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妖神学園  作者: 織優幸灔
二年生
56/201

六 貴方の覚悟

 五月蝿い。

 何度も名前を呼ぶな。夢にまで出てくる。


 呼ぶのは誰だ。求めるのは誰だ。探すのは、待つのは誰だ。



「月火……!」

「ん……いっ……」


 目を開けたらこめかみに激痛が走った。


 水月と火光が覗き込み、綾奈も出てくる。

 去年と同じだが今年は火音がいる。


 去年の今頃はまだ全く関係がなかった。

 暒夏と犬猿の仲で月火が中間に立たされるような、それだけだったがいつからだろう。

 火音が月火の寮に住み着くようになったのは。


 いつからだろう。

 意気投合して二人で語り合うようになったのは。


 水月や火光の前では言えない専門用語も火音になら通ずるし、月火の少し特殊な感覚も火音になら通じた。


 思えば共鳴が始まる前から火音の読心術は見事だった気がする。

 今度教えてもらおう。夜中の茶会の時間にでも。


 そんな事を考えていると今度は睡魔に襲われ、まぶたが落ちた。



「どういうことですか!?」


 金切り声が鳴り響き、目を覚ました。


 黒葉が心配そうに覗き込んできたので薄く微笑むと頬ずりをしてきたのでまだ少し痛む額を我慢して寄り返す。


「起きたか」


 少し安心した様子の火音が覗き込んでくる。


「おはようございます……何日ですか……」

「その日の夜。まだ二、三時間しか経ってない」


 まだ大丈夫なようだ。

 月火が安心すると綾奈が覗き込んだ。


「体調は大丈夫? 熱はないみたいだけど」

「……大丈夫です。特に不調はありません」


 月火が確認してからそう言うと綾奈は少し安心したように肩の力を抜いた。


「良かった。腹部に深い刺傷があるから起き上がれないよ。知衣と知紗が空いてたから緊急手術で破れた血管を繋いで止血したところ。太い血管は見事に避けられてたけどね。合併症は出ないよう善処するから」

「ご迷惑お掛けします」


 綾奈は仕事のうちだと言って笑うと月火の怪我のない頬を撫でてからカーテンの中を出て行った。


『主様……死なないで……』

「大丈夫ですよ。黒葉が守ってくれたのでしょう」

『白葉みたいに上手く出来なかったから……』

「下手でこの軽傷なら黒葉のレベルは高すぎます」

「何が軽傷だ」


 残念ながら腹筋のど真ん中を刺されたので体に力を入れると激痛が走るので顔は見えないが声的に火音だろう。火音だった。

 麻酔のせいが少し頭にモヤがかかったような感覚になる。


「誰が知らせたと思ってる」

「お飾顧問……」


 火音に無事な額を弾かれ、口角を下げた。


『火音、主様は怪我人なのよ』

「これは傷より性格を治した方がいい」

『酷いわ! こんなに優しいのに』


 黒葉が尻尾で火音の視界を邪魔するように顔を撫でた。


 火音は尻尾を暖簾のようにどけると傍の椅子に座る。

 外からは氷麗(つらら)の怒声が聞こえてくるが無視だ。


「二度と心配させないって約束したろ」

「心配しないで下さい。……すぐ治りますよ」

「黒葉が左腕の粉砕骨折は治した。しばらく麻痺して感覚が鈍くなるらしい。重症は刺し傷だけだ」


 火音は月火の頬を撫でる。


 花が綻ぶよりも美しく、太陽よりも明るいこの笑顔が無意識のものなら月火が原因で戦争が起こっても仕方がないと思う。

 全てこの美貌のせいだ。


 火音が保健室の扉が開く音と同時に手を戻すと一瞬の間を置いてカーテンが開いた。


「あれ、火音。まだいたんだ。月火は……起きたんだね。良かった」

「ご心配おかけしました」

「無事ならいいんだよ〜」

「無事ではないだろ」


 水月は月火の頭を撫で、火光は月火が眠っている間も外に出て月火を守っていた黒葉を撫でる。


「四日、五日で退院は出来るんだって。その後にまた抜糸するために来るって感じで大丈夫みたい。問題はその間、火音はどうするかって話だけど……」

「絶食は慣れてるけど……」

「けど?」

「終わった後に太りますよ」


 月火も経験済みだが下手をすると元の倍太るのだ。

 運動命の妖輩者にとって、体が重く鈍くなるのは致命的になる。


「いいじゃん」

「嫌味か?」

「いらーい……」


 火音が火光の頬をつねっていると黒葉に遊ぶなと怒られた。

 時々思うが黒葉は母性が強い。

 子供っぽい白葉と月火の面倒を見ているからだろうか。


「誰が餓鬼だ」

「そこまで思ってない」


 勝手に思考を読むなと言えば伝わってくるほど強く考えるなと言われた。不公平だ。


「大丈夫、火光?」

「うーん……でも本当に。知衣に太れって言われてから体重変わってないんでしょ?」

「うん」

「凍えたら一瞬で低体温症になるよ」


 そもそも凍えるようなところに行く気はないので心配無用だ。

 任務だとしても突っぱねる気がする。


「……体重の話はどうでもいい。上手くやれば変わらないし。それより問題は……」

「あっちだねぇ」



 今、カーテンの外では氷麗が怒り狂っている。

 理由は女学院への受け入れを拒否されたからと免除された生活費の請求だろう。


 受け入れに関してはこちらからの推薦は取り消していない。が、生徒を、それも先輩で神々社月火社の社長で神々当主である月火を刺し突き落としたとなれば本人が死んでいなくてもそんな生徒を受け入れるはずがない。

 たとえ私立公立高校でもそれは同じだろう。


 退学処分になった生徒を退学になった学校からの推薦を受けたとして、快く迎え入れは出来ない。


 それはこちらの非ではなく本人または向こうの問題だ。


 生活費免除に関しては寮制学校ならたまにあるがその後、働いて返すのが当たり前なので文句をつける方が間違っている。


 四人が呆れて面倒臭そうな綾奈の声と憤慨する氷麗の声を聞いていると扉が開く大きな音がした。

 相当力強く開けたようだ。


「氷麗! 海依(うみより)の教師を蹴ったってどういう事だ!? 何を考えてる!」


 麗蘭の怒鳴り声が響き、皆が耳を塞いだ。

 月火は点滴やら管やらで手が動かせないのでそのままだが音を脳に伝達途中でシャットダウンする。


 シャットダウンしたので何を言っていたのか分からないが勢いよくカーテンが開いた。


「なんだ、男が揃って」

「兄妹だしいいでしょ」

「何も言ってない。月火、起きてるか」


 麗蘭が覗き込んできたので月火はシャットダウンをやめた。

 向こうからは氷麗のすすり泣く声が聞こえる。


「起きてます」

「規則についてだ。氷麗の処置を決めたい」

「本人が嫌なら退学処分でも転校でも同じでしょう。経歴に傷が付くか付かないかの違いです」


 日本最高峰の学校を退学処分となれば社会に出て避難の目を浴びるだけだ。

 転校と書けば家の都合や何か事情があったのかもしれないと思われる。


 まだ籍は学園にあるのでさっさと転校するか自ら辞めるか、退学処分を受けるか。


 麗蘭は腕を組むと悩み始めた。


 しばらくして顔を上げる。


「停学処分でいい。生活費免除も半減する。今回はこれで手を打とう。本人が学園が嫌ならここに残るのも罰になる」


 麗蘭のそれを聞いて月火は溜め息を吐くと体を起こした。

 黒葉がベッドに乗って背もたれになってくれる。


「ずいぶん甘いですね。私は内蔵の位置が分かっていたので気付かれない程度に避けることが出来ましたが他人が二度目を受けるとなるとそうはいきませんよ。いじめの原因にもなります。神々が支援しているのですから評判ぐらいは保って頂かないと」


 月火は胡座をかくと片膝を立ててほぼ感覚がない左腕を乗せた。


「去年、私が脅迫された女子生徒を守って隠蔽してあげたこと。忘れてないでしょうね」

「……もちろん覚えている。だが氷麗にはそれ以上に才能がある。水神の弟に劣らない運動神経だ。将来はいい駒になる」

「将来いい駒になるからと言って学生時代に起こした問題の処分を甘くするのは貴方自身の失う覚悟が出来ていない故の甘えでしょう。私は甘やかすためにこの身を投げたわけではありません」


 ここでどうぞお好きにと引き下がる気はない。

 月火は神々の当主で学園の支援社として最も大きい額を渡している。

 将来のためと称して甘やかし、愚図を育てる金があるなら火神の屋敷にいる子供達に資金を回してあげたいのだ。


 何のために自分の身分を自覚した上で身を投げたと思っているのか。



 月火の冷たく刺さるような視線に麗蘭は歯を食いしばり、少し俯いた。


 それでいい。


 月火はこの処分に不満があるわけではない。

 罪悪感に揉まれながらも転校を望んだこの学校に留まるのはかなりのストレスだろう。


 それに月火とて使い勝手のいい人材を失いたくはない。


 ただ、それを決めた軽はずみさに問題がある。


 軽く考えて、使い勝手がいいし将来も役に立つ。罰も十分。よしこれにしよう。では麗蘭の覚悟が足りない。


 本来なら退学処分にする生徒を停学処分にするのはかなりの異例だ。

 氷麗はそれだけの人材だが、この噂は瞬く間に広がる。

 園長がサボっている、甘えだと避難する者もいるだろう。


 ここで覚悟を決めなければ後ろから指をさされる麗蘭が耐えられない。

 麗蘭を甘やかせる人はいないのだ。


 園長が不在の学園など回らないし休むことも出来ない。


 もっと慎重な判断の上、本当にその処置で麗蘭が大丈夫なのか、周囲の目に耐えられるのかを今一度問わなければ。


「本当に、その処分でいいのですね? 後ろ指をさされ非難轟々を浴びるのは貴方ですよ?」

「……いい。私が非難されるぐらいで将来、一輪の花となる芽を摘むわけにはいかないのだ」


 妖輩者の育成は常に急務だ。

 自分の精神のためと言ってここで突き放してしまえば、将来国を救うかもしれない人材を潰してしまう。


 それだけは嫌だ。



 覚悟を決めて顔を上げ、月火を見ると月火はにこやかに笑って頷いた。


「園長は貴方です。貴方の覚悟があるなら生徒の私は従いますよ」


 麗蘭は胸を撫で下ろすと氷麗を連れて保健室を出ていった。


 黒葉が器用に手を使って寝転ばしてくれたので寝る時は比較的楽だったがまだ痛い。


「いた〜い……」

「無理するからだよ。安静にしてなきゃ」

「月火って飴と鞭の使い方が上手だよね」

「水月兄さんの手腕ですよ」


 月火は患部を押さえながら火光を見上げた。


「兄さんは操心術が上手でしょう」

「確かにそうかも。言葉巧みに他人を操るよね」

「なんかさぁ。その言い方だと悪巧みしてそうな人みたい」

「それは聞き手側の問題だろ」


 四人が話していると綾奈が知衣を連れて帰ってきた。


 晦や綾奈より知衣の方が腕がいいのは確かだ。

 いくつもの手術方法を提案し、多くの緊急手術や他の医者では発見出来なかった奇病、難病を診断し治す。

 そのため学園の裏にある病院は常に人が出入りしている。


 知衣は普段は学園の六階にある関係者病院にいるが時と場合によっては裏の病院で名医を務め、ある時は妖輩専属病院で院長を務める。


 学園裏の病院は増築中で近々六階と繋げ、妖輩専属病院と一般病院、関係者病院を病棟に分けて合併する予定だ。

 もちろん神々の資金で。


 知衣の知名度ならすぐ返ってくるだろう。


「お疲れ様です」

「本当に。問題児が増えたよ」

「自重します」


 月火は溜め息を吐くと心配してくる黒葉に薄く笑った。


「……今思ったんだけど」

「なんですか?」


 知衣は保健室なのにも関わらず煙草を出して綾奈に取り上げられた。

 少し残念そうな顔をする。


「神通力で傷口だけくっ付けたらすぐに抜糸して明日には退院出来るよ」

「それいいですね」


 確かにそうだ。

 血管は繋がっているのだから皮膚だけ繋げてしまえば内蔵は痛むだろうが生活に支障はなくなる。


 流石に内蔵を治したら麻痺して機能が衰える可能性があるので無理だが皮膚だけなら問題ない。


 月火が納得すると黒葉が勝手に治してくれた。


「……ありがとうございます」

『主様の妖力はまだ少ないから火音の妖力使ったわ。共鳴で出来るみたいなの。たまにね』

「おい俺の妖力」

『おやすみ』


 黒葉は少し安心したのか月火の中に帰って行った。

 黒葉の代わりに月火が睨まれるが周りは分かっていないようだ。

 仕方ない。


「まぁ治ったならいいさ。さ、男は出てけ」


 知衣は三人を追い払うと月火の抜糸を始めた。

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