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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
40/201

40 教育一日目 午前

 水月の誕生日が終わったその日。と言ってもいつも通り、日を越えた夜中の二時半。


 ふと目が覚めた月火は上質な着物と袴に着替えると居間に向かった。


 昨日、火音もおとなしく部屋に帰ったので誰もいないだろうと思って襖を開けると、居た。


「火音さん」

「……行きたくない」

「まだ行ってるんですか」


 今日の朝から火神の屋敷に当主教育をしに行くのだ。

 それをまだごねているらしい。


 最近、夜中は毎日話している気がする。

 寝るには寝れているので問題ないがいい加減、水月と火光も隠し事があるのには気付いているだろう。

 これでただのお喋りと思っていたら逆に驚く。


 その内容がバレていなければいいが、もしバレているならいつか問い詰められそうだ。


 自分たちも何も分かっていない状態で問い詰められる状況と周囲で変な噂が立つのが嫌で誰にも言っていないのだ。


「教えるのは得意でしょう。いつも分かりやすい授業をするではありませんか」


 現代妖学と古代妖学、歴史妖学を教えているのは火音だ。


「教えるのがお前ならなぁ……」

「何故に私」

「一を言ったら千を理解する」


 そんなことはない。決して。


 火音は月火を過大評価しすぎだ。


「それがなくても言ったことを覚えるだけでいいんだよ。あの鳥頭め……」


 それに関しては月火は何も知らないので何とも言えない。


 月火が珈琲を渡すと火音はそれで暖を取るように両手で包んだ。

 いくら洗ったものでも物や使った人によっては触れることすら嫌がるので前にここに来た時に火音のコップとマグカップを買い足したのだ。


 稜稀は触らないようにしてくれているし水哉も気を付けているので今のところはその二つで凌いでいる。


「はぁ……一回親に怒鳴りこもうかな」

「それは……」


 安全なものだろうか。

 掴み合いや殴り合いにならないなら思っていることをぶつけた方がいいと言えるのだが、親子の仲がどれほどのものなのか理解していないので何とも言えない。


「反抗したら殴られるだろうなぁ」

「静かに縁を切った方がいいですよ」

「だよなぁ」


 火音は倒れるように後ろに寝転がる。


 月火の前だと二十三年間積み上げてきた鉄の能面が剥がれてしまう。

 月火が火音の前だと素が出やすくなるのと同じだろう、たぶん。


「……なんかやる気の出ることやって」

「なんですかそれ。ご自分のアルバムでもあげましょうか」

「いらない……」


 月火が思うタワマンと同じぐらいいらない。


「先生の写真集?」

「それもいいけど」


 最近、一気に火光熱が冷めた気がする。

 何故だろうか。また昔のように何事にも興味がない抑うつ状態が続くのか。


「なにが欲しいんですか」

「うーん……」

「好物は?」

「イラスト描くことは好き」


 それは知っている。普段なら火光と出てくるところを珍しいと思いながらやる気を引き出す方法を考える。


 火音のイラスト関係の道具は一式揃っているし常に使える状態なのでイラスト関係は思い付かない。


「あ、今年餅つきやってませんね」

「いきなりだな」

「ふと思い浮かんで」


 毎年、稜稀がもち米を炊いて水月と火光がついて月火が食べていたのだが今年はそこまで頭が回っていなかった。

 やはり、まだまだ未熟だ。


「餅……餅……」

「食べたいですか?」

「いや別に」


 そう言えば月火の本部屋に鏡餅が飾ってあった気がする。

 屋敷の前に門松としめ縄が飾られていたのは知っているが鏡餅はあの部屋だけだった。


「……なんでもいい?」

「私が出来る範囲であれば」

「……やっぱなし。別のにする」

「え、えぇ……?」


 着物を頼もうと思ったが高いのでやめておく。

 何にしようか。


「欲しいものは誕生日に貰ったから……。何気に人生初の誕プレだった」

「じゃあ私が一番乗りですね」

「そうなるな」


 誕生日は家族で祝うものと知ったのは波南が誕プレのゲーム機を自慢していたからだ。

 それも初等部の後半、中等部への準備が始まった時期だった。


 何も貰ったことがないと言えば馬鹿にされたので欲で踊らされる醜い人間と罵倒したら黙っていた。


「なにもない」

「別にものじゃなくてもどこかに行きたいとか何かしたいとかだったら私が全額負担しますし」

「人が多いだろ」

「貸切ぐらいならできます」


 それはもうぐらいではない。


 そもそもインドア派なので出掛けるよりは絵を描きたいという気持ちが大きい。


「なんかなぁ」

「ないですか」


 どうしたものか。

 月火に出来ることなら本当になんでもいいのだが何かないだろうか。


「……タワマン?」

「たっか……まぁ買えないこともないですけど」

「いらない」

「じゃあ言うな」


 特級に上がってから給料が増えた。

 それに水族館事件の以来、会社の売上はほぼ九十度の右肩上がりなので先日、ようやく貯金が九桁台に突入したのだ。


 最近は散財も自重しているので溜まっていく一方だ。


「本当になんでもいい?」

「出来ることなら……」


 月火が少し身構えると火音は状態を起こした。


「一日でいいから二人で愚痴りたい」

「分かりました。……確かに丸一日二人だったことはありませんね」


 今まで夜中や水月と火光が仕事中の何時間かだけだったので二人で一日を過ごしたことはない気がする。


 月火も最近は苛立ちやすくなっているのでちょうどいいかもしれない。


「またいい具合に調節します」

「無防備だなぁ……」



 朝日が昇った午前八時。

 火音は腹を押えながら火神の屋敷の前に立った。


「もう無理……」

「大丈夫ですか?」


 火音は深く息を吐くと顔を上げた。

 もうどうなっても後戻りは出来ない。


 もしもの場合は月火がカバーしてくれるらしいので任せた。


 門を潜り、戸を開けた。


「狭いぞ」

「普通の家の大きさぐらい分かってます」


 神々の屋敷が大きすぎるのは流石に自覚している。


 今の寮で家族用マンションと同じぐらいだろう。


 二人は中に入ると慣れた足取りで進む火音について行く。


 神々よりも構造が簡単なので迷うことはなさそうだ。

 なるべく会話を続けて火音の気を紛らわせる。


「……ここだ」

「適当にカバーしますよ」


 火音は小さく頷くと一度深呼吸してから声を掛けた。


隆宗(たかむね)、火音だ」

「火音? なんで帰ってきた?」

「連絡しただろ。お前の当主教育をする」


 そう言うと隆宗はあからさまに顔をしかめた。

 しかしすぐに無表情に戻った。


「……その子供は?」

「知ってるだろ」

「体育祭の時にいたな」

「何年当主やってんだよ……」


 これは玄智を育てた方がいい気がしてきた。

 これはもう駄目だ。


 火音が頭痛を堪えているとまた頭の痛い声がした。


「あら、火音じゃない。なんで来たの?」

「隆宗の当主教育」

「あ、ついに当主を諦めたの!? 叔母様に報告してこよーっと!」


 腹の立つ顔でにやりと笑った智明(ちあき)はドタドタと足を立てて去っていった。


「……諦めたのか」

「お前が降りないからだろ。分かったら今すぐ溜まった仕事出せ」

「やって……」

「お前がな」


 火音は月火を隣に立たせ、隆宗について行く。


 すると途中で智明が呼んできたであろう智里(ちさと)火里(ひさと)がやってきた。


「火音! 当主にならないってどういう事よ!? 貴方が卒業するまで待つと……」


 金切り声を上げて胸倉を掴んできた智里を押し返すと月火を下がらせて自分も下がる。


 月火に気付いた途端、智里が真っ青になった。


「俺は四年前に卒業してる。何度言っても辞めなかったのはこいつらだろ」

「は!? あんた高等部でやめたの!?」


 突然怒鳴ってきた火里が火音に近付こうとすると隆宗が火里を庇うように立った。


「馬鹿は黙ってろ。中等部から飛び級して大学卒業試験も受かったから行ってないだけだ」

「な……そ、そんなこと言ってどうせまだ通ってるんでしょ!?」


 またこれだ。

 何度説明しても全て否定。肯定したら馬鹿にして罵詈雑言吐き散らす。


 もう少しまともな言い分なら言い返したいのだが何とも古典的で馬鹿すぎて言い返すことすら面倒臭くなってくるのだ。


「ねぇ火音。それは誰?」

「お前も知らないのか……。本気で御三家やめた方がいい」

「何それ。どういう意味」


 どういう意味と言われても。正真正銘嫌味だ。


 これすら分からなかったのだろうか。


 火音が心配していると月火が少し進み出た。


「知らない方が多いようなので軽く名乗らせてもらいます。御三家、神々当主の神々月火です。以後お見知りおきを」

「嘘でしょ!? こんな餓鬼が当主なの!? 神々って思ったより馬鹿なのね!」


 ケラケラと笑う智明を智里は真っ青を通り越して真っ白な顔で見下ろす。


「智明……!」

「ずいぶんな言いようですね。火音さんから礼儀のなっていない愚図だとは聞いていましたが想像以上です」


 嘘だ。

 火音はそこまで言っていない。

 ただ、救いようのない非常識人と言っただけ。


 勝手に仕立てあげないでほしい。


「は? あんた誰に口聞いてんの?」

「火神の養子ですけど? 聞きましたよ。妖心術が使えないどころか妖力すらないそうですね。顔だけで選ばれたとか」


 月火が口角を上げると智明は月火に掴みかかった。

 ずいぶん遅い動きだがおとなしく捕まっておく。


「私は御三家に選ばれた人間なの。餓鬼のあんたに何が分かんのよ」

「さぁ? 私は元から当主として育てられたので養子の気持ちは分かりませんね!」


 月火がさらに煽ると智明は手を振りあげた。

 瞬間、誰かに掴まれる。


「智明、月火様に何をしている」

「と、父様……。こいつが私の事を……!」

「全て事実だ。黙っていなさい」


 昔の火音と似た雰囲気の整った顔の男性は智明を後ろに下がらせた。


「失礼しました月火様」

「……別に結構です。火神の人柄が血が二つに別れるとよく分かりましたので」


 月火は首襟を整えると火音の隣に戻った。

 呆れた目で見下ろされるので内心謝っておく。


 これで伝わればいいなと思いながら。


「久しぶりだな火音。隆宗の教育をしてくれると聞いたが本当か」

「それ以外にこの屋敷に来る理由はない」

「そう冷たいことを言うな。先に飯でも……」

「申し訳ありませんが急務が溜まって御三家どころか学園の仕事にも問題が出ているのです。朝食は済ませてきたので先に急務を済ませてもよろしいでしょうか」


 一見問いかけのように見えるが言葉を選ばずに言うなら飯を食う暇があるなら仕事をしろ馬鹿。となっている。


 上流社会では当たり前だ。


「……分かりました。隆宗、行きなさい」

「は、はい……」


 月火がただ付いてきただけと思ったら大間違いだ。

 年々、火神と水神は神々に対して不躾になってきている。


 本来なら炎夏や玄智が月火にタメ口で話しかけることも数百年前なら有り得ないとされていたのを月火が現代だからといって許しているのだ。


 だが一般人の面前での大きな態度となれば神々当主として見過ごすわけにはいかない。


 水神の態度については水虎(すいこ)水明(すいめい)が引き受けてくれたので信頼出来る二人に任せたのだ。


 炎夏と暒夏との関係を変えるつもりはないが変わっても別にいい。

 変に突っかかりに行って変な人と思われても嫌なのでおとなしくする気でいる。


「……火音さん、仕事はしていたんですよね」

「流された分はな」


 職務室はまさに地獄だった。


 机や空っぽの本棚には大量の仕事が置かれ、床や椅子、窓辺まで紙が落ちていないところはない。


「おかしいですね。ペーパーレスは取り組み済みのはずなんですけど」


 月火は試しに足元に落ちている紙を拾った。

 火音もそれを覗き込んで半目になる。


 一昨年の仕事だ。


「……この中から探せって……」

「……いいです。やりましょう」


 月火は髪をまとめるとしゃがんで紙を集め始めた。

 部屋の中の床が少しずつ見えてきた気がしたところで何故か聞き慣れた声がした。


「あれ!? 先生! 月火も! 二人がいるなんて珍しい!……きったな」

「玄智さん、今度糖質オフのケーキを食べさせるので片付けて下さい」

「いいよ〜!」


 玄智はあっさり釣られるとものの一時間で書類を今期、前期、その前と分けてくれた。


「わぁ……四号を丸ごとあげます」

「本当!? 炎夏と食べよーっと! 結月にも連絡しとく!」

「じゃあ五号でいいですね」

「やったー! 楽しみにしとく!」


 玄智は大きく手を振ると静かに走って去っていった。


「国語の点上げてやろう」

「是非」


 月火と火音は関係なくなった前期以前の仕事を紐で縛ると今期も必要なものと不必要なものに分けた。


 不必要なものは縛って資源ごみ行だ。


「少ないな」

「これで!?」

「私がやったものもいくつかありますね」


 隆宗は口を開閉し、月火は昨日終わらせた案件を抜き取った。

 ほんの五センチほどの紙の束になった。


「楽すぎる」

「早く帰れますよ」

「よっしゃ」


 火音は隆宗にパソコンを出させると必要な情報を送った。


 本当に物覚えが悪いようで三つ言ったら一つを忘れている。

 何故こうも簡単な仕事を覚えられないのだろうか。


 月火は部屋を軽く掃除すると机に座って火音の説明を聞き流しながら茫然とする。


 先程から同じことしか言っていないが三日で終わるのだろうか。

 そんな不安の中、始まりから怒涛だった一日目の午前中が終わった。

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