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妖神学園  作者: 織優幸灔
二年生
54/201

四 部活の見学

 晦が来てから数日。


 今日から火音が平常心の日は出勤するのでいつも通り職員室の前は大混雑だ。


「なんでサボり魔がこんな……」


 ちなみに谷影も処分明けだ。

 麗蘭が給料を三分の一にすると言っていた。


 谷影が小さく呟くと火音が火光に話し掛けた。


「サボり魔だって」


 しかし火光が反応する前にそれを聞いた女子が激怒し、谷影に噛み付かんばかりの勢いで怒鳴ってくる。


 火音がイヤホンを付けて仕事をしていると頭をノートで軽く叩かれた。


「何やってるんですか」

「なんで入ってきた」

「許可は取りましたよ。皆がノートをまとめたので揃って提出します」


 火音はノートを受け取ると五冊に目を通した。

 何故か結月のが二冊あると思ったら歴史について教科書一冊分、隙間なくまとめられていた。


「何に影響されたんだか……」

「月火達が全教科の予習を終わらせたって聞いたからじゃない」

「授業の意味ないだろそれ。てか大学卒業試験どうなった?」


 月火はサインすら書かれなかったノートを受け取ると嬉しそうに笑った。


「全部終わりました」

「化け物め」

「は?」

「用が済んだら出てけ」


 月火は不満が残るまま教室に戻った。



 その日の午後、月火が体育館でシャトルランチャレンジをしていると扉が開いた。


 どうやら雨が降ってきたので一年生が移動してきたらしい。


 月火は気にせずシャトルランを続けるが女子が一人、間に入ってきたので火光に音楽を止めてもらった。


「ちょっと氷麗(つらら)さん! 月火さんの邪魔になってる!」


 晦が氷麗の手を引くと氷麗はそれを振り払った。


「触んな」

「大丈夫ですよ〜。もう二、三回やる程度の体力は残っているので」


 体力は残っている。


 しかし二回目はレベル二十になる前に飽きたので途中で足を止めた。


「どうしたの?」

「飽きました」


 駆け寄ってきた火光はその答えを聞くと呆れ、項垂れた。


 月火は一人でマットを使わずバク転や側転、バク宙を決める氷麗に目をやった。

 皆が晦に見てもらっている間、繰り返し同じ事をやっている。


 運動神経は悪くないようだ。


「あの子が氷麗だって」

「案外普通ですね」

「うん。火音よりはマシだよ」


 火音は弟の火光から見てもやりすぎ魔王だったのでああいうタイプは見慣れている。


 二年生は急遽一年生にアドバイスをすることになり、火光は晦と話し、三人は一年生の二人に教える。


 月火はステージに座り、氷麗は相変わらず一人練習だ。


 月火が茫然としていると突然背中に足を置かれた。


 頭でなかった分、配慮があるのだろうか。


「邪魔なんだけど。目の前に私の水筒あるの分かんないの? どけよブス」

「それは失礼」


 月火は水筒を飛び越えて降りるとジャージを脱いで足の跡を払った。

 この体育館は妙に汚いのでくっきり跡がついている。


「何あの腕。傷だらけじゃん気持ち悪い」

「ですよねぇ。任務を任されない三級と違って元一級は大変なんですよぅ」

「嫌味のつもり? 私は好きで三級やってるから」


 氷麗は鼻で月火を笑うと水を飲んだ。


「あぁ、そうなんですか。運動神経悪すぎて上がれないのかと思いましたぁ。もしかして二級の試験が怖いから三級いるのを好きでやってるって言ってます?」


 月火が眉をあげると勢いよく水筒が飛んできたので反射神経で避ける。


「そんなに重たいもの飛ばしても飛びませんよ?」

「五月蝿い。ここ怪我したんだって?」


 氷麗は月火の右前腕を勢いよく蹴る。

 どうやらバク転や側転ばかり練習していたのは得意が足技だかららしい。


 足の筋肉が発達してかなり早い。


「怪我したからなんですか?」

「は……骨折したんじゃないの。構ってちゃん?」

「単なるヒビ程度ですからね。昔は粉砕骨折したまま戦ってたことありますよ」


 月火はこめかみを蹴ってくる氷麗に笑ってみせる。


「この程度の痛みに耐えられないなら妖輩者なんて出来ませんから」

「それさ、元一般人に対して言える言葉? 私は好きでこんな牢獄に来たわけじゃないし痛いのなんて嫌いなんだけど。なんで赤の他人のために戦わなきゃいけないわけ。あんたらが死ぬ気でやってればいいじゃん」


 戦闘を嫌っているようには見えなかったが自覚している気持ちがそれらしい。


 平和の輪を崩されても嫌なのでさっさと辞めてもらおう。


「じゃあ辞めたら? 親の元に帰ったらいいでしょう」

「それが出来たら……!」

「出来ますよ? なんならやってあげましょうか。私が申請してあげます。意にそぐわない入学は規則違反なので」


 月火が麗蘭と作り上げた規則だ。

 どれだけ強い妖輩者だったとしても本人の意思がないなら入学させないこと。

 入学した後に嫌がったらすぐに辞めさせて元の学校に戻すこと。


「今更辞めてもどこの高校に行けって言うのさ。こんな牢獄で暮らしてる箱入り娘には外の社会なんて分かるわけない」

「そんなことありませんよ?」


 月火は顔面に靴の裏を付けてきた足を肘で殴り落とすと立ち上がった。


「私は神々の社長で人脈も貴方が想像できないほど広いです。貴方の望む高校に入学させてあげましょう。神々の当主で神々者と月火社をまとめる社長の私は貴方なんかよりもよっぽど立場が上です。多くの学校、学院、学園に潜入して培った社会経験もあります。去年ですが大学卒業試験も全コース終わりました。貴方が望むよりずっといい待遇で入学させてあげますよ」


 月火が一歩近付くと氷麗は一瞬後ずさったがすぐに気を持ち直した。


「じゃあやってみろよ。海依(うみより)女学院。簡単だろ?」

「簡単ですねぇ! 結月、聞きました!?」

「聞こえた! あんな地獄に行きたがる子がいたんだね! ぜひ苦しんで!」


 結月が大きく手を振ると火光が頭を抱えた。


「感染した……」

「あれって感染するんですか……」

「脳が異常になる」


 火光はしゃがみ込むと月火を見上げる。


「いつがいいですか? 来週? 三日後? 明日でもいいですよ?」

「……三日後の朝に入れるようにして。絶対に」

「いいですよ? じゃあ今日でお別れですね。ぜひ現世の地獄で楽しんで下さい」


 月火は舌打ちをして出て行く氷麗にステージの上から手を振ると氷麗が体育館を出た瞬間に顔をしかめた。


「あいつ人の顔蹴るとかどういう神経してんだよ。絶対社会に潰される」


 月火は長袖のジャージを脱ぎ捨てるとトイレに入って行った。


 炎夏と玄智は半目になりそれを見送る。


「……女ってこわぁい」

「月火が怖い」

「ねぇ玄智〜? 真横にその女がいるんですけど〜?」

「痛い! 怖いぃ!」


 玄智は頬を引っ張られ、炎夏は被害が飛んでこないうちに保おけている一年生に声をかけてまた体を動かし始めた。


 少しすると中等部の三年を連れてきた火音がやってくると同時に月火がトイレから出てきた。


 元々ノーメイクだったが顔がずぶ濡れだ。


「なんで濡れてんの?」


 二人が同時に同じことを聞いたので火音から説明する。


 どうやら雨が降ってきたので風邪を引かないように先に着替えさせてからやってきたらしい。


 月火は今あったことを説明する。


「へぇ、女学院に。あそこって運動禁止だろ。あいつ陸上部だぞ」


 火音は月火にタオルを貸す。

 と言っても月火の自社製品の試作品だ。

 洗濯しても固くならない魔法のタオル。


「だから足が鍛えられてたんですか」

「海依は色々と嘘の噂流して上に見させてるから仕方ないんじゃない? 実際にあるのは手芸部、コーラス部、美術部、えぇと、吹奏楽とバイオリンと……紅茶研究会ってのもあった気がする」


 元海依の結月は色々と詳しい。


 確かにここ最近は海依に運動系が出来ただの天才がいるだの小さな話題になってる気がする。


「そう言えば神々の新商品も話題になってたな」

「新しい情報解禁したんですよ。六月初めに布団と枕を売り出します」

「神々社の商品って月火が考えてるんでしょ?」

「そうですよ〜。研究するのは研究課ですけど」


 月火は流行りと季節を見て要望を言い、自ら確かめて営業部や宣伝部に仕事内容を伝えるだけだ。


 水月は会社の声と月火の声の中間を取り持って整理してくれている。


「すごいなぁ」

「今度のクッションはひ……」


 月火が火音のお墨付きと言おうとしたら頭に手刀が二本落ちてきた。


「いっ……た……!」

「サボるな」

「喋るな」


 月火は頭を抱え、結月は慌てふためき、中等部に笑われるといういい恥をかいた。



 放課後、月火は晦に氷麗の生徒資料を貰いに行く。


「これでいい?」

「……大丈夫だと思います。助かりました〜」


 学園室に行くとノックをして返事を待たずに扉を開けた。


「ノックの意味がない」

「規則破った奴が何を言うか」


 月火は麗蘭の仕事を取り上げると内容を見た。

 また編入希望者の処理に関するものだ。


 編入希望者は年々増加するというのに氷麗はここが嫌らしい。


 好き嫌いは人それぞれなのでどうこういう気はない。


「規則違反だと? なんの事だ?」

「氷麗静香(しずか)。本人の意思にそぐわない入学。本人の意思が変わったにも関わらず転校案を出していない」


 月火が氷麗の資料を渡すと麗蘭は目を見張ってファイルを漁り始めた。


 御三家の仕事はペーパーレス化したのだが学園と上層部はまだだ。


「そんなはずは……! だってほら! 毎月の調査にだって部活が楽しいとかいじめもないとか書かれてる! 転校希望欄もないに丸されてるし……!」


 転校生には一年間、気持ちの変化がないか、困ったことはないか調査するためのアンケートが配られている。

 結月も今年夏まで受けることになっている。


 初等部から大学部まで言葉は違うものの内容は一緒だ。


 最近の楽しかったこと、困っていること。

 友人との関係や教師との関係、クラスやコースの不安、最後に転校希望があるかないかの問。


 氷麗が転校してきたのは中一の頃で、その時はまだグレていなかった。


 中二のアンケートが終わってからだ、グレたのは。


 グレたが特に校則もないこの学園。

 基本は許されていた。


 ただ、部活には行っていたらしい。

 陸上部だったが一部五十人など当たり前なので一年生の頃は上級生に埋もれていた。


 一昨年、陸上部の顧問が火音に変わってからはタイムが縮み続けていたが先日、合同任務で怪我をしたためタイムが落ちた。


 それでさらにひねくれ、噂に踊らされ女学院に入学を希望したそうだ。


「自分勝手ですね。まぁ規則は規則ですからこのまま転校させてください」

「分かった。晦にも話を通しておく」

「お願いします。免除した生活費は親に請求してくださいね〜」


 才能があり、スカウトされたがお金がないという場合は特待生や生活費、学費免除という対処が出来て卒業後や任務の給料で返済してもらう。

 大学の奨学金のようなものだ。


 ただし、関係を絶って学園を出ていくと言うなら話は別だ。

 借金をしてもらってでも返してもらわなければ育てた意味がない。


 たまに全く関係のない会社に就職する人はいるがそれでも返済は徐々にだがされているのだ。

 先日は一人、返済し終わった。


 月火が寮を出ると氷麗と出くわした。


「ここ園長室だけど何してんの?」

「貴方の転校手続きですよ。三日後の……あ」


 月火は扉を開けると麗蘭に声をかけた。


「三日後の朝から登校するらしいので頼みましたよ!」

「はっ……や……!? おい!」


 月火は扉を閉じるとにこりと笑った。


「貴方が望んだことですからね。自分の発言に責任を持ちなさい」

「……言われなくても」


 部活に行くのだろう。

 特に予定もないので試しに見に行ってみることにした。


 月火は校庭に出ると朝礼台に座り、メールを確認しながら陸上部を眺める。


 少しすると火音が出てきたので部員が集まった。

 ざっと八十人程度だろうか。


 流石、サッカー部と並ぶほど多い。


 メールを確認していると気になるものを見つけた。

 開くと最近、広告で使用しているイラストレーターは誰かと問うものだった。しかもライバル社。


 月火はただの友人ですよと返すと水月に電話をかける。


「もしもし、兄さん」

『どうしたの〜?』


 月火はライバル社が火音を総出で探していることを伝えると少々邪魔を頼んだ。

 ライバル社を蹴落としてこそ社長だ。


 健気に邪魔などせず頑張る社長たちなどただ夢を見ているだけ。


 月火が水月と話していると火音と氷麗が話していることに気付いた。


『それじゃあ火音を隠したらいいんだね』

「はい。頼みましたよ」

『お任せ下さい〜』


 電話を切り、眼鏡をかけた。


 読唇術でそれを見ればあと少しで転校していることを伝えているようだ。


 面白いものが見れそうだと期待したが期待は出来なさそうなのでそのまま視線を落とした。


 月火が陸上部を眺めているといきなり影がかかった。

 見上げると火音が立っている。


「帰ってなかったのか」

「部活は楽しそうだと聞いたので様子を見に。火音先生が顧問になってからタイムが上がったそうですよ」

「元々の顧問が運動大嫌いな奴だったからな。当たり前のこと言っただけだ」


 火音は朝礼台を降りると月火の首からタオルを取って自分の首に掛けた。


「ちょっと」

「体育の時に取っただろ」

「忘れてきたんですよね。助かりました」

「返せ」


 と言っても月火の試作品だが文句は言われないのでそのまま借りておく。


「にしても暑っつい」

「五月の暑さではありませんね」


 七月並だ。


 月火と火音はそれぞれの水筒から水を飲むとまた指導と見学を始めた。

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