。


 あの後、綾奈から話を聞いた知衣が空いた時間に玄智の傷口を素早く縫ってくれた。


 よく、髪の毛を剃って坊主にすると言うが綾奈は軽くピンで止めるだけで縫ってくれてもう抜糸済みだ。


 顔の青あざも黒葉が治してくれた。


「澪菜さん、ガトーショコラは喜んでくれましたか」

「うん。僕も食べようと思ってたのに一人で全部食べてた」

「あれを!? お、おおっ……成長期ですねぇ……」


 月火が五号の型を貸してガトーショコラを作っていたがあれを一人で食べたのか。

 思ったより食べた。


「部活終わりでお腹すいてたんだって。晩御飯もいつも通り食べたよ」

「ほへぇ……それだけ食べてあの細さは羨ましいです」

「月火もめっちゃ食べてるじゃん」


 そんなことはない。余った夕食を平らげた後にケーキを食べる程度だ。


 どう頑張っても太れないことに気付いたのでもう諦めた。


「僕、澪菜の水泳見に行く約束してるんだけど……」

「妹のためといって結月を見に行くわけじゃありませんよね?」

「ちちち違うよ!? 何言ってんの!?」


 顔を真っ赤しにして首を横に振る月火は小さく笑うと校庭に降りた。

 校庭のグラウンドの前では半数ほどの部員が不思議そうな顔をしたままストレッチをして、例のあの日いたほぼ全員は火音の目の届く範囲で立ち尽くしている。


「火音先生」

「早かったな」

「掃除が早く終わって」

「月火と結月の神業だよあれ。ぜひ見てほしかった」


 一体何が行われたのか。


 まぁそんなことはどうでもいいので月火をストレッチに混ぜて離れた所に三十人を呼んだ。

 もちろんたまたま来ただけの女子二人は月火側だ。


「え、先生……」

「大丈夫。何もしないから」

「本当……?」


 火音が裏切るとは思えないがあの好奇の目が思い出される。


 玄智が少し怯えて後ろに下がると少し庇うように立ってくれた。


「まず初めにお前らの処分について。主犯格の四人は退部、残りの全員は来年まで試合に出さないし部活では走らせない。やるなら自分たちでやってろ」


 火音が来る前まで陸上部は酷い惨状だった。

 運動大好きの麗蘭がごねた元顧問にキレて即刻解雇したのだ。


 暇だった火音が勝手に任されていた。知らぬ間に。


「酷いです先生! 私達は今年で中等部最後なんですよ!? 転校する子だっているのに!」


 一人の女子の抗議に何人もの賛同者が声を上げる。もう救いようがない。


 火音は大きな溜め息を吐くと睨んで黙らせた。


「何回言えば分かる? それを分かっていながらたかが嫉妬如きで玄智を集団いじめ。今回は頭が切れただけで月火の知識があったから大事に至らなかっただけで、腕が折れてたら、足を捻挫したら? お前らみたいに椅子に座って勉強するコースと違って一日の半分は運動なんだぞ? 責任取れんのか?」


 火音とて教師だ。

 間違えた生徒は正しい道に戻し、それでも無理な生徒は徹底的に突き放すのが基本だと思っている。異論は認めない。


「もし今の言葉が分からない奴がいるなら今すぐ出てこい。腕でも足でも折って体感させてやる」

「先生やりすぎ……!」

「やりすぎなもんか。殴られないだけ、蹴られないだけマシだと思え。お前は両方やられてんだから」


 玄智が少し眉尻を下げると月火が戻ってきた。


「玄智さん用事があるらしいので先に帰してあげてください」

「分かった。お前はさっさと戻れ」

「ひっど」


 月火は不満そうな顔をしながら駆け足で戻って行った。


「……で、玄智に言う言葉は?」

「……すみませんでした」


 主犯格の一人が少し顔を逸らして小さく呟いた。


「誰が? 何に対して? 言葉が足りない。言われたからやってるだけだろ」


 火音が見下すと男子生徒は皆を見て頭を下げる。


「お、俺たちが……玄智さんをいじめたこと……を謝ります。……申し訳ありませんでした」

「……蹴ったのはお前だけ? 殴ったのは、人がいじめられてるところ見て嗤ったのは? 崎橋(さきばし)だけか?」


 いい加減暑くなってきた。

 タオルを持ってくるのを忘れたのをさっき気付いたのでまた月火のを取ろう。


 火音は皆が頭を下げたのを見て玄智を見下ろした。

 小さく頷いたので静かに返す。


 火音が解散と言おうとした時、誰かが手を上げた。


「……なんだ、開尾(あくび)

「今の聞いてて思ったんですけどぉ。妖輩ってそんなに大切なんですかぁ?」

「んなわけないだろ。この前、陸上部の最後の妖輩が転校したし」

「でもぉ、私たちの勉強はただ机に向かってるだけって馬鹿にして妖輩の運動漬けは棚に上げてましたよねぇ? 自分の出身コースがそんなに偉いんですかぁ?」


 これは面倒臭い奴が絡んできた。


 開尾は情報コースで成績上位者だが極度の運動音痴だ。

 陸上部でドベ争いをしている。


「あのなぁ。お前は言葉の解釈を間違ってる」

「どう?」


 火音が言いたいのは妖輩どうこうの話ではなく、自分たちの行いで被害者の生活に影響が出たら責任は取れるのかと問うているのだ。


 だからもし、パソコンを使う情報コース生がいじめにあって指を骨折したら、手首を骨折したら火音は今と同じように責任は取れるのかと聞いただろう。


 誰がどう偉いかではなく、加害者が被害者の責任を取れるのかと聞いているのだ。


「分かったか?」

「……はぁい。でも、見てた私達には関係ないですよねぇ? いじめを見て怖いと思うのは当然だしぃ。被害に会いたくないしぃ。それに私は頭がいいので私の代わりは誰にも務まりませんよぅ?」


 この辺りで月火を呼んでおく。


「関係ないって言うならなんであの時残った? 罪悪感だけで残ったならはた迷惑な話だ。自分の判断で残ったのに俺に文句を言われても困る」

「でもぉ」

「でもぉ、あのまま嘘吐いて私についてきたら火音先生が怒りますもんねぇ? 怖いですよねぇ、この人」


 いつも絶好調な月火がやって来たので首にかかっていたタオルを取って、残りの二十九人を解散させた。


「そうですよぅ。大会に影響出るって言って……」

「ねぇ。人が殴られて泣いてたのを見て嗤っただけなのになんで怒られるんでしょうね? 不思議〜。そう思いませんか? 思うからこうやって抗議してるんですよね? 良かった、気が合いそうです。じっくり三時間話し合いましょう」


 どうやら部活が終わるまで詰める気らしい。


 開尾は唖然としたようで火音に助けを求めたが不敵な笑みを浮かべると目を見開いで月火に連れて行かれた。




 もう夏なので七時でも明るい。

 ここは基本、全寮制なので校庭は八時までは使える。

 ただ、生徒の生活や回復の時間、勉強も必要なので七時までのところが多い。


 冬は五時半などのところもあるが大会前だと根を詰めるところも多いようだ。

 陸上部は大会前だけ自主練習自由にしている。


「お疲れ様でしたー」

「お疲れ。水分取れよ〜」


 火音は月火が忘れて行った水筒と自分の水筒を持つとタオルで汗を拭きながら下駄箱向かう。


 すると中等部二年の創杯(そうはい)が走ってきた。


「火神先生!」

「なんだ」

「月火先輩ってすごく走りが早いじゃないですか! でも去年の体育祭では火神先生が勝ってたのでどんな訓練してるのかと思って! 二人は同棲中なんですよね。何か食事にも気を付けているんですか?」


 今、色々と誤解が出てきた。


「同棲中じゃない。意味分かってるか?」

「一緒に暮らすことですよね?」


 そうだが違う。


 火音が正しい意味を教えると創杯は破顔して顔を真っ赤にした。


「す、すみません!」

「いや、いい。言葉を勘違いしてるだけならな」


 中には二人が本当に同棲中だと思っているものもいるのでこういうのは珍しいパターンだ。


「うーん……特に訓練はしてないな。妖輩の訓練に興味があるなら二年の水神に聞いてみろ。全部見してくれるから」

「分かりました!」


 素直だ。

 創杯を見送ると今度こそ下駄箱に行った。


 校内に入った瞬間、誰かに抱き着かれた。

 全身に鳥肌が立ち、人の生暖かさで吐き気がする。


 それを突き飛ばしてその場を飛び退くと神崎(かんざき)が後ろに手を突いていた。


「いったーい……。驚かせすぎちゃった?」

「気持ち悪っ……」


 火音は身震いすると水筒をロッカーの上に置いて靴をさっさと履き替えた。

 教師の下駄箱は三段の小さなものなので上に物が置きやすい。そして今日、今、上に物を置いたことを初めて後悔した。


 神崎は火音の水筒を取るとそれを開けて飲んだ、直接。


「……買い直し……」

「関節キス! お水だ〜。お茶じゃないんですねぇ」


 火音は靴を履き替えると月火の水筒だけ持って寮に向かう。

 その間もしつこく付いてきたが全無視しておく。


 手のひらを袖で包んで取っ手に手をかけると鍵が掛かっていた。

 まだ帰ってきていないらしい。


「ここって火音様のお部屋じゃないですよねぇ? 誰ですか?」

「月火」

「……なんで入ろうとしてるんですか」

「俺の部屋でもある」


 火音は鍵を開けると廊下に荷物を置いてまた鍵を閉めると月火を探しに行った。


 連絡すると道場にいるというので渡り廊下からそのまま向かう。

 その間も神崎はずっと付きまとってくる。

 特に月火との同居についてはしつこい。


「なんで住んでるんですか? 潔癖だから誰の部屋にも入れないし部屋に入れれないんですよね? 触ることも食べることも出来ないって」

「いつの話だよ」


 もう一年近く前だ。

 火音が眉を寄せると神崎は目を輝かせた。


「じゃあ触ってもいいんですか!?」

「それは無理」

「今度お菓子持っていきます!」

「それも無理」

「……食堂でご飯は?」

「それは嫌」


 無理だが嫌の方が強い。


 火音が断ると神崎はへの字口になった。


「変わってないじゃないですか」

「どうかな。月火ー?」

「はーい」


 声を掛けて扉を開けると何故か月火は開尾の上に座って飴を舐めていた。

 否、棒を噛んでいるだけで飴は噛み砕かれて頬の中にある。


「何してんだ」

「遊んでたら気絶したんですよ。小心者でした」


 月火は開尾の肩を蹴って気付かせると傍に鍵を落とし、道場を出る。


「……大丈夫ですか」

「一応。それより水筒買って。こいつに口付けられた」

「勝手に? うわぁ……」


 月火は神崎を見ると顔をしかめた。

 しかし神崎はそれどころではない。


「なんで二人が同居してるの? 舞鈴(まり)だって火音様のこと好きなのに」

「何故でしょうね。勝手に住み着かれてるだけです」

「俺が住み始めたから引っ越したんだろ」

「だって出て行かないじゃないですか」


 あの頃の謙虚な火音は何処(いずこ)へ。


「な、じゃ、じゃあ……園長も知ってるってこと? 火光先生も? 水月様も?」

「あの二人も住み着いてるようなものですからね。だいたい皆知ってますよ」

「そんな……舞鈴は……頑張ったのに……」


 月火は足を止める神崎を見ると特に何かをすることもなくそのまま火音を見上げた。


「夕食何にします?」

「親子丼か唐揚げ」

「肉ですね。鶏肉」

「もも肉がいい」


 目に写る二人の背中が歪み、頬に生暖かい涙が流れた。

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