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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
45/201

45 行方不明

「月火がいなくなった?」


 そんな話を聞かされたのはバレンタインデーの放課後だ。

 寮の廊下には大量のダンボールや紙袋が置かれ、その狭い廊下に焦った顔でやってきた晦をあげる。


 寮内にあげる気はないが玄関までなら大丈夫な気がする。


「そうなんです。今日の昼休みから姿が見えなくて……」

「保健室は?」

「綾奈がいましたが来ていないそうです。火光先生と水月様が二人で探していて皆も大慌てで……」

「……俺も出る」


 火音は自室に入ると新しいジャージに着替えて髪を軽く振った。

 セットはしない派だ。やらなくてもやったようになるので意味がない。


「最後にいたのは?」

「教室で弁当を食べた時みたいです。どこかに行って帰ってこなくなったようで……」

「……麗蘭のところに行く。晦は戻れ」

「はい」


 火音が麗蘭のところに行くと麗蘭はパソコンの前で唸っていた。


「麗蘭」

「話は聞いた。防犯カメラを確認している最中だ。これを見ろ」


 話が早い。

 火音がそれを覗くと分割画面に月火の姿が順に映る。


 特に変わった様子はない。

 本を持っているので図書室に向かっているのだろう。

 学園にはちょっとした図書館より広い図書室がある。


「……は?」

「ここから映ってないんだ」


 防犯カメラは等間隔に設置され、死角はないはずだ。


 顔は映っていなくても必ず体のどこかは映るはずなのに突然消えている。


 まだ皆が昼食を食べている時間だろう。月火は学園にいる時は基本、五分で食べ終わるので周りに人がいない。


「目撃者なしか……」

「何か分かるか?」

「んなわけあるか。分からないから聞きに来たってのに……」


 少し苛立ちながら電話を掛けてみる。


「……繋がらない」


 タブレットもパソコンも無理だ。


 二人が他に方法はないかと悩んでいると校庭が騒がしくなってきた。

 今度は何かと見下ろすと本来の姿に戻った白葉が何かをして戸惑っていた。


 二人は窓から飛び降りて木々を使いながら校庭に着地する。

 五階の高さならそう危ないことではない。


「白葉」

『火音! あ、主様が……!』

「何があった」


 混乱している白葉を落ち着かせ、話を聞く。


『私達も分からないの。いきなり場所が変わって……真っ白な場所だったわ。何もなくて……前に主様が夢に見た場所よ。その時に火音と共鳴したの』

「……厄介なことを。黒葉は?」

『主様と一緒にいる。でも、主様は私を送るのに気を失って……』


 電子類は全て壊されたようだ。

 傷はないが妖力が減っている。


 吸収具は白葉が噛み壊したのでいきなり減ることはないらしい。


「タイムリミット……。黒葉と話は出来るか」

『えぇ……』

「月火の様子は分かるな。あとは居場所……」


 真っ白な空間など世界のどこにもない。


 光も闇も上も下も右も左もない空間は世界には存在しないだろう。


「……妖力で作り出されたか」

『確かに妖力は全体からしたわ。凄く冷たくて……。紫月(しづき)と同じ感じ……』

「紫月? 神々の初代当主の?」


 確か兄を殺して神々を作り上げた女性だ。

 殺人に暴動を起こす者もいたがそれを見事に収めて全国にのさばっていた怪異を駆除しに回ったらしい。


 その紫月が何故出てくるのか。


『私、紫月の妖力だったもの。それくらいは知ってるわ』

「は? え? 待って……。……え?」


 わけが分からない。

 妖心は主の心が生まれて初めて出来上がるはずだ。


 それを元妖心など、聞いたことがない。


 火音は混乱し、こめかみを押える。


『知らないの? 主様にも言ってないわ』

「知るわけないだろ。そんな話聞いたことないし……」

『主様が言ってたでしょ? 先祖の妖心と現代の妖心が繋がるって。私は紫月の妖心。主様の黒葉と繋がって主様を守ってるの。分かった?』

「全く……」


 頭が痛くなってきた。


 とりあえず月火を探さなければならないが何から始めたらいいのか。

 月火がいる空間が妖力の空間なら現実を探してもいないだろう。


 その空間を作り出している犯人を見付けるのがやりやすいか。


「……その空間に他のやつは?」

『全体から妖力が伝わってきたから確かかは分からないけど……たぶんいなかったわ』


 となれば犯人は現実にいる。


 月火を閉じ込められるなら相当な妖力を持っているのだろう。


「どうするか……」

『ねぇ、紫月の墓に行きましょう。私に主様を守ってと言ったのは紫月よ。きっと力になってくれるわ』

「墓か」


 火音は神々の墓がどこにあるか知らない。

 御三家の墓は荒らしや悪事の際に利用されないよう、口外御法度となっている。


 なので火神の墓は火神にしか、

水神の墓は水神しか知らない。

 水月と火光なら分かるだろうか。


『……主様が起きたって。すごく気が立ってるみたい……』

「……よく分かる」


 脳内で月火と会話出来るだろうか。

 まだ、共鳴の方法が分かっていないので完全な意思疎通は無理だろう。


「……白葉は共鳴のことは知らないのか」


 この際だ。もう隠すことはやめよう。


『知らないわ。だから紫月に聞きに行くのよ』

「あぁ……妖心にも隠し事はあるんだな」

『当たり前よ。貴方もあるでしょう』


 火音は頷くと白葉の眉間を撫でた。


 墓の場所を聞こうと皆の方を見れば何故か呆然としている。


「水月、火光」

「白葉の言葉が分かるの……?」

「……そう言えば聞こえないのか……」


 完全にこれに慣れていたにですっかり忘れていた。

 どうしたものか。

 月火が帰ってきてから全て丸投げするか。


 笑って誤魔化そう。


「うん。その話は後でする」

「後でって……」

「何をしたらいい」


 混乱している水月を黙らせると火光は鋭い目で火音を見た。

 睨んでいるわけではないが普通の人なら黙り込むような目だ。


 生憎、火音が一般人と同じなのは身長ぐらいなので恐怖はない。


「神々の墓に行く。初代当主の墓だ」

「……分かった」

『妖刀を忘れないで。紫月は妖刀が大好きだから』

「あぁ」


 皆で一度寮に戻ると月火の自室に入る。

 前に入ったのであまり新鮮感はない。


『押し入れの中に入ってるわ』

「……これか」

『封を開けて。紐はそのままでいいと思う』


 ご丁寧に、布の包の中に日本刀所持許可証も入っていた。

 たぶん、一般にはないのだろうが怪異用として発行してもらったのだろう。


 ご立派な事だ。


「三本とも?」

『えぇ』


 火音はいつもの妖刀を三本持つと許可証も忘れずに持つと水月が手配してくれた娘天(こてん)の車に乗り込んだ。


 いつも通り喋り続ける娘天がうるさかったのでイヤホンを付ける。


 助手席に水月、二列目に火光と炎夏、三列目は玄智と火音。

 白葉は玄智の足元で丸くなり、尻尾を消している。

 白葉の声は頭の中に響くようなものなので傍から見れば火音の独り言だ。


『とても焦ってるわ。すごく苛立ってるけど……黒葉が怯えてる……』

「あいつの圧は怖いからな。絶対殺気立ってる」

『うん……本当に怖い』


 この言葉の言い方からよく伝わる。

 それに火音の中にも月火の殺気に溢れた苛立ちは伝わってくるのだ。


 そろそろ精神がもたないかもしれない。


『……怖いわ』

「助けたとして殺されるとかないよな」

『ないと思……う……』

「不安だなぁ」


 白葉と話していた方が気が紛れる。


 月火の気持ちが強すぎて意思疎通をやるのが怖いので黒葉と白葉を通してからでないと現状把握は難しい。


「何もないんだろ。妖力が大丈夫そうなら色々やらせとけ」

『もう神通力で壊そうとしてるわ……』

「やっぱり?」


 火音が今思いつくものは月火は十分前には思い付くだろう。


『ものすごく……。妖力って限界があるのよね?』

「あるけどあいつにはない」

『……炎で辺りを焼き払う気よ』

「怪我がないなら好きにやったらいいさ」


 月火と黒葉が無事なら焼き払うでも森にするでも海にするでもすればいい。


 火音は止める気はない。


『あぁ、そういうこと』

「何が?」

『天井の高さを測っていたみたい。十メートルぐらいだって』

「頭いいな」


 煙がどれだけ上に行くかを見ていたのだろう。

 やはり敵わない。


「やりすぎたら一酸化炭素中毒になるぞ」

『……分かってるって。馬鹿にするなって言ってるって』

「苛立ってんなぁ。……適当に色でも付けて待ってろ」

『……全体を凍らせとくみたい』


 それは低体温症にならないだろうか。


 月火は長袖のセーラー服だけのはずだ。

 いくら黒葉がいるとはいえ黒葉も冷えたら終わりだろう。


「……まぁ対策ぐらいするか」

『ちゃんと焚き火は作るって……なんのこと?』


 もしや思考が漏れていないだろうか。


 分かるなら一人で喋る必要などないのだが。


「分かるなら直接言えって伝えとけ」

『うん……? えぇ……』


 白葉は共鳴のことは分からないと言っていた。

 共鳴をしたとしてどうなるかは分からないだろう。


 こういう時に雷神の説明があったら分かりやすいがこんな時に限って酔っ払っているので無理だろう。


 使えない奴だ。


『……思考が分かるわけじゃないみたい』

「なんだ」


 ただ頭がいいだけらしい。


『……主様が直接会話出来るようにするって』

「出来るのか」

『私と黒葉を合体させて主様がその妖力を取り込んでそれを実体化させてここに送る……?』


 ずいぶん面倒臭いやり方だ。

 絶対月火が無理をする。


「移動中だ。断っとけ」

『えぇ』


 移動の話から墓の話になり、墓から紫月の話になり、紫月から白葉の話になる。


 月火も心底驚いたようで混乱が伝わってきた。


 どうやら自分の妖心は二体だと思っていたらしい。

 三体目も作れるが作ったら邪魔なので作らなかったようだ。


「自由だなぁ」

『主様はいつだって自由よ』

「ならいいんだが」


 いつも変に縛られているので自由に生きれているならそれでいい。



 それから少しすると神々の屋敷に着いた。

 墓はここから行けるらしい。


「ぼ、僕って入っていいの?」


 玄智が不安そうに火音を見上げると火音は水月を見た。


 軽く頷かれたので背中を押して門をくぐる。


 火神は神々の監視下に置かれたが当主は玄智なので問題ない。

 玄智が無理なら火音はもっと無理だ。


「ここ」


 屋敷の裏に回り、複雑に入り組んだ道を進んだ先だ。

 神々の家系は全員この道を覚えているのだろうか。


「歌があるんだよ。この道を示す歌」

「昔、水月が迷子になったから母さんが……」

「ちょっと火光」


 水月に頬をつねられた火光は口を塞ぐと戸を開けた。


 いくつかの大きな墓と無数の小さな墓がランダムで並んでいる。


「大きいのは当主。小さいのは伴侶とか長女以外の家族だよ」


 本来なら当主がやるべき墓参りは毎日稜稀が行っているらしい。


 何せ最年少当主なので異例が多いようだ。


 白葉は水月と火光を追い抜かすと一番奥にある木に前足を当てた。


 白葉の体が淡く光り、妖力ではない何かが木に吸い取られていく。


『何故神々ではない奴がおるのじゃ。まさか墓の場所が割れたわけではあるまい』

「月火がさらわれた。神々の当主だ」


 木の上に座る月火とよく似た誰かは白葉の頭に手を伸ばした。

 しかし届かないと分かったのかすぐに諦める。


 顔は月火と似ているが声も含めてかなり中性的だ。


 黒く長い髪を白い目の高さでまとめている。


『なんじゃと? 其方、名は? 何故(なにゆえ)(わらわ)の九尾を使っておる?』


「火音。九尾は月火が使わした」

『真実の名を言え! 妾に嘘は通じぬ!』


 どうやら月火と同じ感覚の持ち主のようだ。

 面倒臭いことになった。


「……双葉(ふたば)火緖(かつぐ)

何故(なにゆえ)偽の名を名乗ったのだ。相手にものを頼む態度ではなかろうに』

「二十二年間火音として暮らしてきたからな。前に自分の本当の出生を知ったばかりだ」

『なんと。まことか』


 中性的なそれは木から降りると地面に足を着かないまま火音の前に来た。


 怪異というより幽霊だ。

 薄く向こうが透けて見える。


『妾の愛し子はほんに愛らしかろう』

「人によるだろうな。煽り癖がある」

『ははは! 面白いではないか! 面白みのない人間などつまらん!』


 指貫袴を着た霊は宙でくるくると回り、腹を抱える。


『其方もよく見れば色男じゃ。気に入った』

「それはどうも」

『なんだ素っ気ない。妾は滅法顔が良い。吉原の花魁にも勝ったことがあるでの』

「顔は興味ない」


 火音にすり寄ってくる奴はだいたい顔に自信のあるものだ。

 一人、平均なのに堂々と突っかかってくる奴はいるがあれは例外だ。

 百人いればひとりの例外もある。


『なんと。そんなことを言われたのは初めてじゃ。よし決めた! 妾の伴侶なるものにしてやろう』

「幽霊が何言ってんだ。旦那いるだろ」

『つれんな。面白みがない』

「月火と同じこと言うな」


 何故神々の当主はこうも男勝りなのだろうか。

 月火も外面はお淑やかだが内はかなりガサツだ。


『妾に似た子なのじゃな! よし分かった! 其方が月火を心配する気持ちは本物じゃ。妾も助けになってやろう。それに早く刀を振りたいのじゃ』

「必要な時以外は触らせない。日本にも法律はある」


 奈良や平安とはわけが違うのだ。

 興味本位で抜いたら絶対に捕まる。

 今はそんな時間はない。


『……やっぱり嫌じゃ』

「じゃあ一生触れないだろうな」

『こやつ……やりおる……』


 霊は腕を組むとしばらく考えた後に頷いた。


『まぁ良い。其方の気持ちはよく伝わった。妾も月火がいなくなるのは嫌じゃ。九尾』


 霊の手と白葉の尾が触れた瞬間、眩い光が放たれた。


 白と微かに赤みがかったその光の後、まだ目眩のする目を開けてみればそこに白葉の姿はなく、変わりに指貫袴を着た月火と似た中性的な姿の女が立っていた。

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