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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
43/201

43 散髪

「月火、仕事教えてほしいんだけど……」

「いいですよ」


 火神の一件があって以来、火音はずっと塞ぎ込んでいる。


 昼間や放課後に玄智が仕事を聞きに来ることが増えたが、自分の部屋に帰らずいつものソファで丸まっているのだ。


 玄智に事情を説明すると責任感からか、溜まっていた仕事を月火の手も借りながらだが片付けてくれたのだ。


 寝る間も惜しんでやっているようなので最近、授業中に寝ていることが多い。


 火神の一件はすぐに知れ渡ったので皆も起こさず、火光と火音はまとめプリントを渡していた。

 月火も炎夏も同じ御三家としてなるべく協力している。


 どうやら火神の一件で水神も動き出したようで、暒夏を当主に押し上げているらしい。

 本人も月火を諦めたようで、この正月に婚約もしたようだ。


「……そう、それで大丈夫です」

「助かるよ。家族は誰も教えてくれなかったから」

「前当主より物覚えがいいのでやりやすいです」


 月火は玄智に紅茶を出す。

 珈琲は嫌いらしい。


「……火音先生の様子はどう?」


 少し小声で気遣わしげに視線をやりながら月火を見上げる。

 今は知衣から療養しろと言われ、授業は全て自習になっている。

 たまにやる気が出た時にまとめてプリントや説明資料は作るので皆、それを見ながら月火に教わりながらやっているのだ。


 一年生担任も急遽晦になったらしい。


「少しずつ回復はしてますよ。最近は喋るようになりましたし」

「早く戻ってきてほしいけど……」

「まぁえぐられた傷に塩を塗られたみたいなものですからね」


 初めのヒビは過去の虐待だろう。

 そこから当主を取られたりうつ病の再発だったりと多くの出来事で傷が広がった。


 そして年末に自分が養子だったことを知り、傷がえぐられた。

 そこに今回、月火が明かした脅されて取られた子という塩。


 もう少し穏やかにやるべきだった。


「火光先生は?」

「来てるには来てるんですけど……最近は興味がなくなったようで部屋に戻ります」

「そうなの? あれだけ執着してたのに……」


 たぶん、血の繋がった仲のいい兄弟という思い込みで執着していたのだろう。

 最近は執着しなくなったしどちらかと言えば避けるようになった。


 火光も隠しながらだが慕っていたのでかなりショックを受け、水月が落ち着かせているそうだ。

 元々極度の愛されたい気質なので異常な愛がなくなったことの穴が大きいのだろう。


「何が効果的なんだろう……」

「一番は時間でしょうね。一応、生活に必要なことはやりますから」

「まぁご飯食べるだけでも安心したよ。紅茶ありがとう」


 月火は玄智を見送るとソファで寝転がる火音を見た。


 綾奈によれば、双極性から大鬱になっているらしい。

 それでも二型が少し残っていて、やる気がある時はやるし周期も短期間なので今はそっとしてあげることが一番だと言われた。


 まだうつ病の事は誰にも言っていないので療養が終わるのは鬱が治った時かもしれないらしい。

 普通におとなしく治療してくれていたらいいのだが責任感が強いので無理にでも行こうとしなければそれでいい。


「……月火」

「なんですか?」


 月火は課題のペンを止めて火音の方を見る。

 珍しく起き上がっていた。


「髪切って」

「いいですよ。伸びましたからねぇ」


 月火は棚から新聞紙を敷くとそこに椅子を置いて火音を座らせた。

 先にタオルとビニールをかける。


 月火は自分で前髪や横髪を切ったりヘアアレンジをすることが多いので道具はある程度揃っているのだ。


「器用だな」

「慣れですよ。火音さんも自分で切るでしょう」

「前髪は」

「私も後ろは美容院です。滅多に切りませんけどね」


 切るとしても傷んだ毛先を整える程度だ。


 一時期、潜入のためにインナーを染めていたが終わった瞬間黒に染め直した。


 たぶん火光と水月が写真を持っているはずだ。


「月火は長い方がいい」

「そうですか? 今度バッサリ切ろうかと」

「絶対無理」

「動かないで下さい」


 最後に襟足を整えてから櫛で梳いて髪を落とした。


「……出来ました。どうですか?」


 月火は手鏡を渡すと後ろで置き鏡をかざした。


「……うん、上出来」

「良かった。じゃあお風呂行ってきてください」


 火音が風呂に入っている間、月火は新聞を片付ける。

 と言ってもタオルやビニールごと包んで捨てて掃除機と粘着クリーナーで散乱した髪を取るだけだ。一番やりやすい。


 月火が掃除をしていると水月と火光が入ってきた。


「やっほ〜」

「火音さんならお風呂ですよ」

「この時間に? 珍しいね」


 まだ十七時過ぎだ。


 月火が髪を切ったと言うと二人は感心した。


「前髪を切るのは知ってるけど……人の髪も切れるんだね……」

「何度か練習しましたから。二人も切ってあげますよ」

「ほんと?」


 月火が頷くと週末に火光の髪を切ることになった。


 月火は湯を沸かすとドリッパーで珈琲を淹れた。

 まだ夕食には時間がある。


「火音の様子はどう?」

「最近は少しずつ話すようになりましたよ。まだ大きく動くのは無理みたいですけど……」

「一応、任務は止めてるからちゃんと休ませてあげてね」

「はい」


 月火が火音が上がってくることを見計らって珈琲を淹れると髪が濡れたままの火音が上がってきた。


「なんか増えた……」

「いつもの事でしょう」


 月火は珈琲を渡すと椅子に座った。

 火音も向かいの椅子に座る。


「絵は描けるの?」

「うん」

「仕事の絵をお願いしたいんだけど」

「単価は?」


 聞き返す内容が絵の種類ではなく単価なのが火音らしい。

 月火は止まっていた課題の続きをやる。


「……前のファンクラブの方が単価は良かった」

「じゃあ五万で」

「安い」


 月火は頭の中で電卓を叩く。


「……七万」

「仕方ない」


 全身に加え背景付きとなると相応の金額が必要になる。

 ぼったくりと思われるかもしれないが少しばかり名の売れている火音なら仕方がないのだ。


「……髪切ったらスッキリしたね」

「放置だったからな」


 火音という名はすっかり定着したのでずっとこのままだ。

 戸籍上では火緖(かつぐ)だったので完全にニックネームのようになっているがこの名前でないと反応が出来ない。


 ただ、免許証等に関しては警察の説明で全て双葉(ふたば)火緖になった。


 教員証も本名だ。


 学園や上層部にあった資料に関しては入学時のものを引き継いでいたので火神火音のままだったが、偽装されていたということで火緖に変わった。


「そう言えば白葉達は?」

「部屋で空狐と遊んでいます」

「あれの名前って天狐じゃなかったの」

「ややこしくないですか」


 火光の問に名付け親を見ると我関せずで珈琲を飲んでいる。


 空狐に進化したのに名は天狐など分かりにくすぎるだろう。


「……まぁなんでもいいだろ」

「面倒臭くなりましたね」

「それもある」

「それしかないでしょう」


 月火は優雅に珈琲を飲む火音に呆れ混じりの溜め息を吐くと課題を片付けた。


「夕食どうします?」

「お願いします」

「じゃあ僕も」


 月火が夕食を作っている間、火音は月火のノートを勝手に見る。

 性格がよく分かるノートだ。

 几帳面だと言うとがよく伝わってくる。



 夕食を作り終わった月火は火音からノートを取り上げた。


「ちょっと!」

「前にもこんなんあったなぁ」

「どっちも火音さんの盗み見でしょう」


 月火は勉強道具を片付けると夕食を運んで久しぶりに揃ってから食べ始めた。


 いつも、火光や水月がいる時は火音は後で一人で食べていた。

 一人と言っても話し相手に月火はいるが食べるのは一人だ。

 こうして揃ったのは半月ぶりだろうか。


「ごちそうさまでした」

「お粗末さまです。夜はどうするんですか?」

「夜は火光の寮で飲む」

「飲めないでしょう」


 どうせノンアルかソフトドリンクだ。


 月火は二人を見送ると火音とともにアトリエで話しながら絵を描き始めた。




 その日の翌日。

 月火が準備を済ませてからリビングに行くと火音が起きて絵を描いていた。


「おはようございます。眠れませんでしたか?」

「寝た。さっき起きた」

「そうなんですね」

「今日はたぶん行ける」


 月火は目を瞬くと火音に近付いた。


「責任感からですか」

「違う」

「無理しないで下さいよ」

「うん」


 月火は髪を束ねるといつも通り三人分の弁当を作り始めた。

 月火と火音と火光。

 火音は弁当に詰めずお皿に盛るようにしていたが作る量は同じだ。


 月火のように裏と表で食べる量が変わることはないのでいつもと同じだ。


「学園に黄色い悲鳴が戻りますねぇ」

「嫌だなぁ」

「宿敵ですよ」


 月火は小さく笑うと髪を巻いて軽く編んだ。


 いつも通り、寮前で別れてから月火が教室に行くと玄智が飛び出してきた。


「月火! 火音先生戻るって本当!?」

「よ、よく知ってますね……」

「噂になってるよ!」

「はや!?」


 つい五分前に寮を出たはずなのにこんなに早いとは。

 月火が知らない間に言っておいたのだろうか。


 月火が驚いていると女子の騒がしい声が聞こえてきた。


 皆、火音目当てで職員室に行くらしい。

 月火は火音にイヤホンを付けておけと連絡する。


「……結月は?」

「水泳部の子と火音先生見に行った」

「こっちもか……」


 ストレスにならなければいいが。

 月火が準備を終えると玄智と炎夏に見に行こうと手を引かれた。


 階段を降りて職員室に行くと既に初等部から大学部の女子が群がっており、職員室の中ではイヤホンを付けた火音が無表情で仕事をしていた。

 席は変わらず火光の隣だ。


 月火が隙間から覗き込むとふと綾奈と目が合った。

 鬼の形相でこちらに来る。


「月火、休ませておけと!」


 小声だが鬼気迫る勢いで顔近付けられる。


「じ、自分で行くって言ったんですよ。責任感とかじゃないみたいです」

「あの顔見たか?」

「女子のせいでしょう」


 月火がそう言うとどこからか大きく手を叩く音が聞こえてきた。

 皆がそちらを見れば麗蘭が満面の笑みで仁王立ちしていた。

 炎夏と玄智が半目で見下ろしている。


「散った散った! ここは見世物小屋じゃない!」

「園長が言える言葉じゃないですよね……」


 炎夏が半目で見下ろすと麗蘭はあからさまに顔を逸らした。


「わ、私は職員だからな……」

「私達は生徒です! 火音様に用があってもおかしくありません!」

「様を付けている時点で教師と生徒の関係ではないでしょう」


 呆れた月火が口を挟むと女子がハッと振り返った。


「月火先輩! 出来ましたか!?」

「はい」


 月火がクリアファイルに挟まったイラストを渡すと腕を掴まれた。

 見上げると火音が立っている。


「説明してもらおうか?」

「仕返しですよ」


 月火は女子の方を見ると二人はお代とイラストを瞬時に交換して左右に散った。



「……寝起きの顔ばらまいてやろう」

Happy Birthday 夢望

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