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妖神学園  作者: 織優幸灔
二年生
51/201

一 過去のお客さん

「お客さん、ですか」


 純白で真っ白な目をした月火(げっか)は伏せていた目と同じ白いまつ毛を上げ、白髪(はくはつ)水月(すいげつ)を見上げた。


 黒い髪は艶を魅せるように下ろされ、少し伸びた前髪は目にかかっている。


「職員室に来てるよ」


 左右で白と黒の目をした水月はその目を授業中の火光(かこう)に向けた。


 朱色の髪は先日月火に切ってもらったばかりで、驚いたのか、紫色の瞳を僅かに見張る。


「珍しいね。行ってきていいよ。予習で終わってるでしょ」

「はい。行ってきます」


 月火は立ち上がると移動したばかりの教室から出て職員室に向かった。


 四月も半ば。

 桜は満開で今週末、火音(ひおと)の調子が整いそうならお花見に行く予定だ。


 火光と瓜二つの容姿をした火音は春休み中、二十三年間知らないで生きてきた実兄と実母と面会した。


 その場に月火もいたのだが二人は火音を見るやいなや飛びとき、家に帰っておいでと言った。

 その結果、鬱になったのだ。


 家に帰ってこいよりも初対面の赤の他人と思っている人に触られたことで拒絶反応が出たらしく、今は休んでいる。もちろん月火の寮で。


 新学期初っ端から休んだので新任の教師には表で陰口を叩かれているが火光が仕事の合間に罵倒したら黙り、火光が怯えられている。

 何故か月火と水月も。


 風評被害だ。


「お花見楽しみだねぇ」

「兄さんは毎年花より団子ですよね」

「花なんて年中咲いてるじゃん」


 春になったら毎年、必ず咲く桜を見て何が綺麗なのか分からない。

 それなら高嶺の花である月火を眺めている方が話すし動くのでよっぽど楽しいだろう。


 水月が素でそう言うと呆れを通り越して馬鹿にするような目で見上げられた。


「何?」

「お花見って神様を迎えるために行われたんですよ。花より団子の団子は神様へのお供え物を人間が食べてるだけです。おせちと同じですよ」

「そうなの!?」


 去年の妖歴(歴史妖学)で火音が豆知識として教えてくれた。

 何故知っているのかは知らないが本当っぽいので信じておく。

 火音は不確かなことを生徒に教えるような教師でない。


「人間って神様のもの食べること多いよねぇ」

「神様へ、ですからね。妖心でもない限りなく食べませんし腐るでしょう」


 昔の貧しい人々がどうせ腐る食べ物を放置して指をくわえて見ているはずがない。

 昔は今よりずっと餓死が多かったのだ。



 月火は職員室に行くと中に声をかけた。


「失礼します。呼ばれたのですが……」

「あ、月火さ……」

「月火さん! お久しぶりです!」


 どこからか出てきた彼女は月火に顔を近付けた。


 ここ最近伸びている月火よりも高い身長、輝いた目、ギプスで巻かれ首から吊り下げられた左腕、同じような状態の右足、松葉杖を支える右脇、片足で重心を支える左足。


 どこかで見た顔だ。


「どこかで……」

「去年の夏前に飛び降りて助けてもらいました!」

「あぁ、あの時の」


 情報コースの子がいじめで飛び降りを迫られていたので月火が煽り返した挙句一緒に飛び降りたのだ。

 休学したと聞いたが今の惨状はなんだろうか。


「ずいぶんボロボロですね……」

「あの後、月火さんに助けられたからって三階から突き落とされたんですよ。でもほら、生きてますし」


 にこりと笑ってみせるその姿はいじめを受けたようには見えないほど明るい。


「明日から復学することになったので月火さんにお礼を言いたくて。つまらないものですが」


 そう言って高級な菓子折りをくれた。


「わざわざありがとうございます」

「命を救ってもらったんですから安いものです。それでは」


 少女は深くお辞儀をすると松葉杖を器用に使って職員室を去っていった。


 月火も水月と別れて教室に戻る。


「おかえり〜。……なんか貰ってるね」

「去年の六月に助けた子がお礼だと言って持ってきてくれたんです。律儀ですね」

「律儀だね〜」


 放課後、寮に帰るとリビングには負のオーラが漂っていた。

 流石に嫌なので窓を開けて換気をする。


「大丈夫ですか」

「最悪」

「それは何より」


 喋れるようになったらしい。

 最近は首を振るようになったのでまだ時間がかかるかと思ったが思ったより早かった。


 今、火音が顧問をしている陸上部は火光が見ているらしい。

 何人かタイムが上がった子がいるそうだ。

 鼻高々に自慢していたのを生徒四人で微笑ましく見ていた。


「今夜は兄さん達が来るそうですよ。様子見で」

「はぁ……」

「溜め息を吐くなら自室に帰ったらどうですか」


 火音が住んでいるせいで月火が通っていると思われているのだ。

 ここは月火の寮だと言うのに。


 火音が住み着くから引っ越したので別にいいが変な噂を否定する水月が大変なのだ。

 否定するより新しく生まれるほうが早い。


 ちなみに(つごもり)が火音に抱く淡い想いは未だ健在だ。

 本人は隠しているつもりが周りには全てバレており、火音も気付いている。


 去年は色々とからかって遊んでは晦姉妹の次女である綾奈(あやな)に妹で遊ぶなとどつかれていたらしい。


 晦の従姉妹で今年の初めに帰ってこれた朱寧(あかね)白葉(はくよう)に取り憑いて復活した紫月(しづき)も元々は九狐(くこ)の子だった子供たちも火神(ひがみ)の屋敷で元気に過ごしている。


 火神は年始早々に零落したため、今は屋敷を追い出されている。

 玄智(げんち)が後を継いだがそれも仕事だけなので完全に寮に住んでいるのだ。

 妹の澪菜(みおな)も同じ状況だが妹は新しい家に入れてもらえると言っていた。


 零落させた月火と仲のいい玄智は嫌われたが関わる気はないのでこっちから絶縁を言い渡したと高笑いしていた。



 一つ変わったことと言えば水神(みずかみ)の当主が変わったぐらいだろうか。


 と言っても特に問題はなく、暒夏(せいか)が継いだのだ。

 祖父母と伯父である水明(すいめい)、水明の弟である水虎(すいこ)、自分の弟の炎夏(えんか)が後ろ盾になったので両親は静かに表舞台から降りた。


 そのため仕事も初めてスムーズに進み、今は仕事で悩むことなど滅多にない。



 月火が夕食を作っていると水月と火光がやってきた。


 火音はいつも通りソファに丸くなって絵を描いている。


「お邪魔しまーす」

「お邪魔してまーす」


 火光は最近上機嫌だ。


 と言うのも、前の自分の誕生日に水月から名入ボールペンを、月火から最新スマホ、火音から無線イヤホンを貰って欲しいものが揃った。


 未だ、火光の趣味は不明なので当たり障りのないものしかあげられない。


「火音、調子はどう?」

「最悪」

「大丈夫?」


 普通、最悪と答えたらこういう答えが返ってくるのだが月火は真反対のことを言う。


「ご飯なに?」

「肉じゃがです」

「わぁい」


 月火は料理が上手い。

 その中でも和食が上手なので楽しみだ。


「火音、週末行けそう?」

「知らん」

「お花見ってね〜」


 火光が嫌がる火音の頬をつついていると水月がその手を払って昼間、月火が教えたことを話し始めた。


 火光は感心する。


「よく知ってるね」

「私が教えたんです」

「俺が授業中に言ったんだろ」

「知恵が広がる様子ですよ」


 何を言っているのか。

 火音は呆れると体を起こすと一度上に伸びてからまた寝転がった。


「動かないんだね」

「うん」


 火光が火音をつつこうとするので水月が着替えるために部屋に引きずって行った。


 二人が部屋に戻ると入れ替わりでインターホンが鳴り、月火は調味料を放り込んでから落し蓋を落とし、応答する。


「はい」

『あ、晦です』

「どうぞ〜」


 月火がインターホンを切ると火音に睨まれた。


「おい」

「何の用でしょうねぇ」


 月火も知らなかったので罪はない。


 火音は今部屋に帰ったら鉢合わせることを悟り、ソファに座っておとなしくデッサンを描き始めた。


 最近は月火の顔か自分の視界に写ったものをそのままデッサンし、延々に続いていくデッサンをすることが多い。


 慣れないものをデッサンして描き直す余力はない。


「お、お邪魔します」

「こんばんは。どうしました?」

「火光先生に呼び出しを無視されまして……」

「少ししたら戻ってくると思います。座って待ってて下さい。珈琲か紅茶かいります?」


 月火は晦の珈琲を淹れながら副菜を作る。


 晦は緊張しているようだ。

 火音はいつも通り無表情でペンを走らせている。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「せっかくですし夕食どうですか?」

「そそそこまでして頂かなくても……!」


 晦が慌てていると火音が顔を上げた。

 何を思ったのか月火を見てからまた戻る。


 なんなのか。


「先約ありですか」

「そういうわけではありませんが……」

「いいじゃないですか。たまには皆で食べましょう」


 月火がにこにこと笑っていると水月と火光が戻ってきた。

 二人ともジャージだ。

 この四人は年中長袖長ズボンのジャージのことが多い。


「げ、晦……」

「呼び出しを無視して何してたんですか?」

「だってやったじゃん。あとは綾奈の分だって」

「火音先生の分をやるって引き受けたのは自分ですよね」


 火光が黙り込むと火音が顔を上げた。


「何?」

「一年生の部活表です。陸上部の顧問を代わってるのは火光先生なので任せたんですけど」

「あれか」


 火音は真顔になると月火に手を伸ばした。

 月火は棚に置かれている火音のパソコンを渡す。ついでに部活の表も。


 そこから三十分ほど沈黙が走り、キーボードを叩く音だけが鳴り響く。


 月火が肉じゃがの様子を見ながらご飯を混ぜていると火音が印刷を始めた。


 月火は仕事に使うので印刷機を持っているのだが火音も火光も必要とあらば使うのだ。

 もう気にしない。


「はい、終わり」

「さすが〜」


 火光は嬉々としてそれを取ると晦に渡した。


「全く……自分で引き受けたことじゃないですか」

「文句ならデータを飛ばした麗蘭に言って」


 これは二度目だ。

 一度目はスムーズに進んだのだが二度目は問題が発生した。


 ちなみにデータが飛んだ原因はパソコンを風呂で使ったことが原因らしい。

 幼稚部から大学部の教師全員で抗議しに行った。


「……火光先生がやるよりずっと早いです」

「馬鹿にしてる?」

「事実です」


 二人が睨み合って火花を散らしていると火音が鉛筆とスケッチブックを床に置いて寝転がった。


 水月はそれを拾い上げる。


「あ、月火だ〜」

「さっき見たのはそれか」

「見て、そっくり」


 月火が火音を睨むと火音は静かに頷いた。


 一枚戻るとまた延々に続いていくデッサンが描かれていた。


「面倒臭いものを……」

「何枚も描く方が面倒臭い」

「小さなデッサンは嫌いです」


 月火は夕食の準備をすると椅子を倉庫から引っ張り出した。


「なんで五人分……え、嘘やだよ」

「昼はいつも一緒に食べてるじゃないですか」

「あれもやだもん」

「姉さんに伝えときます」

「やめて殴られる」


 綾奈は医療コースに入って妖輩コースとは無縁だったが家族のためとなると真の力を発揮する。


 晦姉妹は上から医療、医療、教師兼妖輩となっている。

 晦だけは才能を見出され、特待生として妖輩に、子供好きなので教師に入った。


 姉から医療も教わっている。


「賑やかだね」

「やだなぁ……」


 火光はぶつくさ文句を言いながらいつもの席に座った。


 ほとんど火光と晦の喧嘩で賑わった夕食が終わり、風呂に入った火音はまたソファで丸くなる。


 晦は火光を引きずって帰っていき、月火は風呂に入り、水月は自室でパソコンを魔改造改め改良している。


 今更ながら、いつもの日常が戻ってきたことに安堵しながら火音は眠りに落ちた。

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