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妖神学園  作者: 織優幸灔
二年生
59/201

九 休日の問題

 ある日の休日、皆が学園の創立記念パーティーを意識し始めた頃だ。


 すっかり顔色の良くなった水月が月火に何かを渡してきた。


「なんですかこれ?」

「結月ちゃんの招待状。花は並んでた方がいいでしょ?」

「渡しておきます」


 それと、と続けて水月が裁縫用メジャーを出した。


「いい加減採寸しようか」

「……結月に渡してきまーす」

「呼んできてねー?」


 水月が月火を見送るとソファでクッションを抱えてスマホをいじっている火音に呆れた目で見られた。


「十六の女子だぞ。兄に採寸されたくはないだろ」

「そう?」

「……可哀想に」


 愚痴られた火音は知っているが月火は元々結月と採寸し合う約束をしていた。

 水月から逃げるための策略だ。


 それからしばらくすると月火が帰ってきた。


「おかえり」

「採寸はしてきましたから。火音さん、ドレスの案出来てます?」

「はい」


 水月は目を丸くするとメジャーを後ろに投げて全開の鞄に入れた。


 月火は結月に原案の中でどれがいいかを聞くと、スマホで注文表にスリーサイズと計十一箇所のサイズを記入する。

 月火のアパレルブランドはネット注文も受け付けている。


 月火のは水月に連れられて本店に視察ついでに見に行くことになっているので結月のものだけだ。

 友人価格として五十パーセントオフにしておいた。


 このブランドは女性専用と男性専用の二種類を兼ね備えているので年少から高齢まで皆に満足して貰えるよう最善を尽くしている。


「……よし」

「じゃあ月火のドレスを買いに行こう」

「なんかやだなぁ……」

「なんで〜?」


 月火は真顔で水月を見ると部屋に下がって着替えたら何も言わずに出て行った。

 しばらくしてから火音のスマホに一人で行くと伝えろと連絡が来た。


「月火に嫌われた」

「いや普通だろ。思春期真っ只中だぞ」

「ちぇ〜」


 水月は床に寝転がるとうつ伏せで仕事を始めた。


 この兄は過干渉すぎる時がたまにある。

 月火が露骨に嫌がれないせいでかなり押し付けるのだ。


 愚痴られた時に次こそはと意気込んでいたが今日、何も言えていないところを見るとしばらくは苦労する気がする。


 どんまいと連絡すれば助けてくれと返ってきた。嫌だ。




 翌日の午後、月火がキャンバスを片手に皆に注目されながら嫌々歩いていると麗蘭と出くわした。


「展覧会の油絵か」

「はい。美術室に持っていく途中で」

「そうか。……月火、後でバド部に顔を出せ。その後は陸上部だ」

「何故?」


 月火が眉を寄せて首を傾げると麗蘭は少し気まずそうに顔を逸らした後、ハッとしたように月火の奥を見上げた。

 何かと思って見返したらその隙に逃げられる。


「……経費削ってやろう」




「失礼します。展覧会の油絵を持ってきました」

「月火さーん! ありがとう!」

「久しぶりです宿雨(じゅくう)さん。お願いします」

「はいはーい!……あ、かっこいいサインが入ってる。火音先生と似てるね。じゃあ預かりまーす!」


 一通り独り言を呟いた後、慣れたようにキャンバスを持ち上げて倉庫の中に入っていった。


 月火は寮に帰るとジャージに着替えた。


 今日は水月は事務仕事、火音は午後から部活の顧問で火光は晦に綾奈に怪我をさせたからと言って振り回されているらしい。今朝から姿が見えない。


 月火がバド部に行くと渡り廊下沿いの側面出入口から炎夏が出てきた。


「なんで月火が」

「麗蘭に呼ばれました」

「呼び捨て……。まぁいいや。顧問呼んでくる」


 炎夏は部活には所属していないが月火の運動部版で、運動部に色々と駆り出されているのだ。

 今はフォームを見せたり練習試合に助っ人として入ったり基礎練習を叩き直したりしているらしい。


 月火は全般、炎夏は運動部、玄智は文化部という感じで駆り出されることが多々ある。


 月火が待っていると顧問が出てきた。


 名前は知らない。

 中等部の教師だ。


「初めまして、谷影(たにかげ)です。……謹慎してる方の兄です」

「あぁん……あの……」


 月火の腕を骨折させて夏休み明けまで謹慎処分を食らったあれの兄だ。

 同じ顔というか同じ雰囲気なのでたぶん同類だろう。

 横目で谷影兄の後ろにいる炎夏を見ると真顔で首を横に振られた。


「……月火です。何をすればいいんですか」

「ラケットの整理をお願いします。なんでもやってくれると聞いたので」


 全て折ってガットを破いてやろうか。どうせ買って寄付したのは神々だ。


 網であるガットが破けるか緩むかしたら確実に使い物にならなくなるので買い替えるか張り直すかになる。

 今はそんな資金がないのでしばらくは困るはずだ。


 月火が悪い顔をしながら整理していると頭を軽く叩かれた。

 見上げると何故か火音がいる。


「何やってんだ」

「ラケット整理です。やれと言われたので」

「そんなんやってる暇あるなら陸上部の手伝え。谷影、これ貰うぞ!」

「はぁ!? って火音さん!?」


 谷影兄弟、まぁ双子だが、あの兄弟は学生時代に二度か三度絞めているので火音を見れば黙って頷く。いつもは。


 どうせ火音が暴行しないと分かっているのだろう。弟と似て非なる顔で近付いてきたので月火を離してポケットに手を入れる。


「なんで俺が借りたもん取られなきゃなんねぇんだ火音さんよぉ! お前火神から落ちぶれたんだって!? 学生の頃はあんなに家柄盾にしてたのになぁ!」

「あーうん。神々の傍系だった」

「……けっ! たかが傍系だぁ!? 底辺双葉のお前が谷影社の息子に楯突いていいのかなぁ!?」


 だいぶん近寄ってきたので後ろに下がる。気持ち悪い。


 火音が体育館から出て階段ギリギリまで下がると谷影はさらに近寄ってくる。

 これは録音録画していたら弟と同じ目に合わせられるやつだろうか。


「なんだぁ!? 教師になってから殴らねぇんだろ? なんか言い返してみろや!」

「気持ち悪い。下がれ。距離感バグりすぎだろ」


 火音が顔をしかめると谷影は青筋を浮かべた。


「はぁ!? はっ! 大好きな弟とのちゃっちい約束で手も足も出せないもんな! ほら、やってみろよ! 約束破っていいのかなぁ!?」

「じゃあ遠慮なく」


 火音は片足を抱えると谷影の腹を蹴り飛ばした。


「っ……鈍ったな」

「最近任務に行ってませんからね」

「録音録画は?」

「バッチリ」


 思考が通じるようになってよかった。


 もう炎夏は諦めたのかバド部をまとめて練習を始めた。人をまとめるのが上手い。


「いってぇ……な……教師がそんな事して!」

「お前の弟は生徒の腕折ってんだよ。同じことやってやろうか」

「きょ、脅迫だぞ!」

「罵詈雑言吐き散らして何言ってんだよ。お前が脅迫だなんだって騒ぐなら名誉毀損と精神的苦痛で鬱になったって訴えるぞ」


 袖を引かれ、火音が見下ろすと月火はにこりと笑った。


 後は月火に任せて火音は外の空気を吸う。

 後ろから毒をたっぷり含んだ言葉と谷影の悲鳴が聞こえるのは神々流の子守唄として捉えておこう。


 火音が渡り廊下でスマホをいじっていると月火が戻ってきた。


「炎夏さんが処理して下さるそうです」

「じゃあ第二音楽室行くぞ」

「音楽室?」

「今日は中練」


 正確には第二音楽室ではなく、第二音楽室から保健師まで続く廊下で筋トレだ。


 今日は中等部だけなので人数は少ない。

 三十人程度だ。



 二人が少し駆け足で第二音楽室に行くとこちらでもまたトラブルが起きていた。


 何かと思えば玄智が陸上部の中等部三年に集団で蹴られている。


「綾奈は……いないか。崎橋(さきばし)!」


 火音が鋭い剣幕で玄智を蹴っている生徒を呼ぶと崎橋はハッとして振り返った。

 火音を見て顔を真っ青にする。


「あ、先生……」

「お前なぁ。教師見て怯えるぐらいならやるなよ。歳上蹴る勇気があるなら教師にも刃向かってみろ」

「ちょっと。教師が誘発してどうするんですか」


 月火は玄智の傍にしゃがむと顔を上げさせた。

 気絶しているがこめかみや額に青アザが出来ている。

 何故こんなことになったのか。


「……大会の出場者は見直しだな」

「そ、そんな……!」

「でも先生! 中等部で最後の大会で……!」


 生徒が火音に駆け寄ると火音は目を丸くしたまま首を傾げた。


「は? 大会目前に問題起こした自分の責任だろ。……立てそうか」

「気を失ってます」


 月火が玄智を仰向けにしようとした時、手が濡れた感覚がした。

 まさか。


「……切れてます」

「綾奈と晦はいないし知衣は……なんかあるって言ってた気がする」

「仕方ありません」


 月火は圧迫止血すると傷口を押えたまま火音に保健室内に運んでもらった。


 月火とて医療コースは満点で卒業しているのだ。

 実技で縫合は出来なくとも手当のやり方ぐらいは知っている。


「……他に外傷はなさそうですね」

「とりあえず綾奈に連絡入れとく。休日だしいなくても仕方ない」

「気が付くまでは掃除ですよ」


 玄智の血で廊下は一見すると殺人現場に見える。


 月火が玄智の顔に付いた血を拭っていると火音は綾奈に連絡してから全員に声を掛けた。


「共犯者は残れ。無関係なら月火について行け」

「私!?」

「毎日基礎はやってるだろ。全く同じのをレベル下げるだけだ。お前も鈍らないうちにやっとけ」


 火音は玄智の血を拭き終わった月火を立たせると時間を見た。


「……美術室前使わせてもらえ」

「分かりました」


 火音は火光から貰った時計を常に付けている。

 寝ている時は知らないが風呂以外は常備だ。


 時間を見た腕を下ろすとまたポケットに突っ込んだ。

 ジャージのポケットに手を入れるのは昔からの癖だ。


 部員が揃っていることを確認すると天女よりも美しい笑みを浮かべる。


「それじゃあ、それぞれ正直に行動しろ。共犯者は居残り、無関係なら練習だ。嘘が分かったら今後の大会に影響が出ると思え」


 驚くべき事に、無関係なのは二人だけだった。

 後ろで怯えるように見ていた女子もほとんど共犯で笑っていたようだ。


 二人は今日、予定がなくなったのでたまたま参加したらしい。


「……計画的にですか」

「だろうな。玄智が何したってんだ……」

「人の恨みはどこから来るか分かりませんからね……」



 そしてこれは後日談。

 澪菜に嫉妬した水泳部員が陸上部の姉に相談し、澪菜を庇っている兄が弱いのでリンチしようということになったらしい。

 玄智は罪悪感で泣き続ける澪菜のために今度は澪菜の世界一の好物であるガトーショコラを作ると意気込んでいた。

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