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妖神学園  作者: 織優幸灔
二年生
58/201

八 綾奈の思考

「パーティー?」


 月火は少し疲れた表情を見せる水月を見上げ、首を傾げた。

 学校が終わった放課後。

 月火は帰る途中だ。


「うん……。生徒は全員参加で月火の兄と教師の火光も火音も出ろって……」

「それはまた面倒臭いものを。……兄さんが私のドレス姿見たさで提案したのでないなら大丈夫です」

「違う! そんな迷惑かけない!」


 分かっている。ただの冗談だ。


 月火は軽く頷くと水月の頬に触れた。


「疲れが見えます。明日から二日間休みを取るので休んで下さい」

「でも繁忙期だし……」

「私の会社なので大丈夫ですよ。休んで下さい。休みなさい」


 水月は隠蔽工作が妙に上手い。

 不祥事やあってはならない事故に関することもそうだが自分の体調不良や怪我、ストレスまで全て溜め込むので時々だが無理矢理休ませる必要がある。


 神々社は水月がいないと回らないが月火社は大丈夫なので定期的に休ませている。


 水月の少し表情を緩めると小さく頷いた。


「分かった」

「お二人さーん。楽しそうだねぇ」

「ちょっと先生」


 どこからか現れた火光は水月と月火の間に割り込むと二人の肩に手をかけた。


 もう七月だと言うのに三人とも長袖長ズボンだ。


「……ふーん、創立記念パーティーね。六百年だっけ」

「六百三十年」

「六世紀も建ってたらたった三十年なんてちっぽけなもんだよ」


 水月は月火の兄として、火光と火音は教師として強制出席だ。


 稜稀(いづき)水哉(すいや)は先代なので放置でいいし紫月(しづき)もやらかされたら困るので放置でいい。


 麗蘭の五つ子姉妹も出るだろうし院長として知衣と下二人も出席することになるだろう。


 あとは学園を援助している会社の大手会社の社長と副社長、妖神学園出身の芸能人も何人が来るかもしれない。


 かなり大人数だ。


 六百三十年もやっていたらいちいち祝っているとキリがないので七百年になるまでは十年に一度と決めたらしい。それでも多いが毎年じゃないだけまだマシか。


「この多忙な時期に……厄介な事を」

「ごめんね」

「兄さんが謝ることじゃありません」

「水月は抱え込みやすいからね。ゆっくり休んで」


 二人が水月を慰めていると職員更衣室から火音が出てきた。


「あ、ラッキー」

「なんですか。走りませんよ」

「傷治ったろ。エースがリベンジだって燃えてるぞ」

「油絵終わらせたばっかりなのにぃー!」


 月火は火音に引きずられていき、水月と火光はゆっくりと手を振った。


「仲良いね」

「後で見に行ってみよう」

「うん」


 水月は職員室にお邪魔すると火光の後ろでパソコンを打つ。


 火光の机は常に仕事で溢れているので他人が入る暇はない。

 真横の火音を見習ってほしい。


「さっそく費用が回ってきた」

「気持ち悪くなる数字だね!」


 月火から休みを言い渡されたのは明日からだ。

 今日はまだ大丈夫。


 水月は火光の後ろからマウスに手を伸ばし、火光は水月のパソコンで別の仕事を済ませる。


 水月は基本、経費などは暗算である程度答えを出し、少し余分に月火に頼むので糖分が必須になるのだがその時に火光が飴をくれるので助かる。


「……馬鹿高いんですけど。これ完済できるのかな……」

「搾り取るんじゃなーい?」

「月火に相談しないと……」


 二人が少し話しながらお互いの仕事をしていると麗蘭がやって来た。


「場所変わればいいのに」


 兄弟揃って面倒臭いというのは流石神々の血筋と言ったところか。


「水月、パーティーの件は頼むぞ」

「今やってんだよ。邪魔しないで」

「何しに来たの」


 この兄たちは妹がいないところでは豹変するのが常だ。

 妹は兄の前でも豹変するようになってしまったが二人は分厚い猫を何枚も被っている。


「要件ないなら出てってー?」

「ある! 月火はどこだ」

「校庭。自分で探せばいいのに」

「あの録音音声まだあるんでしょ。人に頼る前に自分でやって」


 妹も痛い所を突いてくるが兄は突いてえぐってくる。

 本当によく似た兄弟だ。


「……なんかこれおかしくない」

「どれ?」


 火光はパソコンを机に置くと水月に指をさして確認する。


「……ズレてるねぇ」

「月火ちゃーん……」

「いや、たぶんこれ僕かな。直すよ」


 水月はタッチパネルでズレているところを全て選択すると一括移動をしてから下の表に正しい数字を入れた。


「これで問題ないはず」

「やっぱり疲れてるんだよ。ミスなんて何ヶ月ぶり?」

「言うても五、六ヶ月だよ。月火みたいに続けて上手く出来ないんだよね。やっぱ才能かな」


 火光と水月が器用な体勢で仕事をしていると窓から月火が見えた。


「……いつまで突っ立ってんの?」


 火光が腕を組んで仁王立ちしている麗蘭を見ると奥に裏口から入ってくる月火が見えた。


「失礼します」

「どうぞ〜」


 晦に許可を貰って中に入る。


「変な体勢ですね。効率悪そうです」

「腰が痛い」

「帰ったらいいのに」

「……終わった! 火音の部活見に行こうと思って」


 耳元で叫ばれた火光は耳を塞ぎ、水月を見上げた。


「ちょっと」

「ごめんごめん。さ、行くよ」

「待って〜」


 火光は保存してからパソコンを閉じると月火の話を聞きながら麗蘭を押し退けてついて行った。


 麗蘭は溜め息を吐くと火光の机に二通の招待状を置き、綾奈にも渡した。


「パーティー……また面倒臭いのを」

「伝統だ」

「はいはい。知紗(ちさ)にも」


 綾奈は妹の知紗に招待状を渡すと姉の知衣に渡すため六階に向かった。


「……緊急手術?」

「はい。重度の気胸(ききょう)で片肺が半分ほど潰れてしまっている方が搬送されたので」

「じゃあ待っときます」


 知衣は天才名医だ。

 綾奈も多少は継いだかもしれないがまだまだ敵わない。


 それから小一時間もするとケロッとした様子の知衣が出てきた。


「姉さん」

「綾奈、珍しいわね」

「お疲れ様です」

「ただの自然血気胸だよ。それよりどうした?」


 綾奈が招待状を渡して説明すると知衣は軽く眉を上げた。


「月火だけじゃないのか……」

「姉さんが院長なので私と知紗も出ます」

「分かった。助かったよ」

「いえ」


 職場や勤務中は基本的に敬語とタメ口だ。

 保健教師と院長なのでその立場は歴然の差。


 もちろんプライベートは姉妹らしく三人で食事をしたり出掛けることもあるが緊急手術患者が運ばれ、三人同時に呼び出されることも多々あるのでその場合は予定は中断する。


 先日の神々月火の件に関しては正直焦った。


 刺された上に落ちたと言う。

 落下は去年のように九尾が守ったが落下する際に癖で受身を取ったのだろう。

 左半身がズタボロでたいして大きな傷ではなかった腹部も多量出血になっていた。


 元々は右利きだったらしいので完全な無意識だろうが九尾がいてくれて本当に助かった。


 知衣と綾奈で腹部の血管を繋ぎ、知紗が細かい傷の手当を行い、何とか失血死は免れた。


 知紗はよく気が利く子だ。

 水月と同じタイプで、主役としては輝けないが補佐に回れば百人力。本来の輝きを取り戻す。


 自分はそのどちらにもなれなかったのでいたら役に立つであろう保健室に逃げ込んだのだ。

 本来なら知紗がやりたいと言っていたのだが恨まず二つ返事で応援してくれた。


 こうも情けない姉だと惨めになってくる。


 今、火音と月火と言う問題児を二人抱えているが火音と月火の病気が周囲に知られるまでは知紗には言っていなかった。


 知紗は何故かクズの火音を好いているので心配のし過ぎで知紗にも火音にもストレスがかかるのではないかと二人で心配していたので黙っていた。が、それが逆手となり二人の噂が知紗の耳についた時には知衣とともに胸ぐらを掴まれて脅された。


 今度隠し事をしたら縁を切る、と。

 早くに両親が病死し、三人で必死に生きてきたので一人でも欠けたら晦ではなくなってしまう。


 三人でお互い隠し事はしないと約束し、仲直り出来たのでよかった。


 そう言えば今年の二月頃に仲の良かった従姉妹が帰ってきた。

 知紗が毎週、出来なかった分の勉強を教えているのでその笑顔を見て癒されるのが最近の日課だ。


 朱寧(あかね)の弟もご両親も酷く心配していたので大喜びしていた。

 朱寧の一家は孤児だった自分たちを精一杯育ててくれたのでとても感謝し、三人で過去の生活費などを返済している途中だ。


 知紗は親が亡くなったすぐ後に特待生としてその才能を発揮し、妖輩コース、教師コース、弓道部でも期待の星だったのでほとんどお金はかかっていないが姉達が世話になったからと毎月多額の返済金を渡してくれる。

 本当に優しく真面目な子だ。




 何を思ったのか綾奈が六階から一階まで階段で降りていると二階に差し掛かった辺りだろうか。

 元々運動音痴の綾奈だ。


 階段のわずか数ミリの段差につまずいて階段から真っ逆さまに落ちかけた。


 また迷惑がかかるなーと思いながら重力に逆らわず落ちていると予想外のことに誰かと頭がぶつかった。

 戦場に出ない綾奈が滅多に感じることのない激痛に気を取られているとそのまま二人で倒れる。


「いたた……」

「あ、すみません」


 綾奈がハッとして起き上がると火光が倒れていた。


「ちょ……大丈夫か……」

「うーん、目眩がするけど一応」


 火光が状態を起こしてふと一緒に来た水月の方を見ると構えていたスマホを降ろして逃げて行く。


「待ておい!」

「え?」

「ちょ、校庭で事故ったからまた来て! 先行っとく!」


 火光は飛び起きると階段を全段飛ばして飛び降りて行った。


 綾奈は溜め息を吐くと額を教えながら職員室に戻り、知紗に声をかける。


「校庭で事故ったから来てって」

「頭大丈夫? 怪我したの?」

「あーうん。ぶつかった」

「私が先行くから冷やしてきた方がいいよ。跡が残っちゃう」


 綾奈は頷くと保健室に戻り、額に冷感スプレーをすると痛みが走り、鏡で見ると切り傷が出来ていた。


 鈍臭いと思いながら絆創膏を貼り、柔らかい小さな保冷剤を当てると包帯で止めて校庭に向かう。


 この小さな保冷剤は月火が作って渡してくれたのだ。

 どれだけ凍らせても固くならず、普通の半分ほどの大きさなので重宝している。

 毎年頼んだら嬉々として作ってくれるのだ。


「知紗、様子は」

「姉さん!」


 どうやらリレー中に追い抜かそうとした月火にサッカー部員がぶつかり、ドミノ倒しで追い抜かされそうになった中等部まで倒れたらしい。


 月火が反射的に中等部を庇ったのでまたも左肩をやったようだ。


「……大丈夫、湿布貼っとけば治る」

「良かった。ありがとうございました」


 月火は知紗に頼んで前腕を全体的に擦りむいたサッカー部員と怪我のない中等部の検査をすると立ち上がった。


「綾奈、おでこ大丈夫? ごめんね」

「いや、落ちたのは私だから」

「いきなり降ってきたから驚いて……。水月の写真は消したから!」


 綾奈は首を傾げながら頷くと戻ってきた知紗とともに二人で職員室へと帰った。

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